新海誠「新宿三部作」の食べ物

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現在公開中の「天気の子」、そしてその前の「言の葉の庭」(2013)、「君の名は。」(2016)。新海誠監督のこの3作は、いずれも東京の新宿近辺を主な舞台としている。今回はこの「新宿三部作」を、作中に登場する印象的な食べ物を通じて読み解いていく。

《以下、公開中の作品に触れますのでご注意ください》

「言の葉の庭」の味覚障害克服弁当

「言の葉の庭」は、靴職人を目指す高校1年生のタカオ(声:入野自由)が、ある梅雨の朝、新宿御苑で年上の女性・ユキノ(声:花澤香菜)と出会い、約束のない逢瀬を重ねながら心を通わせていくひと夏の淡いラブストーリーである。

 タカオは、雨の日は1時限目の授業をサボって新宿御苑の日本庭園のあずまやで靴のデザインを考えるのを習慣にしていたが、その日はそのあずまやにOL風の若い女性がいて、チョコレートをつまみに園内持ち込み禁止のビールを飲んでいた。それがユキノだった。ユキノは「どこかでお会いしましたか?」というタカオの問いをいったんは否定しながらも「会ってるかも……」と言い直し、

なるかみの すこしとよみて さしくもり あめもふらんか きみをとどめん

 と、「万葉集」の柿本人麻呂の短歌を口ずさんで去っていく。この短歌にユキノが込めた意図は後に明らかになる。

 それ以来、タカオとユキノは雨の朝の新宿御苑で頻繁に顔を合わせるようになり、会話をしたり弁当を一緒に食べたりする仲になっていく。タカオは両親が離婚して母は家出中、一緒に暮らす兄も近々彼女と生活するため家を出るという境遇。兄と交代の食事当番と外食のバイトで鍛えられて、料理は得意だった。

 タカオと弁当のおかずを交換したユキノは、その味に驚かされる。実はユキノはあるトラブルによるストレスからアルコールとチョコレート以外は味がしないという心因性の味覚障害を患っていたのだが、タカオの弁当はなぜかしっかりと味がしたのだ。

 梅雨が明け、会う機会がなくなったタカオとユキノだったが、夏休み明けに意外な場所で再会する。ユキノがタカオにすべてを打ち明けたとき、突然のにわか雨が2人を襲う。ユキノの部屋で濡れた服を乾かす間、2人はオムレツを作り、食べながら「今まで生きてきた中で今がいちばん幸せかも知れない」と感じるのだが……。

 主人公の2人と並び、雨が3人目の主役とも言える存在感を発揮し、「天気の子」につながる作品になっている。またユキノは、「君の名は。」に高校の教師として出演し、物語のキーワードの一つである「黄昏時」について解説する重要な役を演じている。

「君の名は。」の東京グルメと高山グルメ

「千と千尋の神隠し」(2001、本連載第79回参照)に次ぐ邦画歴代2位の興行収入を挙げた2016年最大のヒット作「君の名は。」。物語のカギとなる口噛み酒については前に述べた(ごはん映画ベスト10 2016年 邦画編参照)ので、今回は別の視点から。

 電車は1時間に2本、コンビニは9時閉店、本屋なし、歯医者なし、そのくせスナックは2軒もあるという飛騨高山の糸守に住む女子高校生・宮水三葉(声:上白石萌音)は、田舎の狭くて濃い人間関係に辟易していた。級友のテッシーこと勅使河原克彦(声:成田凌)に誘われる“カフェ”は自動販売機で、三葉は東京の本物のカフェに行きたいと強く願う。

 その願いが通じたのか、三葉は東京で暮らす男子高校生、立花瀧(声:神木隆之介)になる夢を見(たと思い込み)、突然の慣れない環境に戸惑いながらも、友人の藤井司(声:島崎信長)、高木真太(声:石川界人)とペット同伴可のカフェに行き、糸守なら1カ月は暮らせるという1,800円の金額のパンケーキを注文してスマホで撮影したり、バイト先のお洒落なイタリアンレストランでのトラブルにとっさの女子力で対応し、同僚の先輩・奥寺ミキ(声:長澤まさみ)と急接近したりと、東京での生活を満喫していく。

 一方、瀧の方にも朝起きると三葉になるいう怪現象が頻発していた。お互いが入れ替わっていることに気付いた2人はお互いの生活を守るためにルールを決め、入れ替わり時の出来事の記録を携帯に残すようにする。

 ところがあるときを境に入れ替わりは突然途切れる。三葉と連絡がとれなくなった瀧は、三葉を探すため司と奥寺先輩と共に飛騨高山に向かう。観光気分で駅弁の味噌カツ丼や茶店の五平餅に舌鼓を打つ司と奥寺先輩を尻目に、瀧は消えかけた記憶で描いたスケッチを頼りに三葉の居場所を探すのだが……。

 瀧は衝撃の事実を知ることになるのは、あきらめかけてもう帰ろうかと入った高山ラーメンの店でのことだった……。

「天気の子」のファストフードとスナック食材料理

 新海監督の他、企画・プロデュース:川村元気、キャラクターデザイン:田中将賀、音楽:RADWIMPSという「君の名は。」のチームが再結集した「天気の子」は、離島の田舎暮らしに嫌気がさして東京に家出してきた高校1年生の少年、森嶋帆高(声:醍醐虎汰朗)と、母を亡くし小学生の弟・凪(声:吉柳咲良)と東京で二人暮らしの自称18歳の少女、天野陽菜(声:森七菜)が出会う。都会と田舎、少年と少女の立場を「君の名は。」とは入れ替えたラブストーリーである。

