「中国依存」「自給率アップ」はどちらも腐敗の温床

朱印船(模型。国立歴史民俗博物館)。かつて明に渡航を拒否された日本の貿易商は、他のアジア諸国に向かった
朱印船(模型。国立歴史民俗博物館)。かつて明に渡航を拒否された日本の貿易商は、他のアジア諸国に向かった
朱印船(模型。国立歴史民俗博物館)。かつて明に渡航を拒否された日本の貿易商は、他のアジア諸国に向かった
朱印船(模型。国立歴史民俗博物館)。かつて明に渡航を拒否された日本の貿易商は、他のアジア諸国に向かった

中国製冷凍ギョーザの中毒事件以来、食品の製造や流通に携わる人と話していて、気がかりなことが1つある。彼らの多くが、「今の日本の食は、中国産の農産物や食品なしには成り立たない」という趣旨のことを言う。その主張のニュアンスとして「今の」の部分はごく軽く、むしろ「これからも」という気持ちが強いように感じられる。そして、「だから、そのことを消費者や報道機関に理解してもらう必要がある」とも言う。ビジネスパーソンの考え方として、はなはだ疑問だ。

 未だ事件の全貌は明らかになっていないが、中国産の食品に関してトラブルがあったこと、その真相究明に時間がかかっていることに変わりはない。相手は「悪いのはうちではない」の一点張りで、調査に当たる者同士で良好な協力体制が出来ているとは言いにくい。むしろ、問題はすでに事実上外交レベルの駆け引きになっていて、ビジネスパーソン同士の協力の中で現実的な解決ができる状態ではなくなってきている。

 これは、中国産の品物を扱う上でのリスクだ。あらゆる業種で、中国との取引経験のある人はこの種のリスクを知っていたし、今回の経過から、このことは国民的な知識となった。良い悪いの問題ではなく、中国の国民性と政治体制から、これはいたし方のないこととして、承知しておかざるを得ない。

 しかし、承知するからと言って、黙って付き合い続けることは間違いだ。世界のどの国でも、すべての生産者とすべての企業は市場にさらされねばならない。市場での競争があることで、生産者や企業は品質とコストの改善へ向けて努力をし続けるからだ。「何が起こっても、日本は買い続ける、買い続けざるを得ない」といった、間違ったメッセージを送れば、彼らは改善の手をゆるめ、同様の問題は再び起こることになる。

 かつて中国産冷凍野菜から農薬が検出されたという問題が起こった際、日中の企業、生産者は協力して適切な農薬の使用とトレーサビリティ確保の体制を築き、中国産野菜の信用を急速に回復させた。彼らには、あの当時のことを努力の勝利だと理解させるべきで、日本の消費者の圧力に屈したなどと思わせてはならない。

 今回も、また将来も、中国側をやみくもに保護し、甘やかすようなことがあれば、問題が起こっても解決が遅れ、結局は両者ともに利益を損なうことになる。

 これは、中国の問題というよりも、あらゆるビジネスパーソンが注意しなければならない“落とし穴”だ。成功した組織や仕組みにかかわる人は、「いつまでも、これが続けばいい」と考えるようになる。うまく行っていればいるほど、人は変化を避けるようになる。そして、組織や仕組みは硬直化する。その間も社会は変化しているので、成功した方法はいつしか“旧弊”となっていくのだが、人々はそれでも今までの方法を守ろうと動き出し、遂には“腐敗”と呼ばれることになる。そのようなことには、いつも注意していなければならない。

 さて中国については、別のリスクとして、今年の北京オリンピック後の不況の可能性も考慮しておく必要もある。日本も、かつて東京オリンピックの後に深刻な不況に陥った。北京オリンピックの場合も、開催まで盛んだった設備投資が急速にしぼみ、不況に見舞われることは十分想像できる。その場合、社会的な混乱がどの程度になるか、生産体制や輸出にどのような影響が出るかの予測は立てておかなければならない。

 さらに、考えたくないことだが、北京オリンピック後、あるいは2010年の上海国際博覧会後に、中国が領土的野心を発揮するのではないかという懸念を示す識者も内外に少なからずいる。万一そうなった場合は、中国からの農産物や食品を現在のように大量かつ安定的に調達するということはできなくなるだろう。

 それら不幸な事態を望まないこと、回避できるように協力し合うことと、万一そうなった場合に備えることとは、別々のことであり、同時に手を打てることだ。

 これらについて考えれば、中国からの輸入を無条件に多く保つことをビジネスの大前提と考えること、あまっさえそれを消費者に受け容れさせようとすることは、誤りだと分かるはずだ。

 こうした話題になると出て来るのが、食糧安保のための自給率を上げるべしという議論だが、これを消費者に押しつけることには問題がある。

 今の消費者がそれほど単純だとは思えないが、もしも消費者が「国防のために国産の農産物を食べなければならない」と考え出したらどうなるか。国内生産者は、「何が起こっても、日本の消費者は国産を買い続ける、買い続けざるを得ない」と思うようになるだろう。そうなれば、中国の生産者や企業について考えたのと同じく、日本の生産者も、堕落し、硬直化し、腐敗する。いつまでも経営と技術の革新はなく、消費者は高くて品質の悪いものをつかまされることになっていくはずだ。

 1993年の大凶作の後、多くの日本のコメ農家が、家庭用精米器で適当に精米したコメを消費者に直販し、密かに“特需”に湧いていた。小石が混じったようなコメなのに、消費者が「買わざるを得ない」と思ったために、どんどん売れたのだ。「自給率アップ」で消費者を脅迫すれば、それと同様のことが何年にも渡って続くことになりかねない。

 安定した供給体制を作ることは、ビジネスパーソンの務めだ。それを理解していれば、当然、生産を中国ばかりに依存しようとは考えないはずで、もっと多くの国々に分散しようとするはずだし、その分散先の一つとして国産を選べば、自然と自給率は上昇する。

 いずれにせよ、中国偏重でも、日本偏重でも、量と質の確保は難しい。

 そして、消費者には常に、「おいしいから」「買いやすい値段だから」「安心だから」という理由で選んでもらうべきだ。「こんなに安くていいものは中国でしか大量に作れない」「国防のために国産農産物を消費すべき」と宣伝することは、堕落、硬直化、腐敗の温床と考え、常に警戒していなければならない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →