値下げするとお客が減るのはなぜか?(7)バーゲン品しか買わないチェリー・ピッカー

前回は雑誌「Hanako」に掲載されることで「店が壊れる」と恐れられたお話を紹介しました。それはつまり、リピートが望めないお客が一度に多数来店することでオペレーションが乱れ、得意客の支持を失うということでした。今日、それに似た現象を、わざわざコストをかけて引き起こしていることがあるというお話をします。

クーポン誌を見るカップルは再来店しない

 あるグルメサイトの運営スタッフが、クーポン誌の利用のされ方を調べた結果を解説してくれたことがあります。概略はこうなります。

 若いカップルがデートに出かける。映画やイベントに行くのか、ショッピングか、公園を散歩するのか。そして夕方、「そろそろお腹が空いたね」ということで、どこか店に入って何か食べようということになる。すると、たまたま街頭で無代誌を配っている。ベンチに腰掛けるなどしてそれを繰ってみると、「○○%オフ!」など書いている店があって、ここがお得みたいだから行ってみようかということでそこへ行き、食事をして帰る。

 この人によると、そのようにクーポン誌を利用する人は、そもそも食事にあまり積極的な興味を持っていない人たちだと言います。食べるのが好きだとか、せっかく彼氏・彼女と食事をするのならいいところへ行きたいと考えるタイプの人は、家や会社を出る前に今日行く店を決めているはずだというのです。「だから、クーポン誌にお金を払うよりも当社のグルメサイトにたっぷりの情報を載せましょう」というのが彼の言い分なわけですが、これには一理あるでしょう。

 クーポン誌も「○○%オフ!」以外の、店や料理のさまざまな情報を載せていれば、読者がそれをじっくり読んでおいて、とっておきの店をピックアップして楽しみにしておくという利用もするでしょう。しかし、丁寧な誌面を作るにはコストや時間がかかります。それに比べれば、そこそこおいしそうな写真と若干の説明を載せて「○○%オフ!」と書くだけで短期的には効果が出るとすれば、広告を出す店のほうも、クーポン誌の営業職のほうも、それが効率的だと考えてしまうでしょう。本当は、両者ともそこで慎重になるべきなのですが。

 さて、問題はそうしてやって来たカップルがリピートするかどうかですが、これも難しいでしょう。グルメサイトのスタッフが調査を行い、「そもそも食事にあまり積極的な興味を持っていない人たち」と分析した結果から考えれば、彼らが来店した動機は「○○%オフ!」にあるのです。つまり、「○○%オフ!」でないときには来ない。前々回説明した「死神」的なお客像が想像されます。

 そして、そのように無代誌に広告を出してもリピーターは増えないので、放っておくとまた客数が目標に達しないということになります。さて困ったなと思っていたところへ、またそのクーポン誌の営業職が「こんにちは!」とやって来る。じゃあ、また出稿しようかとなる。これの繰り返しになれば、やがて広告費は固定費化していくでしょう。

 売上げが増えたわけでもない中で新たな固定費が出来た場合、それをどうやって捻出するか。それは食材原価であったり、人件費であったり、あるいは商品開発費であったりするでしょう。であれば、以降、その店が商品力やサービス力を伸ばしたりすることは望みにくいことになるのは必定です。

「Hanako現象」のようにリピートしないお客を呼び込むことを、コストをかけてやっているようなものでしょう。

クーポンはリピーター獲得のためにある

 クーポン誌やインターネットを中心に展開するクーポンプログラムの上手な利用については後の回で説明しますが、少なくともこのような利用のしかたは、店にとってもクーポン誌の営業職にとっても、将来性のある形のものとは言いにくいものであるはずです。

 ここでは、このような販促手段を使うときの狙いについてだけ述べておきます。

 とくに手を打たない場合、一般に店の顧客(最近お客の全部を「顧客」と表現する人が多いですが、顧客というのは得意客、ご贔屓さんのことです)は減っていきます。人は、転居、転勤したり、あるいはケガ・病気をしたりして、それまでよく利用していた店に来れなくなることがあります。また、カップルで来店していた顧客の場合、そのカップルが破局を迎えると、一度に2人の顧客をほぼ永遠に失うことになります。

 それで、「ウチは常連さん多いですよ」(というセリフのほとんどは数字的な裏付けのない思い込みによるものですが)という店でも、コンスタントに数パーセントの新規客を取り込んでいるものです。

 そのためにこそ、チラシ、DM、クーポン、Webなどは利用する価値があり、またキャンペーン、セール、フェアといったイベントも意義があるわけです。

 ただし、それらの目的はあくまでも、新規のリピーターの獲得です。そのときだけ来店するお客ばかり集めても全く意味がないのです。

バーゲンの客はバーゲンにしか来ない

「チェリー・ピッカー」(cherry picker)という言葉があります。サクランボの山から熟したおいしそうなものだけを選んで摘むようなこと、つまり“いいとこどり”をする人のことです。いろいろな比喩に使われますが、小売業では、特売品ばかり買う人のことを言います。同じ意味の言葉に「バーゲン・ハンター」というのもあります。

 さて、こうしたバーゲンセールに来る人は、リピートするのでしょうか。

 リピートしない人というのが、チェリー・ピッカー、バーゲン・ハンターです。いろいろな店の情報を集めていて、バーゲン・セールのときだけ来店し、バーゲン品だけ買っていく人です。

 いや、リピートする人はいるという場合、それはバーゲンの有無とは関係なく普段からその店を利用している人ではないですか。バーゲンセールをする店だから他の日も来店しようとはならないでしょう。その場合、バーゲンセールをすることで、そのお客を無理やり1日余計に来店させているということになるでしょう。

 小売業の特売には2つの意味があります。一つは、見切り品(バーゲン)すなわち不良在庫を減らして現金化すること。今一つは、そのイベントで集客し、他の商品の購買を促すことです。ある商品を原価割れで提供しても、他の商品も買ってもらえれば利益を確保でき、同時に在庫を減らすことができるというわけです。

 外食業でも、たとえばハンバーガーの利幅を小さく破格値で提供し、通常でも利幅の大きなドリンクとフライドポテトの売上げを伸ばして利益を確保するというタイプのキャンペーンを打つことがあります。これは、在庫処分の狙いはあまりなく、現金を獲得しようとしたり、競合店を揺さぶろうとしたりという狙いで行われるものです。

 いずれにせよ、こうしたバーゲン・セール型のイベントが将来のリピートにつながることは期待できないでしょう。今日90円で買えたものを明日以降100円で買う意義は感じにくいものだからです。

 ただ、期待できるのは、将来ではなくそのセール期間中の客数の伸びです。ただし、その期間中で伸びる分、その前後の客数は落ち込む可能性があります。「来週セールなら今週は行かないでおこう」とか「セールで買いすぎたから、しばらく行かない」ということが起こり得るからです。

 来店回数が増えるというのは、こんな場合です――買うものをカゴに入れてレジに並んだら、そこに掲示されたポスターで、カゴに入れた1品が来週セールで(あるいはポイント倍付けなどで)お買い得になるとわかった。それで、その1品を棚に戻して来て並び直し、翌週再来店する。このお客は、その再来店でまた余計なものを買ってくれるかもしれません。そこは期待できるでしょう。

 でも、それはお客にとっては迷惑な話ではないですか。本当は1回の来店で用事は済んだはずなのに、金によって翌週の再来店を強いられたようなものです。これがファンを育てること、ブランドを強化することに果たしてつながるのかどうか。

「ウォルマート」のサム・ウォルトンは、そこを考えたのでしょう。セールがいつあるのかわからないことでお客を心配させたり、あるいは無理やり来店を強いることはお客のためにならない。一方、わが社も不良在庫を出すような仕入れをしていてはおかしい。それよりも、毎日低価格(everyday low price/EDLP)にすれば、お客はいつでも自分の都合がよいときに安心して来店できるし、店の仕入れ、在庫管理も改善するはず。つまり、EDLPは、LP=安いというほうよりも、ED=毎日のほうに意義があるのです。金銭的な魅力で誘ったのではなく、利便性を商品化した。それがお客のためであり、店のためでもあると、サム・ウォルトンは見抜いたわけです。

 これであれば、チェリー・ピッカー、バーゲン・ハンターを呼び込む心配もないわけです。

 このように、店は来店してほしいお客すなわちリピーターになり得る人たちの来店をうながし、一方、来店してほしくないお客すなわちHanako読者的な人やチェリー・ピッカーや死神の来店を抑制する(少なくともコストをかけて呼び込まない)ことが大切なわけです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 305 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →