「シシリアンルージュ」に育種の潮流を見る

シシリアンルージュ。見た目は普通の中玉トマトだが、鍋の中で演じることに価値がある
シシリアンルージュ。見た目は普通の中玉トマトだが、鍋の中で演じることに価値がある
シシリアンルージュ。見た目は普通の中玉トマトだが、鍋の中で演じることに価値がある
シシリアンルージュ。見た目は普通の中玉トマトだが、鍋の中で演じることに価値がある

「シシリアンルージュ」という調理用トマトが、イタリアンのシェフや、料理好きの消費者を中心に話題になっている。細長い中玉のトマトで、生食しても味は悪くない。ところが、これをカットしてソテーパンで温めると面白い。みずみずしい果実が見る間にとろけ出し、数分ですっかりトマトスープのようになってしまう。

 味をみると加熱して酸味が立つようなことがなく、むしろうま味と甘味が増したように感じる。オリーブオイルでスライスかみじん切りにしたニンニクを温めておいたところに、シシリアンルージュを転がして溶かし、塩コショウ、ハーブなどで軽く味付けすれば、あっという間にパスタ用のソースになってしまう。

 こういうものが、例えば、少量の生バジルとパルメザンチーズなどとセットになってスーパーの店頭に並んでいるとありがたい。レトルトのパスタソースの売上げをおびやかすことも夢ではないはずだ。調理にさほどの手間はかからず、調理時間もレトルトを温める時間とそれほど変わらないからだ。

 イタリアンのレストランで、シシリアンルージュを使ったメニューを提供するところも増えてきているが、これが煮溶けていくところを見せるプレゼンテーションを伴う料理があれば、さらにお客は喜ぶはずだ。お客は見ていて面白いし、「本当に生のトマトから作った料理だ」と実感できる。

 可能性があるのはイタリアンだけではない。居酒屋でも面白い料理が出せるはずだ。例えば、固形燃料のコンロに乗せた小さな鉄鍋に、カットしたシシリアンルージュを入れ、合わせ調味料とチーズと一緒に提供してはどうか。面白さ、楽しさ、おいしさが一体となった商品になるはずだ。

 先日、この種苗を販売しているパイオニアエコサイエンス(東京都港区)の竹下達夫社長にお会いして、そんな話をした。このトマトを開発したイタリアの育種家マウロと意気投合し、シシリアンルージュにほれ込んで輸入を始めただけに、普及にかける熱意は一通りではない。ただ、筆者が思いつくままに話したレストランや小売業への提案のアイデアよりも、関心はこれを栽培する農家を増やすアイデアの方にあるようだった。

 私などがあれこれ言うまでもなく、料理人や小売店からのこの品種に対する評価は高い。ぜひ使いたいというレストランはいくらでもあるようだ。ところが、生産者の反応が思っていたよりも鈍いらしく、種苗は用意できるのに、果実の方は品薄で推移しているようだ。

 もしその状態が続いて“高いトマト”の印象でも付いてしまえば、調理用トマトの面白さとおいしさが消費者に広がるチャンスが半減してしまうだろう。

 農家が新しい品種に対して保守的な態度を取るのは、今に始まったことではない。生産したものの売れ残ったなどとなれば、大きな損となるだけに、その気持ちは分からないではない。

 もう一つ、パイオニアエコサイエンスには面白い商品がある。スイートコーンの「ピクニックコーン」だ。これは、やはり同社が手がけて大ヒットとなったスイートコーン「味来」よりもさらに甘味のある品種だが、ただでさえ小振りの「味来」よりさらにサイズが小さいということで、青果市場で評価されなかった。

 ところが、実はこの小ささが良かった。試食した主婦から「カットしないで電子レンジに収まる大きさ」と評価された。また、「冷やして食べたらおいしかった」という声もあった。そこで同社では、電子レンジで調理し、冷蔵庫で冷やして食べる食べ方を提案し、消費者からの人気を得るに至った。

 この二つの品種を巡る話で面白いのは、農家と青果市場の“鈍さ”と、種苗メーカーたるパイオニアエコサイエンスの“鋭さ”だ。農家と青果市場は、都市生活者のことがよく分かっていなかった。都市生活者が、どんなものを食べたいと思っているのか、都会のレストランで何が話題になっているのか、また家庭でどんな調理をするのか――そういうことに目が行き届かず、それよりも従来の品種や従来の価値基準(大きいことはいいことだ)にとらわれているために、新品種が持つチャンスを見逃している。

 さらに面白いのは、種苗会社というのは、食にかかわる企業の中でも農薬メーカーや肥料メーカーなどと同様、もともと事業の中で消費者との接点がない、消費の現場から最も遠い業種だという点だ。その、消費の現場から遠い会社の方が、都市生活者に興味を持ち、耳を傾けている。

 最近のコメの育種でも、そのように消費の現場に興味を持った種苗メーカーが都市生活者から評価される商品を出している。ただし、同様に、腰の重い生産者への普及では苦労している。これは、新しい育種の潮流の一面だと言える。

「個々の農家は小さいので、都市生活者をリサーチしてマーケティングするような余裕はない」という声もあるだろう。そうかも知れない。私なら、マーケティング戦略を持っていないから小さいのだと見るが。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →