低糖質志向はブームから定着へ

外食業では「低糖質食」への対応が流行を超えて定着の段階に入ってきたようです。

 たとえば、ファミリーレストランの「ガスト」では、料理に付けるスープ、サラダ、ごはん・パン、ドリンクなどを組み合わせたセットをいくつか用意している中で、「Dセット」(299円)というものをラインナップしていますこれは、サラダとおかわり自由の日替わりスープで、ごはん・パンはなしです。メニュー表には「糖質が気になる方へオススメ」と表示されています。

脱ごはんのファミレス・脱麺のラーメン店

「フレッシュネスバーガー」の低糖質バンズのポスター。
「フレッシュネスバーガー」の低糖質バンズのポスター。

 振り返って見れば、「ガスト」の前身である日本のファミリーレストランの先駆的チェーン「すかいらーく」の商品開発の基本的コンセプトでは、料理については「ごはんに合う」が最重視されてきました。そのチェーンで、ごはんを売らないアイテムをラインナップしている意義は小さくありません。

 ごはんの置き換えに比較的早く取り組んだのは、牛丼の「すき家」でした。丼ものでごはんを使わないなど、通常の発想では「あり得ない」ことですが、同チェーンの「牛丼ライト」(390円)は、ごはんの代わりに豆腐と野菜を使い、その上に牛丼の具を盛ったものです。

 ごはんを野菜に置き換える例では、東京都内で展開している宅配弁当の「京香」が、ごはんを80円増しでブロッコリーに変更できるという商品を打ち出し、小規模チェーンながら話題となっています。低糖質食を求める消費者がFacebookなどSNS上でコミュニティを作っていて、そうした場でこうした情報が素早く交換されているためと考えられます。

 そうした低糖質食志向の人たちの間で昨年後半に大きな話題となったのが、「フレッシュネスバーガー」の低糖質バンズ導入でした。これは50円増しで糖質約50%オフのバンズに変更できるというものです。ハンバーガーはバンズ(パン)があることが前提で、糖質は避けられないと見られていたのに対し、その常識を越えたことで反響は小さくありませんでした。

 パンの低糖質化は、「ローソン」が先行し、ふすまなどを用いることで、1個当たりの糖質を数グラム未満に抑えた「ブランパン」のシリーズをそろえています。これらにはフィリングを入れたそうざいパンや甘味のある菓子パンなどもあり、低糖質食志向の消費者から支持されています。

 低糖質化のために、あって当然のものをなくして見せる商品開発は、麺類業態でも進んでいます。ちゃんぽんの「リンガーハット」は、麺の代わりに7種類計480gの国産野菜を使用した「野菜たっぷり食べるスープ」640円をラインナップしています。

 また、首都圏に二十数店を展開するラーメンの「舎鈴」が、つけ麺の麺を豚肩ロースともやしタマネギなどの野菜計200gに置き換える「肉変更券」(290円)をラインナップし、これも低糖質志向の消費者の間で話題となっています。店頭POPでは「タンパク質を摂取して糖質カット」と表示しています。

アメリカ食品業界を混乱に陥れたアトキンスダイエット

 低糖質ダイエットの源流は、2000年代初頭のアメリカで医師のロバート・アトキンスが提唱したいわゆる「アトキンスダイエット」に求めることができます。そのメカニズムの詳細の説明は専門書に譲りますが、おおまかに言えば、糖質摂取を控えることでインスリン分泌を抑制し、低下した血糖の代わりに脂質の代謝物であるケトン体をエネルギー源とする状態を作るというものです。

 アトキンスが提唱した当初から、この方法は健康に害があるとする反論がありましたが、2003〜2004年頃にはアメリカで大ブームとなりました。その結果、パン、パスタ、米などの糖質系食品の販売額が数%落ち込み、関連する食品メーカーや外食チェーンが大打撃を受けることとなりました。

 日本では、これを受ける形で、「低インスリンダイエット」「低GIダイエット」などの名前で女性誌や健康雑誌等のメディアで取り上げられた時期がありましたが、全般的に見てアメリカで起こったほどのインパクトを持つブームにはなりませんでした。

 ところが、2008年に特定健診・特定保健指導(いわゆる「メタボ健診」)がスタートしたあたりから、流れが変わって来ました。この健診によって、生活習慣病を意識するだけでなく、胴回りのサイズに注意を払うようになった中高年男性が、糖質を摂らなければ比較的容易に減量に成功することに気付きはじめ、情報が共有されるようになってきたのです。

中高年男性から市場全体へ広がるブーム

 ここでバイブルとされたのが、内科医の江部康二氏の書籍とブログです。料理好きの男性を読者に持つ「dancyu」では2009年に同氏監修による別冊を発行していますが、そのタイトルは「満腹ダイエット」でした。糖質を避ければ、肉、野菜などをたっぷり食べてよい、しかも脂質を摂ってもよいということで、中高年男性には衝撃的かつ歓迎しないわけにはいかない話となりました。

 男性は内臓脂肪をためやすいと言われていますが、低糖質食を摂り始めると、とくにこの内臓脂肪が比較的早く減り始め、男性はこの“効果”をズボンのはきやすさやベルトの位置などで実感しやすいわけです。それで、かつて女性誌が扱ったときよりも反響が大きいのだと考えられます。

 メディア界ではこの市場は大きなものと見られていて、江部氏に続き、さらに幾人かの医師等が低糖質志向市場をつかもうと追随し、それぞれに自説を加えた著作等を発表するようになり、一つのジャンルとして確立してきた観があります。

 そして、日本の食品・飲料メーカーはこの動きに敏感に反応し、次々に手を打ち始めました。外食業よりも動きは早かったと言えます。なぜすぐに動き始めたかと言えば、2003年頃のアメリカで起こった大混乱を、端で見て知っていたからです。そうした動きを次回も説明していきますが、これらの話題を通じて、この時代にそれでも米などの穀物生産に取り組むことが、あるいは米飯食、麺パン食を基本とする食生活を対象とした商品開発を続けることが、経営上正しい判断なのか、考える材料にしていただけたらと考えています。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

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About 齋藤訓之 396 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →