自動車燃料としてのエタノール大量生産と食糧問題

インディ500
自動車レース「インディ500」の出場車はすべてエタノール車になった
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自動車レース「インディ500」の出場車はすべてエタノール車になった

縮小する市場、競争相手は巨大企業、超高価格、信頼性なし、見えない販売の現場――五重苦に悩まされていた、日本における米国製オートバイ「ハーレーダビッドソン」。そのブランドを建て直し、日本で最も売れるオートバイに返り咲かせた立役者、アンクル・アウルこと奥井俊史氏が、食ビジネスを新しい視点で観察し、提言します。

1.初めに

 私はこれまでの人生の3分の2以上に相当する45年間を自動車に関係する職業に携わってきました。そのため、地球温暖化と自動車のかかわり、自動車の今後の動力源の変化には強い関心を持っています。

 加えて、このたびFoodWatchJapanの執筆者になる幸運に恵まれましたので、自分自身の理解を整理する目的も兼ねて、表題に関するまとめをレポートの一つとして書いてみることにした次第です。

2.自動車燃料として注目された背景

2005年以降の石油価格の高騰や地球環境問題への関心の高まりを受けて、世界が化石燃料に代わるエネルギーを求めています。そして、環境負荷の少ない、再生可能な自動車用の燃料開発を多面的に検討する過程の中で、例えば米国、ブラジル、中国等を中心とした国々が、エタノールを再生可能な自動車燃料として生産を拡大しようとする動きを強めました。

 そのことが世界のマスコミで大きく取り上げられるようになりました。化石燃料がそう遠くない将来に枯渇するのではという懸念も、この考え方や報道を加速させる一つの原動力にもなったようですが、関係国間の政治的、戦略的思惑も多分に絡んで起こった動きと言えるでしょう。

3.米国のエタノール増産政策

バイオエタノール工場
米国のトウモロコシ生産地に立地するバイオエタノール工場

 実際に石油消費量が多く、しかもその大半を輸入に依存する米国は、一方で抱える国内の農業問題の解決も視野に入れた上で、2005年を境にエタノールの増産と自動車燃料としての活用を積極的に推進する取り組みを始めました。時の大統領ブッシュは、2007年10月に発表した一般教書の中で、「2017年までの10年間にバイオエタノール等の再生可能エネルギーの生産を、年間350億gal(ガロン)※にまで増やして行く」との方針を明確にしました。

 この結果、米国が当面エタノール生産の主要原料と考えるトウモロコシの生産は急増します。その価格は高騰し、トウモロコシの作付面積が増える一方、米国にとってやはり主要生産穀物の一つであるダイズの作付面積が減少する等の大きな影響を及ぼしました。

 しかし、バイオエタノール用に使用されるトウモロコシの価格が一定以上に上がれば、米国政府が農家に支払っている補助金の削減ができるという財政改善の効果もありました。

※350億gal=1億3250万kl

4.中国もエタノール増産へ

 この他、中国も国家の方針としてトウモロコシを原料とするエタノール生産を増やして行く方針を2005年以降に掲げていきました。あまり知られていませんが、中国は2008年には年間1億6500万tのトウモロコシを生産する世界第2位のトウモロコシ生産国なのです。

5.原料の中心は食糧または飼料作物

 バイオエタノールの生産原料には、多様な農作物が候補に上げられていますし、農作物以外にも多様な物を原材料にすることが可能です。しかし、その中でも圧倒的に主要な原材料として検討され、実際にエタノール大量生産に利用されているのは、トウモロコシ、サトウキビ、コムギなどの、いずれも世界の各国で主要な食料となっており、また食肉生産のための家畜の飼料の中心的材料となっている作物であることが、世界を巻き込む論争を呼び起こした最大の理由でした。

6.短期的・長期的問題の指摘

 これら世界の主要穀物を、自動車を駆動するエネルギーに大量に転換した場合、短期的にはこれらの穀物の価格高騰が起こり、多くの国に影響、混乱を生じることは容易に想像できました。加えて、長期的には以下の懸念があり、各方面から意見が相次いで提起され、国際的な議論になって行ったのです。

  1. 世界的に今後増え続ける人口に対応した食糧の確保が可能であるのか。
  2. 食肉供給のための飼料の需要増加に対応できるのか。特に、多くの人口を抱えながら産業・経済を急拡大させているブラジル、インド、中国、ロシア等では、生活が豊かになるにつれて食肉需要が増加していくが、それにつれて人が直接口に入れるよりも多い穀物が必要となり、穀物需要は加速度的に増加する。
  3. 総合的に考えて食糧危機・飢餓が発生するのではないか。

7.穀物逼迫の懸念への反論

 これに対して、増え続ける穀物需要には対応可能とする主張は、一面からすると科学的な経済合理性を中心的根拠とするものでした。それは以下のようなものです。

  1. 1960年代から進んでいる農業技術の革新(いわゆる「緑の革命」)による生産効率の飛躍的向上、収穫量の増加。
  2. 畜産技術の進歩による食肉生産効率の向上、生産量の増加。
  3. 国連食糧農業機構(FAO)等によれば、耕作可能で未耕作の土地が、世界に十数億ha以上あると見積もられている。例えばブラジルのセラードと呼ばれる半乾燥で灌木の茂る台地のような、農耕に適格でありながら、未開発地がまだまだ世界中に存在する。

 これらを勘案すれば、例え大量の穀物がエタノール生産用に利用したとしても、長い目で見れば、食糧、飼料の確保は可能というものです。

8.反論への反駁

 この反論に対しては、「緑の革命」と言われるものの中身について問う議論が起こっています。

 緑の革命は、1950年代から導入され始めた改良農法の普及を指します。これ以降、確かに作物収量の大幅な増大はもたらされました。しかし、化学肥料と農薬を大量に使う農法であり、これらの多くは石油からの生成物として製造されることが、まず問題として挙げられます。

 さらに、大規模生産に適するように、大型のトラクタ、コンバイン、灌漑設備等の農業機械、大規模な灌漑施設も利用します。これらの製造、施工、稼働にも大量の石油が使われます。

 したがって、バイオエタノールの増産とは、石油使用量を減らすために石油を使うという構図となります。

 また、緑の革命がもたらす人体への悪影響や環境への負荷が不安視されています。これらについては、化学的に合成された肥料、農薬、遺伝子組換え(GM)作物に対して根強い主張がされています。環境については、FAOによれば世界の温室効果ガスの30%を近代農業が排出してきたとされています。

 これらにより、「緑の革命」の名が連想させる、地球にやさしい、生物の健康上に障害をもたらさない、安全性を十分に保証する革命的農業生産方式か否かの判断には疑問が提起されているのが現状です。

9.畜産技術の進歩による食糧需給の改善

 ところで、食肉生産を増大させるための畜産技術にも、大きな進歩があります。

 一つは品種改良、飼育設備や方法の改良による、生体の食肉に適する状態までの肥育期間の短縮です。

 例えば豚の肥育期間は、現在では4カ月、家禽では4週間という極めて短期間にまでに短縮されています。このことは、必要な飼料が著しく減少することを意味し、飼料作物需要を大幅に減少させることを実現したと言えます。牛の育成期間に関しては革命的な改良は実現されていませんが、世界的に見た場合の食肉需要の中心は、牛肉よりも実は豚肉と鶏肉です。

 この結果、穀物生産量に及ぼす飼料穀物生産量の大幅な負担比率の減少をもたらしました。世界の食糧供給問題の緊張を大きく緩和し、繰り返し議論のなされる飢餓発生の可能性を巨視的・長期的には大きく減少させたと言えるでしょう。※

 今一つ大きな畜産技術の改良は、飼料原料のシフトです。これまで多く使われてきたトウモロコシに加えて、ダイズが用いられるようになりました。ダイズは世界的に需要量が多い作物ですが、多くは直接的に食べるよりも食用油脂原料として使われています。その大豆油の絞り糟が「大豆ミート」として大量に飼育配合飼料の原料に使われ出したことで、これまで家畜飼料の主役だったトウモロコシのシェアを圧縮し、穀物需給に大きな改善をもたらしたのです。

 ただ一方、新しい畜産方法では、飼料に抗生物質やホルモンを混ぜることも行われ、これも健康や環境面から批判の対象になっています。さらに、死んだ牛等の肉骨粉等も用いられるようになり、これがBSEの原因とされました。

※ミクロ的・短期的にみると飢餓は決してなくなっていません。世界の収穫量の均一的で公平な配分が実現できないでいるため、随所で発生しています。

10.未耕作地開拓の問題

 また十分にあると言われている未耕作地の開拓が、自然破壊や環境負荷の増大を伴わずに可能であるか否かについては、慎重な検討が必要とされるところです。

 例えば、前述ブラジルのセラードは生物多様性の豊かさでも知られる土地です。同様に灌木の茂る草原、タンザニアのセレンゲティ国立公園は大規模な野生生物保護区になっていて、テレビなどでもそこの野生動物や自然はよく紹介されるところです。そのような地域が農地に転用された場合、生物多様性が失われないのか、環境への負荷がないのか、詳細な検証が必要でしょう。

11.発展途上国で飢餓が発生する理由

 これまで見て来た農業や畜産の改良・改革は、大型の開発や大量生産を前提とされるケースが多いため、多額の資金の投資が必要となります。また、大量生産された穀物は、長期的に見ると穀物価格の低下をもたらします。

 その結果、このような農業近代化のための投資ができない国や、穀物価格の低下に対して米国やヨーロッパの一部の国が行っているような、国際相場との調整のための差額補償制度を導入できない国では、自国で生産した穀物を輸出できない状況となります。

 一方、そうした国では、安いといってもこれを輸入する外貨収入は簡単には増やせず、輸入することもままならないでしょう(世界的に見ると、このような状況に置かれている開発途上国が世界の国の約半数70カ国近くになるそうです)。

 加えて、現在の農業では、規模の大小にかかわらず農薬や肥料は通常は必要であるし、穀物相場の比較的わずかな変動でも農薬などを購入する資金の不足も起こりえます。それがまた国内生産価格の変動を生み、多くの貧困層の人たちに直接的に影響を及ぼし、穀物価格の高騰、それによる飢餓という事態が出現することは実際にあります。

 食料の値上げによる暴動は、2008年だけでもアフリカのブルキナファッソウ、コートジボアール、エジプト、エチオピア等で発生したばかりでなく、アジアでもフィリピン、バングラディッシュ、パキスタン等でも実際に起こっています。

 その他の要因も重なり、穀物に端を発する飢餓の発生や、南北の国の間の生活格差の拡大は寧ろ深刻さを増す状態も現実に部分的には出現しているのです。

12.地球温暖化を許容できるか

 しかも看過できないことには、上記のごとき食料の生産拡大に工業的システムの導入を図る考え方を取る人たちの間では、農業生産、穀物生産の拡大の見地からすれば、地球温暖化すら好都合と考えるような見方が確実に存在することです。

 しかし現実には、今起っている地球の温暖化のレベルですら、世界各地で多様かつ異常な気象変動や海洋変化を起こしており、無視できない現実の問題を引き起こしています。

 そこで、単純に今後とも、穀物や食肉の増産を、今のやり方で進めても問題がないと考えることには強い疑問が持たれます。

13.エタノールは自動車燃料に適しているか

 さてこのレポートの主題に戻ります。仮に大量の穀物を自動車燃料としてのエタノール生産に振り向けても、世界の穀物の需給上問題がないと判断するとします。ではその場合でも、果たしてエタノールが自動車燃料として効率がよいもので、石油やその他検討されている自動車の新しい動力源に比較しても適しているのか。そして、地球環境の改善にも大きな効果が期待できるかどうか。その根本問題の検討が必要です。

14.意味のある現実的な戦略であるか

 なるほどバイオエタノールは再生可能な燃料だとしても、前述のように、原料となる穀物の生産過程で、すでにかなり多くの石油が必要とされます。加えて、穀物のエタノールへの変換の過程に於いても、かなりの石油等によるエネルギーの投入が必要とされるようです。

 このように考えると、バイオ燃料の生産は「パンを暖炉にくべるようなもの」とする指摘にも大いに一理ある所と思われます。

 具体的な例を見ますと、トウモロコシ1tから340lのエタノールを生産できるまでになった現在の技術をもってしても、2007年に米国のエネルギー法が達成目標とした150億galのエタノールを生産するためには、原料として1億5576万tのトウモロコシが必要となる計算になるそうで、これは2005年の米国のトウモロコシの生産量2億4200万tの約70%に相当するということです。これが本当に社会的に価値のある、また現実的な戦略とは言えるのかどうかの疑問がもたれるのではないでしょうか。

15.価格に無理がないか

 では、これだけの多くの犠牲を払って作るバイオエタノールの価格はどうでしょうか。

 サトウキビを原料にするブラジルでは、自国産で補助金を必要とせず、しかもトウモロコシよりはエタノールへの変換効率の良いため、原油価格が40ドル前後になれば採算に乗る価格になるとのことです。

 しかし、米国のように自国産のトウモロコシを使っていても、トウモロコシの生産に国からの補助金を出しつづけなければ、原油価格が100ドル近くでないと太刀打ちできないとのことです。

 大量のエタノールを自動車燃料として使おうと考えることはいかに見ても経済的に現実的ではないと言えるでしょう。

16.燃費にも問題がある

 さらに根本的な問題として、エタノールの自体の燃焼効率は石油に比べて34%低いとの報告もあり、この点も大きなポイントです。わかりやすく言えば、エタノールは石油に比べ相当に燃費が悪いのです。

17.米国の選択は安全保障のため

エタノール混合比別のポンプ
米国のスタンドにはエタノール混合比別のポンプがある。写真はサーキットのもの

 にもかかわらず、エタノールの自動車燃料としての使用が検討され、スローではあるものの、確実に推進されているのには、国により事情は異なるとしても、米国では特に国家安全保障に関する戦略上の必要性が考えられているからです。

 米国の場合、必要エネルギーの多くをいまだに石油に依存していますが、その石油の多くは輸入に依存しており、石油価格の高騰の歯止めになる、原油価格の上昇を抑止する具体的対策を開発しておく必要があるのです。自国資源で作れるバイオエタノールの内製技術・設備の開発は、現状ではまだまだ石油に比べて効率が悪いとしても、原油価格の高騰の上限を見とおすことができる指標や現実の対処方法の一つとして、再生可能な技術として具体的に持っておくべきと考えていると思われます。

 これに対しブラジルでは、やはり石油資源にはそれほど恵まれていない点があますが、一方開墾可能な広い国土を持ち、また古くからサトウキビ栽培が広くおこなわれていたため、自国産のサトウキビを活用して採算が取れると言われており、すでにかなりエタノール燃料が自動車用の燃料として普及しています。

 なお、米国はブラジル産サトウキビを使えば安いエタノール生産が可能なことは十分に承知の上で、原材料を輸入に頼ることは行おうとせず、ブラジル産のサトウキビには高関税を課して輸入を抑制しています。

 米国にとっては、化石燃料に代替する再生可能な自動車燃料を純粋に求めているというよりは、自国の農業振興につながり、しかも石油価格の青天井な上昇に対する一定のさらなる具体的な歯止めの対応策としてのエタノール燃料の生産技術の確立並びに実際の生産を図るのが最大の目標なのです。

 米国では現在すでに自動車用ガソリンの30%にエタノールが混入されていると言われています。石油の価格が下がったここ数年は、この政策の推進は大幅に減速されていましたが、また最近になって石油の高騰が問題になりつつありますので、加速されるかもしれません(もちろん電気自動車や燃料電池車等別な角度からいろいろ新技術の開発を並行して行っているのはご存知の通りです。)

 なお、エタノール混合ガソリンを現在の石油スタンド等のインフラで供給するには、それほどの追加インフラ整備コストはかからないようです。

 農業生産力向上、畜産生産力向上に必要とされる化学肥料や農薬、さらには抗生物質等の化学製品がありますが、これらも米国を始めとするヨーロッパの国々に存在する、巨大で総合的な連繋を持つフードビジネス産業(最近は産油国の進出も盛んですが)によって取引されており、このような点を含めて、国家安全保障上の問題として、また現実のフード関連巨大ビジネス企業の動きとも関連して、グローバル経済の枠組みに完全に組み込まれている穀物の生産供給の問題は、一筋縄では語れない状況になっているようです。

18.穀物以外の作物からも生産可能

 これまで述べてきたとおり、エタノールは世界的に需要の多い主要穀物以外の非食用中心の作物からも生産可能です。サツマイモ、ジャガイモ、オオムギ、テンサイ、ナタネ、ヒマワリ、ラッカセイ、パーム、綿実等、いろいろな作物からのエタノール生産が可能であり、また実際に行われてもいます。

19.日本は多様な材料で検討

 日本ではもっといろいろな原料からのエタノール生産が検討されています。

 しかも石油の輸入消費も多いため、原油相場の高騰は大問題となります。したがって経済的にはハンディキャップの多い条件下でも、多面的な材料や資源作物の活用を行う可能性を探ってエタノール生産に補助金まで付けてテスト・検討をしています。

 とはいえ、現時点ではとても石油に替わり得るほどの生産量や価格を実現できるエース級の資源が国内で見つかってはおりません。また、上で述べたような非主要穀物である食料植物にしても、自国産の生産量は多いわけでもなく、自給率100%の物はほとんどありません。

 しかし“カロリーベースで”極めて低い食料・農産品の自給率であるという実態も考慮した上で、さらに下流と言うべきか「使用済み資源再利用型」の原料によってエタノールを生産する、良く言えばきめ細かい、はっきり言えばちまちました技術の開発が、多面的に行われています。例えば以下のようなものを原料とするエタノール化が検討され、テストプラントが各地に建設されています――非食用米、規格外小麦、テンサイ、製紙廃液、サトウキビ、間伐材、建築廃材(新築及び解体建築物)、廃原木、ゴルフ場の芝の刈り取られた後の乾燥芝、堆肥、籾がら、稲わら、サトウキビの搾りかす、残飯等の食品廃棄物、外食チェーン等で発生する大量の廃油

 このようなちまちましたやり方は、他の国では見向きもされないかもしれませんが、石油資源についても農業資源についても、現状では豊かではない日本では、この種の技術の開発、経験の積み重ねを行っておくことは大切なことと思われます。そのうちに、エタノール生産に適した藻類や陸上の植物の発見ないし開発によって、今行われている技術の研究が日本を救う時が来ないとは言い切れません。

20.多面的、総合的な検討が重要

 結論的に言えば、増大する人口問題に対応する農業・畜産技術の開発は今後も進むでしょうが、これ自体が必ずしも単純に環境の破壊等の問題を招来しないと言えません。その結果、潤沢に供給される農産物を使って再生可能なエネルギーを大量に、比較的安価に製造されるようになったとしても、エタノール自体の燃焼効率が悪く、安全性にも未だ疑問は残ります(深まる?)。

 その上、穀物自身の、自然災害による収穫の増減は避け難く、また政治情勢や経済情勢によって、短期的には資金の投機的流れが穀物市場に起こることの方が多く、それによってエタノール生産を可能とする損益分岐点の変動が随時起こり得ます。

 エタノール燃料が石油などの化石燃料に替わって、自動車用の燃料の中心になり得る国は、短期的にはブラジルやアルゼンチン、オーストラリア等に限られていると言ってよいでしょう。その中でエタノール燃料の開発生産に熱心なブラジルでさえも、環境汚染や自然破壊の改善につながるとは言い切れない複雑な要因がありそうで、「エタノール経済」の到来に関して、現時点ではまだ「バラ色の夢」は託せないというのが真相ではないでしょうか。

 また雑多な材料よって生産されるバイオディーゼル燃料ではNOXの発生量が多かったり、ディーゼル燃料噴射ポンプの目詰まりの発生がしやすくなったり、またアルミ関連部品の錆が発生しやすかったりと、ここでも今の技術のさらなる改良が必要でもあるようです。

 エタノール燃料の大幅な拡大の実現に当たっては、国際的にも国内的にも、多面的に試行錯誤を続けながら、将来を見据えた地道な研究が必要であるのでしょうが、地球温暖化対策の点からも、食料供給と飢餓発生の防止の点からも、コスト低減の上からも、越えなければならない課題は多いようです。

 また、自動車の動力源としては、電力を始め、水素、燃料電池、果ては空気までが候補に上っていますので、これらとの経済性の比較が重要となることは言うまでもありません。

 したがって、エタノール生産に限定するのではなく「食糧の絶対的な確保」「食の安全性向上」「食糧生産効率の向上」「食糧の気象条件等の変動を受けにくい安定生産の実現」等を通じて、投機相場の影響を排除できるように改め、多面的視点からのトータルな検討を進めることが必要さらなる有意義であるように考える次第です。

 こう言うのは簡単ですが、実現は何時になることか。しかしこのような問題を考えるに当たっては20年・30年のスパンで研究・開発に取り組むことが当然に必要でしょう。それが明日を考える科学のあり方なのだと思います。

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About 奥井俊史 106 Articles
アンクル・アウル コンサルティング主宰 おくい・としふみ 1942年大阪府生まれ。65年大阪外国語大学中国語科卒業。同年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。中国、中近東、アフリカ諸国への輸出に携わる。80年初代北京事務所所長。90年ハーレーダビッドソンジャパン入社。91年~2008年同社社長。2009年アンクルアウルコンサルティングを立ち上げ、経営実績と経験を生かしたコンサルティング活動を展開中。著書に「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」(光文社)、「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善)、「ハーレーダビッドソン ジャパン実践営業革新」「日本発ハーレダビッドソンがめざした顧客との『絆』づくり」(ともにファーストプレス)などがある。 ●アンクル・アウル コンサルティング http://uncle-owl.jp/