今年4月9~10日、メキシコシティのワールドトレードセンターで「国際食肉会議(Congreso Inernacional de la Carne)」が開催されました。2004年から始まったというこのイベントは、75社が出展し、そのうち13社が牛肉関連企業です。
メキシコ産牛と米国産牛はNAFTAで共闘
会議は短期的な牛肉ビジネス拡大を目指すものというよりも、メキシコの牛肉産業が農業牧畜農村開発水産食糧省(SAGARPA)、経済省(SE)、国会議員などとコミュニケーションを図ることに重きが置かれている様子です。「革新と競争」というテーマのもと、これからメキシコの食肉産業が全世界へ打って出るという意気込みがひしひしと感じられるイベントでした。
メキシコ国内の牛肉生産企業はもちろん、動物用医薬品メーカーも出展していますが、なかでも目に付いた一つは米国食肉輸出連合会(USMEF)でした。メキシコの食肉産業の振興を図るイベントになぜ米国が? 聞けばメキシコと米国は牛肉産業のライバル同士ではなく、北米自由貿易協定(NAFTA)のもと、“北米ビーフ”が一丸となってとして全世界に挑戦しているとのこと。世界の新たな潮流を感じました。
輸出商材としてコミュニケーションを強化
メキシコの牛肉産業は日本をはじめ世界を相手にビジネスを展開せざるを得ないところまで来ていました。
少し前までは、メキシコも日本や韓国と並ぶ世界の一大牛肉輸入国でした。また、メキシコではかつて、国内消費として牧草肥育(グラスフェッド)牛の消費が中心だったのが、経済発展とともに高級な穀物肥育(グレーンフェッド)にシフト。それに伴ってメキシコ国内での穀物肥育牛の生産が盛んになると、高値で取引される国外へも輸出されるようになったということです。
2008年には約40万tの牛肉を輸入し、わずかに約4万tを輸出していたのが、2013年は輸入は約27万tと減り、逆に輸出が約22万tへと急拡大しました。主な輸出先はロインが米国で、バラ肉や内臓肉が日本です。
現在、メキシコ国内の消費量はほぼ横ばいで、輸出への注力なしには、これ以上の成長が見込めない状況だとも。そこで2013年から中国へ、そして今年は香港への牛肉輸出が始まりました。
ちなみにオーストラリアも、2012年から中国への牛肉輸出が始まっています。
さて、世界に通用するためには、さまざまな安全・衛生対策が不可欠です。しかも、安全を確保してもなお、風評などにも打ち勝っていかなくてはなりません。前号で紹介したスカルネ社のダニエル・デル・ボスケCEO(Daniel Del Bosque)も「メキシコの牛肉は安全ではないという大きな誤解があります。それは事実ではありません」ときっぱり。
スカルネ社の場合は、牛の肥育から屠畜、加工、流通、輸出まで牛肉生産を一貫集中して手掛けることで生産効率を上げていますが、すべての工程で品質と安全の適正な管理を実施しています。これによって輸出先の厳しい要求にも応え、各国の安全や品質の認証を取得してきました。そうした努力もあり、ボンレス(骨なし)商品については、60日の賞味期限を確保し、さらには近々90日にまで延ばすといいます。
米国・メキシコも個体識別管理導入へ
日本では2001年のBSE発生以降、牛の個体識別管理が法制化されました。すべての牛に耳票が取り付けられ、焼肉店などの消費の現場で個体識別番号が明示されます。番号をインターネットで検索すれば、いつどこで生まれ、どんな履歴をたどってきた牛なのかがわかる仕組みです。いわゆるトレーサビリティの実現です。実際に、お客の全員が牛の履歴を調べるわけではありませんが、トレーサビリティが実現しているということ自体が、お客に安心感を与えてきました。
