※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
歯がない宇宙人
男の話によると、自分は2級の惑星監視員で、1億8000万年前から地球の周りの宇宙に滞在し、地球の変化を観測して記録していたという。1億8000万年前と言えば、恐竜が栄えたジュラ紀に当たる。棺桶のような物体は宇宙船で、時には低空を飛んで人間の様子を観察していたとのことで、人間の言葉を話せるのはそのためだという。今回に限って宇宙船が故障し、住宅を避けてアパートの庭に不時着したとのこと。轟音と振動に驚いて外に出てきた田所らアパートの住人たちが、さらに驚いたのは言うまでもない。アパートの1階に住む長老格の源田さん(三上寛)が、とりあえず警察には通報せず、宇宙船は隠しておくことで話をまとめる。
とくに怪我はないが、少しめまいがするという男。最近仕事で車を運転中にUFOを見て事故を起こし、左手を骨折したうえに会社をクビになった田所は男に同情し、2階の自室で休ませてやることにする。田所の隣に住む区役所職員の貞さん(猪塚健太)と、貞さんの3人の恋人の一人で、美容師のアシスタントをしている淳子(吉村優花)も手伝って、男を寝かせる。田所と淳子は互いに自己紹介し、男の名前も尋ねるが、男の名前は人間には聞き取れない宇宙語。そこで、田所は男に「宙さん」というニックネームを付ける。こうして、田所と宙さんの共同生活が始まる。
翌朝、宙さんに何を食べさせてよいかわからない田所は、出勤前の貞さんに相談する。貞さんはちょっと考えて一言。
「じゃあ、豆腐食わせてみな。何かいちばん当たりさわりのない食べ物だと思うんだよね。で、豆腐がだめなら納豆。まあ、はんぺんなんかもいいかも知れないね」
「柔らかいのばっかりだな」

貞さんが柔らかい食べ物をチョイスしたのは、宙さんが人間のように噛んで食べることができるのか心配だったから。それを聞いて淳子が料理した朝食のメニューは、以下のようなものである——冷奴、納豆、焼きはんぺん、豆腐の味噌汁、焼きのり、ご飯。
案の定、宙さんが豆腐を食べる際は、歯を使わないようにして食べている。宙さんを演じた宇野祥平は、原作の宙さんには歯がない描写があることから思い付いた演技だとインタビューで述べている。
宇宙には豆腐や納豆はないが、それでも食べられるのは、淳子さんの料理が上手だからとお世辞を言う宙さん。田所らアパートの住民たちと交流することで、こうした人間らしさが次第に増してくるところが本作の最大のポイントといえる。
そんなある日の昼食のメニューは、カレーライスとサラダ。宙さんはカレーを地球でいちばんおいしい食べ物と認識しており、一度食べてみたかったという。確かにカレーは世界中で愛されている料理であり、国や地域によってさまざまなおいしいカレーが作られているので、世界中の人間の様子を観察していたという宙さんがカレーを地球でいちばんおいしい食べ物と思っても不思議はないかも知れない。
宇宙人カラオケ大会
この後の展開は、原作のようにマスコミや当局が動き出すことはなく、宙さんと田所らアパートの住民らの日常が静かに綴られていく。SFというよりも山中貞夫監督の「人情紙風船」(1937)や小津安二郎監督の「長屋紳士録」(1947)といった“長屋もの”や、落語の世話物に近い感覚である。
田所、淳子、貞さんの三角関係も原作とは異なっている。原作では、貞さんに他に2人恋人がいると知った淳子が、貞さんと別れて田所と相思相愛になるが、本作ではそう簡単にはいかず、よりリアリティーを感じる。また3人の関係に宙さんが介入していくのも興味深い。この辺は脚本を担当した「UNDERWATER LOVE―おんなの河童―」(2011、本連載第9回参照)のいまおかしんじのラブストーリーテラーぶりが遺憾なく発揮されている。
さて、宙さんは宇宙船にトラブルが発生した際、他の4人の仲間とはぐれてしまっていた。仲間を探し出し、宇宙に帰るのが宙さんの目標。源田さんは、宙さんの望みをかなえるため、ホームレスで自称宇宙人の神様(
アイドル歌手を目指していたこともあるという淳子が宙さんのために選んだ曲は、「アンパンマンのマーチ」。現在放映中のNHK朝ドラ「あんぱん」の主人公の夫のモデルであるやなせたかしが作詞した、TVアニメ「それいけ! アンパンマン」の主題歌で、生きるよろこびをストレートに表現した国民的愛唱歌である。
どうしても声が出ない宙さんに、淳子は声を出すのによいと思っている酢を飲ませたり、「歌はハート」とアドバイスして応援する。果たして宙さんは、宇宙人カラオケ大会で「アンパンマンのマーチ」を歌い切り、仲間と無事宇宙に帰還することができるのか……。
宇宙人カラオケ大会の元ネタはYouTubeチャンネル「オカルトエンタメ大学」から。どこどこ星からやって来た何々星人になりきって歌うという設定が本作でもそのまま生かされている。
居るだけで宇宙人を感じさせる
本作は、制作プロダクションのレオーネ創立20周年記念上映「LEONE for DREAMS」の一本として製作された。レオーネは、ピンク映画から「ビリーバーズ」(2022、本連載第283回参照)、「アキはハルとごはんを食べたい」(2023、本連載第306回参照)などの一般映画まで幅広く手がけており、その中から「アルプススタンドのはしの方」(2020、城定秀夫監督)のような秀作も生まれている。
主演の宙さんを演じた宇野祥平は、2020年に「罪の声」(土井裕泰監督)他で第94回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞を受賞するなど、名脇役として知られている。一方、主演としては、モキュメンタリー・ホラーの名手である白石晃士監督と組んだ「オカルト」(2009)、「超・悪人」(2011)、「殺人ワークショップ」(2014)などで“ヤバい人物”を怪演。本作では抑揚の効いた演技ながら、居るだけで宇宙人を感じさせる存在感を発揮している。
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- UNDERWATER LOVE―おんなの河童―
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- 本連載第9回
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- アンパンマンのマーチ
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- あんぱん
- https://www.nhk.jp/p/anpan/ts/M9R26K3JZ3/
- それいけ!アンパンマン
- https://www.ntv.co.jp/anpanman/
- オカルトエンタメ大学
- https://www.youtube.com/watch?v=bX88_u6anec
- LEONE for DREAMS
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- The world’s 50 best foods (CNN)
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【となりの宇宙人】
- 公式サイト
- https://www.leonefordreams.com/tonarino-uchujin
- 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2025年
- 公開年月日:2025年6月27日
- 上映時間:103分
- 製作会社:クロックワークス、レオーネ(制作プロダクション:レオーネ)
- 配給:SPOTTED PRODUCTIONS
- カラー/サイズ:カラー/16:9
- レイティング:R-15
- スタッフ
- 監督:小関裕次郎
- 脚本:いまおかしんじ
- 原作:半村良:(「となりの宇宙人」所収/河出文庫刊))
- エグゼクティブプロデューサー:藤本款
- プロデューサー:秋山智則、久保和明
- 撮影:岡村浩代
- 照明:金子秀樹
- 録音:大塚学
- 美術:小泉剛
- 音楽:林魏堂
- 編集:鷹野朋子
- スタイリスト:後原利基
- ヘアメイク:藤澤真央
- インティマシーコーディネーター:西山ももこ
- キャスティング:伊藤尚哉
- ラインプロデューサー:浅木大
- 助監督:山口雄也
- キャスト
- 宙さん:宇野祥平
- 田所運一郎:前田旺志郎
- 淳子:吉村優花
- 貞さん:猪塚健太
- 源田さん:三上寛
- 昌子:和田光沙
- 唯夫:安藤ヒロキオ
- 田口のおばさん:ほたる
- 八百屋のおやじ:山本宗介
- 豆腐屋の大家:麻木貴仁
- 里美:北村優衣
- 神様:森羅万象
- 社長:いまおかしんじ
(参考文献:KINENOTE)