 本作で描かれる新宿をはじめとする東京は、前2作よりも歌舞伎町等のダークなエリアが多く、登場する食べ物も手作りや郷土料理とは対極と感じさせるものや工業製品が扱われている。

 帆高は未成年で身分証もなしに上京したためにバイトが見つからず、所持金不足でネットカフェにも泊まれず、24時間営業のマクドナルドで飲み物一杯で朝まで過ごすファストフード難民になっていた。そんな帆高に同情したアルバイト定員の陽菜がこっそりとくれた「ビックマック」は、帆高にとって人生でいちばんおいしい夕食になった。

「天気の子」より。陽菜は帆高が持参したポテトチップスとチキンラーメンを材料に料理を作る。
「天気の子」より。陽菜は帆高が持参したポテトチップスとチキンラーメンを材料に料理を作る。

 この後、あるトラブルがきっかけで再会した2人は、お互いの経済的困窮を打開するために、祈るだけで天気を晴れにできるという陽菜の特殊能力を活かした「晴れ女ビジネス」を始めることに。その打ち合わせで田端にある陽菜のアパートを訪れた帆高が持参したポテトチップスとチキンラーメンを材料に、陽菜は2品の料理を器用に作ってみせる。そして、その料理によって帆高の人生でいちばんおいしかったものは再び更新される。

 映画の後半は、家出や先般のトラブル、未成年だけの生活によって追われる身となった帆高、陽菜、凪の逃亡劇の様相を呈していくが、途中潜伏先として立ち寄った池袋のラブホテルで、帆高たちが口にするのは、部屋備え付けの自販機にあった焼きそば、たこ焼き、カップヌードル、カレーメシ、フライドポテト、唐揚げ等。それらを全部買いして食べたインスタント食品も、帆高はうまいと感じる。この一連の食べ物の入れ替わりから、人は置かれている状況によってうまいと感じるものが簡単に左右されていくものと感じさせる。

 帆高は追い詰められた状況で楽しい時を過ごしながら、「もしも神さまがいるならば、もう少しだけこのままでいさせてください」と願うが、そんな願いもむなしく事態は急変していく……。

 劇中、迎え盆を晴れにしてくださいという立花冨美(倍賞千恵子)の依頼で神田の冨美の家を訪れた帆高たちにスイカをふるまったのは冨美の孫で「君の名は。」の主人公の瀧である。また、帆高が陽菜の誕生日のプレゼントに指輪を買ったジュエリーショップの店員で三葉が登場する等、「新宿三部作」が同じ世界観に存在していることが暗に示されている。


【言の葉の庭】

「言の葉の庭」(2013)

公式サイト
http://www.kotonohanoniwa.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2013年5月31日
上映時間:46分
製作会社:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝映像事業部
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・原作・脚本:新海誠
キャラクター・デザイン・作画監督:土屋堅一
美術監督:滝口比呂志
音楽:柏大輔
主題歌:秦基博「Rain」
キャスト(声の出演)
秋月孝雄:入野自由
雪野百香里:花澤香菜
孝雄の母:平野文
孝雄の兄:前田剛
松本:井上優
佐藤:潘めぐみ
相沢:小松未可子

(参考文献:KINENOTE)


【君の名は。】

「君の名は。」(2016)

公式サイト
http://kiminona.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年8月26日
上映時間:107分
製作会社:「君の名は。」製作委員会
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督・原作・脚本:新海誠
エグゼクティブプロデューサー:古澤佳寛
企画・プロデュース:川村元気
製作:川口典孝、市川南、大田圭二
共同製作:井上伸一郎、弓矢政法、畠中達郎、善木準二、坂本健
プロデューサー:武井克弘、伊藤耕一郎
制作プロデューサー:酒井雄一
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:安藤雅司
音楽:RADWIMPS
音楽プロデューサー:成川沙世子
音響監督:山田陽
音響効果:森川永子
キャスト(声の出演)
立花瀧:神木隆之介
宮水三葉:上白石萌音
勅使河原克彦:成田凌
名取早耶香:悠木碧
藤井司:島崎信長
高木真太:石川界人
宮水四葉:谷花音
奥寺ミキ:長澤まさみ
宮水一葉:市原悦子

(参考文献:KINENOTE)


【天気の子】

公式サイト
https://tenkinoko.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2019年
公開年月日:2019年7月19日
上映時間:114分
製作会社:「天気の子」製作委員会
配給:東宝
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督・原作・脚本:新海誠
演出:徳野悠我、居村健治
エグゼクティブプロデューサー:古澤佳寛
プロデュース・企画:川村元気
製作:市川南、川口典孝
プロデューサー:岡村和佳菜、伊藤絹恵
キャラクター・デザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
撮影監督:津田涼介
美術監督:滝口比呂志
音楽:RADWIMPS
音楽プロデューサー:成川沙世子
主題歌:RADWIMPS、三浦透子
音響監督:山田陽
音響効果:森川永子
助監督:三木陽子
CGチーフ:竹内良貴
キャスト(声の出演)
森嶋帆高:醍醐虎汰朗
天野陽菜:森七菜
須賀夏美:本田翼
天野凪:吉柳咲良
安井刑事:平泉成
高井刑事:梶裕貴
立花冨美:倍賞千恵子
須賀圭介:小栗旬

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。