米国やメキシコなどでは飼育頭数が桁違いに多いため、日本のような個体識別管理は無理だといわれてきましたが、今では各国でトレーサビリティの実現を目指しています。今回の展示会でも、トレーサビリティのためのICチップ内蔵の耳票システムを販売する企業が出展。普通の耳票が10ぺソ、ICチップ内蔵の耳票が25ペソ、ICチップ管理システムが7万ペソとのこと(1メキシコペソ=7.85円)。販売担当者は、「薬歴など安全確保に関するいろいろな情報をインプットするこの耳票を活用することで、トレーサビリティが可能となり、安全確保につながります。ただ、畜産事業者の理解が十分とは言えないのが悩み。このシステムのよさを理解してもらうことが課題です」と話してくれました。
実はちょうどこの5月から、メキシコの連邦政府が牛の個体識別管理の法制化に踏み切りました。これまでは各州政府レベルの取り組みでしたが、これからは、メキシコ農業牧畜農村開発水産食糧省(SAGARPA)の元で、全国家畜個体識別システム(Sistema Nacional de Identificacion Individual del Ganado: SINIIGA)が法的根拠を持って実現することになったのです。普通の耳票にかかる費用はSAGARPAが補助するとのことです。
諸宗教への対応も進む
また、食品企業が世界市場で勝負するためには、安全性はもちろん、ユダヤ教やイスラム教などの各宗教の戒律への対応も要求されます。たとえば、ユダヤ教徒に牛肉を提供するためには、ユダヤ教の聖職者、ラヴィの立会いのもと、戒律に則った方法で屠畜して初めて、ヘブライ語で「適正な」という意味の「コーシャ」(Kosher)の認証を得ることができるのです。
スカルネ社に次ぐメキシコ牛肉生産企業第2位のグループ・グシ社は、2013年7月に初めて屠畜場を設置しました。そこでは、ユダヤ教徒向けの食品、コーシャ認証を得るため、ラヴィを迎い入れる施設となっています。同社は、イスラム教徒向けのハラール(Halal)認証を得るための準備もしているとのこと。同社の輸出比率は18%と高くはありませんが、限られた輸出市場を有利に開拓するためには、各宗教への対応が不可欠となるわけです。上述の国際会議でも、「ハラール食品への対応方法」と題したセミナーが、米国からのイスラム宗教者によって講演がなされており、多くの参加者が真剣に聞き入っていました。
安定輸入のために各国情報は欠かせない
プラデラス・ワステカス社(Praderas Huastecas)も、やはりメキシコ国内向けが8割。残りの2割の輸出のうち、メインは70%の米国。日本への輸出は少ないのですが、米国では消費しない内蔵肉を中心に輸出するとのことで、ニッチ市場に賭ける姿勢が浮かび上がってきました。
このようにメキシコ牛肉生産各社は必死でグローバル化時代を生き抜くため、輸出市場を積極的に開拓しています。日本はそのなかの1カ国に過ぎません。決して最優先で選ばれるわけでもないのです。そうしたなか、中国が食肉の一大消費国としてそのバイイングパワーを世界に発揮し、日本が細かい輸入条件を検討している間にあっさり中国市場に買い負ける兆しも現れ始めました。
これに対して、あくまで仮の理論上の話として「TPP交渉で牛肉の関税が下がれば、日本は中国に買い負けることもなくなるのではないか」と推論する業界関係者もいます。5月現在、TPP交渉は閣僚協議を進めている段階でまだ決着は見ていませんが、牛肉消費国としてその行方から目をそらすことはできません。
グローバル化時代における世界規模での食料争奪戦に、牛肉をはじめとする食料の輸出国の事情をどこよりも敏感かつ詳細に知るべきは、食料輸入大国である日本です。
今回お伝えしたメキシコの牛肉産業事情は、食料の生産・輸出がどのような環境でどのように変化するものかを理解し、私たちが適切な判断をしていく上で、わかりやすく重要な情報を提供してくれているようです。
《この稿おわり》