価格決定者には戦略持つ責任

価格決定と価格戦略(1)

農業生産者と話していて、よく出る話題が「価格決定権を持ちたい」というものです。これは、農業生産者に限らず、中小および零細の製造業の経営者たちもよく話題にします。彼らによれば、現状、価格は需要者・発注元が指定してくるものであるところ、それを生産者サイドで決めたいということですので、言い換えれば「脱・下請けを実現したい」ということだと言えます。

現状維持のための価格決定権?

 下請けを脱して自ら価格を決めるということは、商品の売れる・売れないの結果に責任を持つということに外なりません。それにはマーケティングの知識と判断力が必要で、それらと市場の情報によって価格戦略を立てる必要があります。市場の情報には統計情報と、流行や思潮の定性的な評価の両方があります。農産物を仕入れて商品を作る製造業や、販売の矢面に立つ小売業・外食業はこの機能を持ち、そこで付加価値を創出しているわけです。ですから、農業生産者も価格決定権を持とうとするには、ここをしっかりと持つ必要があります。

T型フォード(1910年式 / Commercial Photographers in 1910)。
T型フォード(1910年式 / Commercial Photographers in 1910)。

 ところが、「価格決定権を持ちたい」と言う農業生産者にはどのような価格戦略なり、価格はこうあるべしといったフィロソフィーがあるのか、そこに興味を持って尋ねてみると、途端に寂しい話になるということが、ままあります。それは、まず第一に自分たちの現在の生産体制があり、それに要するコストの規模があり、買い手はそれに見合った金額を支払うべきであるという前提を変えようとしない、現状維持のための価格決定権獲得を夢見ているという場合です。

 それは、「プロダクト・アウト」(product out)というやり方で、マーケティングとしては古いタイプのものとされています。メーカーが決めた製品をひたすら作って市場に割り当てる方法で、昔のT型フォードの大量生産(写真は1914年頃のT型フォードの生産ライン)がよく例に引かれます。「スーパードライ」をヒットさせて復活する以前の、かつてのアサヒビールもこの体制であったと言えます。

 それでも市場に金はあって物は不足している時代では成り立ったわけですが、今は逆に、市場に金はなく物はあふれている時代ですから、こんな考えで脱・下請けなりと言って船出すれば、港を出た途端あっと言う間に難破ということになるでしょう。

マーケットインとポピュラープライス戦略

 現代の商業では、まず市場にあるニーズを探り、それに合った商品を生産し、適時に適量を流通させる仕組みを作ることが絶対に必要です。これを「マーケット・イン」(market in)と呼び、「プロダクト・アウト」の逆の考え方と位置づけています。そして、これの供給体制が備えるべきものを、ロジスティクス的な考え方の中では、適正な商品(right goods)、適正な場所(right place)、適正な時期(right time)、適正な数量(right quantity)、適正な価格(right price)として「ファイブライツ」(five rights)と呼んだりしています。

 これらに着手せず、しかももし生産のカイゼンに無関心で、現状の売価だけを安いと問題にすることがあれば、それは労働者の賃金闘争と同種のものです。しかし、労働運動は社会が認める権利ですが、商業の成否はあくまで経営者が責任をとるべき話でしょう。脱・下請けを言うには、まずそうした前提から変える必要があるはずです。

 また、現代のサプライチェーンは、発注者と下請けという一方通行的な上下関係を志向するものよりも、製販が協働して商品開発を行う「チームマーチャンダイジング」にシフトしてきています。その中では、脱・下請けと言って出荷先と縁を切らずとも、生製協働、生販協働、生製販協働のチームの中で発言力を発揮し、そのチームの中で価格決定権を握るということはできるでしょう。

 ただ、BtoCなりBtoBtoCなりの形で、最終的なゴールが生活者の満足であるというビジネスの場合、やはり「マーケット・イン」で活動しようとするはずだということと、もう一つ、「ポピュラープライス戦略」というものを覚えておくべきでしょう。昨今、小売業・外食業でも、この戦略の意味を忘れるか取り違えていると思える例が多いので、会議でこの言葉が出てきたときには注意が必要です。

 私がチェーンストアの勉強の中で学んだポピュラープライス戦略とはこのようでした。すなわち、どのようなカテゴリーの商品であれ、価格レベルの高いものはしょっちゅう買うものではありません。逆に価格レベルの低いものはしょっちゅう買うものです。これは、生活者の所得レベルの高低にかかわらず、それぞれに現れる傾向です。

 たとえば、どのような所得レベルの人でもキャビアやトリュフを買う頻度よりも、牛乳や鶏卵を買う頻度のほうが高いと言えます。そこで、キャビアやトリュフを扱うよりも、牛乳や卵を扱えば、基本的な客数を多く確保できる。そこを主戦場としようというのが、「ポピュラープライス戦略」の基本的なコンセプトだということです。

 次回、その「ポピュラープライス戦略」を採った場合の“御利益”を考えます。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

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About 齋藤訓之 396 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →