野川で上海蟹をとり逃がす

東京には野川という川がある。大きな川ではないけれど、一級河川(国が管理しているということ)だ。国分寺市が源流で、小金井市、調布市、三鷹市、狛江市、世田谷区を流れ、仙川と合流し、多摩川に注ぐ。


野川(武蔵野公園)。
野川(武蔵野公園)。

 その野川が流れる武蔵野公園、野川公園で子供と遊ぶことがある。以前、保育園に子供が通う他の家族と武蔵野公園でバーベキューをしたときのこと。食事が終わって、子供たちと野川に入ってメダカなどをすくっていた。

 その辺りの野川は、いつもは幅がせいぜい2m前後、水深数cmと情けないものだ。両岸には草が生い茂り、虫やカエルもいる。冬場にはカモも現れ、人が近づいても我が物顔で歩いている。ヘビがくさむらから現れて、スイーッと泳いでいくのを見たこともある。

 しかし、その日はとんでもないものを見てしまった。岸辺の草の根元辺りに、力士の拳ほどの大きさの生き物がいた。目が合った。それは、カニだった。

 その時まで、淡水のカニというと、サワガニ程度しか知らなかった。まさか、小川にそれほどの重量級のカニがいるなどとは思ってもみなかったのだ。何だろうと思いながら一歩踏み出すと、ズバッと飛び出してどこかへ行ってしまった。子供たちに「カニがいるよ!」と言ったものの、もう誰も見付けられない。

 家に帰って調べたら、どうもそれがモクズガニだったらしいことが分かった。なかなか凶暴な質らしく、子供たちが深追いしなくてよかったと胸をなで下ろす。

 で、それはすなわち、あの上海蟹の仲間なわけだ。やっぱり深追いしたかった……。

 それから少し後、新聞に静岡県のある村の話が載っていたのを読んだ。モクズガニの旬の頃のある夜、村の人たちが大勢で川を遡る。懐中電灯で川を照らしながら、モクズガニを嫌というほど捕って来る。家でそれを蒸し上げ、新聞紙を広げて、皆でたらふく食べる。村外にはあまり知られていない、その村の秘密の楽しい年中行事であるという。いいなあ。

 今年も上海蟹を食べにいく暇がないまま、雄の旬も過ぎようという今日この頃。

※素人が河川でカニを捕ることはお薦めしません。こういうことをしでかさない分別も持ちましょう。どうしてもカニを捕ってみようという方は、漁業権を侵すことにならないか調べてください。そして、テキは非常に危険な生き物だということに留意してください。私は責任持てません。

※このコラムは個人ブログで公開していたものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →