半分の濃度で2回散布すると減農薬栽培にならない不思議

米国ノースダコタ州の農家Bobと農薬の話になった。私が「ところでどのくらい農薬を使用しているんだ?」と聞くと、「日本人は農薬の使用にウルサイからな?」と言いながら説明してくれた。春コムギの場合、除草剤が2回、殺菌剤が1.5回(1回と2回の場合がある)、殺虫剤が0.5回(使用する場合と1回使用する場合がある)だそうだ。殺虫剤を除いて農薬の名前を聞けば、馴染みのある物ばかりであった。正直言って、殺菌剤の使用回数の少なさには驚いた。種子消毒は回数に含まれていないが、たった1.5回でムギの病気をコントロールできるのだから驚きだ。

 よく話を聞くと、彼の父の時代には殺菌剤を使わなかったこともあり、近年になってカビ毒の問題が発生し、殺菌剤を使うようになったそうだ。ご存じの通り、春コムギは湿度が高くなると、病気がより発生しやすくなる。ノースダコタの夏は乾燥している。だから、ノースダコダでは病気をうまくコントロールできるのだろうか。一方、北海道の夏は過ごしやすいとよく言われるが、それは内地(本州以南)との比較の話であって、米国のコムギ産地と比較するとはっきりと数値の違いが出てくる。春コムギの収穫が始まる私の住む南空知の湿度は70%前後で、十勝はそれより5~10%低く、ノースダコタでは50%以下になる。

 一番の違いは夜間の湿度だ、空知の自宅の湿度計を見ると、8月はいつも100%だ。このように湿度が高い北海道の環境では、多くの殺菌剤をムギに使用することになる。では、米国の産地と比較して、どれだけの農薬を使用しているのか。記述してみたところ、除草剤はノースダコタと同じく2回、殺虫剤は0.5回多い1回、殺菌剤は6回(種子消毒を除く)。有難い話である、自分の使用する殺菌剤は、米国の4倍の回数の使用で、国産コムギが安全・安心の評価をいただけるのだから。

 ここにある2008年度北海道農産物病害虫・雑草防除ガイド(農政部のお墨付き)は、北海道農家のバイブル的存在であり、困った時にこのガイドを読めば、農薬の使用に関してすべてが理解できる便利な案内書である。このガイドによれはコムギの生育中に使用できる殺菌剤の種類は31あり、それぞれに使用回数が決められていて、最大の組み合わせでは70回以上の農薬散布が認められている。つまりコムギの生育中に70回の殺菌剤を使用し、農薬履歴に記載してJAなどに出荷しても、法律上何らオトガメを受けることはないのだ。

 現実は費用対効果で4回から6回の散布に留まっているが、法律の解釈はもっと生産者側にあると考えるか、もしくは科学的に安全であると考えるべきなのかは難しい判断ではある。そのような法律の解釈に中で、「履歴を出せ!」「農薬の適正な使用をしなさい」と言われても、違反のしようがないのが現実である。それにしても、最近取り沙汰しているGAP(Good Agricultural Practice)やHACCP、ISO22000を導入すると、農産物の安全性が高くなるのだろうか。このように自己満足に浸るのが好きな方たちには、日本古来のUSO800(嘘八百)の称号をあたえるべきだろうと思ってしまう。

 現実の問題は、空知地域の特徴の風である。特に4月下旬から6月上旬は移動性高気圧の発生や気温上昇に伴い、太平洋から石狩湾に南風が吹き、夕張山系と札幌、支笏湖の山間に囲まれた石狩平野ではあるが、ベンチュリー効果により風速が強くなり、農薬、特にラウンドアップの使用よる飛散にはとても気を使う。それなのに、なぜこのような飛散を防止する脂肪酸たっぷりの飛散防止剤なる物を国内で販売しないのだろうか。早い話、マーケットがないのだろう。日本も早く100ha規模の生産者が多く登場する環境は必要のようだ。

 実は、6月25日の農薬に関する自分の投稿に対して、読者の方からの意見が編集部に届いたそうだ。「農薬を50%削減したら減農薬栽培の出来上がり」というくだりに関して、「量ではなく回数である」とご指摘いただいた。私も軽く抵抗して、国の規定する減農薬栽培のことではないと無理押しの記述に変えていただいたが、ご指摘は的を射ていた。

 しかし、ある減農薬栽培を実践している生産者に話を聞くと、次のような答えが出てきた。2回散布する当該地域の、ある農薬の使用量100cc/反×1回で、減農薬栽培の出来上がりである。だが、50%の使用量50cc×2回は、減農薬の農薬総使用量と同じであるが、減農薬栽培にはならないという。個人的には半分の濃度で2回散布した方が効果は高いし、残留農薬の数値に2倍の開きが出るとも言い難いと思う。

 では、なぜこのようなトンチンカンな規則が存在するのかその生産者に聞いてみた。答えは簡単なものであった。「農家を信用していないんだよ」と。つまり実際に散布された農薬使用量は生産者しか知らないが、回数を2回行えば、お役人様や農協職員がお休みであっても近隣の農家が相互監視しているのでインチキが出来ないからだそうだ。

 この規則は、まさしくアジアの貧しい民がなし得える技であり、日出ずる国、日本人には世界標準を示す素晴らしい教本となるはずがない。どう考えても農薬残留や効果に違いがないのであれば、より効率的な運用を考えるのが普通だと思う。このような科学的な内容ではなく、作文が得意な方たちのご意見をもとにした規則が、消費者の利益になるのかどうか、とても疑問だ。

 こういったことを米国人のBobに話してみたら「ハッハッハッ、そんなことで消費者をだませるんだから制度を考えた連中はすごいな。この地域の基準はどれだけ多く生産して、お金を残したかで評価が分かれる」とのこと。とどのつまり、ノースダコタにはこのような減農薬栽培はないのかも知れない。

 Bobは殺虫剤散布を夕方から始めることがあるそうだ。特にヨトウムシは日本語で夜盗虫と言われるように、日が沈むと活発に活動を始めるのだから、彼が夜間に殺虫剤を散布する意味はある。彼のジョンディア製のスプレーヤーはGPS、オートステアーが装備されていて、誤差2インチで真っ直ぐ(曲線もOK)走行して1マイル先では自動的にUターンをして、次の作業列に進むことができるハイテク機械だ(ちなみに、写真は筆者が空知で使っているBobのものと同じスプレーヤー)。

 日本もこのような環境になれば減農薬栽培?なんて会話をする必要はなさそうだ。その環境を潰そうという動き、そして認めない人たちは、残念ながら身近に存在する。ところで、ここに6月の私の投稿に関して指摘していただいた方に感謝の気持ちを表したいと思います。なぜかって? だって、記事のネタ1つ分の原稿料のおかげで、車で45分のススキノがより近くなったからです。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 宮井能雅 22 Articles
西南農場有限会社 代表取締役 みやい・よしまさ 1958年北海道長沼町生まれ。大学を1カ月で中退後、新規就農に近い形で農業を始め、現在、麦作、大豆作で110ha近くを経営。遺伝子組換え大豆の栽培・販売を明らかにしたことで、反対派の批判の対象になっている。FoodScience(日経BP社)では「北海道よもやま話」を連載。