倉本長治曰く「店の中には嘘がある」

 昨年亡くなった「びっくりドンキー」アレフの庄司昭夫社長は、商業界の倉本長治さんを敬愛していて、いつも持ち歩いているノートには倉本さんの言葉がいくつも書き込まれていました。インタビューの最中、よくそれを開いて読んで聞かせてくださったものです。

 その中で、とくに私の記憶に染みているのは、こんな言葉です。「店の中には嘘がある。一日一日、その嘘を一つずつなくしていこう」。書物として残る倉本さんの言葉と少し違うかもしれませんが、私はそのようにうかがいました。

 倉本さんは、戦後の混乱が続き不正も公然と横行していた社会の中で、小売業・飲食業に従事する人たちのプライドを恢復し、新しい経営技術を普及させることに尽力された方です。それで「店」という言葉を使っているわけですが、これは「企業」「組織」「役所」「家」などに置き換えて読んで差し支えないでしょう。

 あらゆるビジネスの現場は、故意であるとないとにかかわらず、事実・真実・正義・顧客の期待などとの乖離をはらんでいます。それを、床に落ちている塵を拾うように、小さなものも見つけては正すという活動を続ける。それが持続可能で賞賛されるビジネスを育てるということです。

 おそらくその第一歩として最も重要なことは、まずいったん「店の中には嘘がある」と認めること、それを前提に考えることでしょう。繁盛店であればこそ、店は汚れます。働き者は汗をかきます。だから、掃除も入浴もする。その当たり前のこととして、嘘をこつこつとなくしていくわけです。

「店の中には嘘がある」と認めない無誤謬主義で貫こうとした会社や役所が、社会にとてつもない迷惑をかけ、自らの瓦解を招き、子々孫々まで語り伝えられる大きな恥辱にまみれるという最悪の事例は、今私たちが東京電力と原子力行政で見ているところです。

 そのような化石的組織がクローズアップされている一方で、恐らくここ10年ほどの間に、日本の企業は全般的にかつてないほどに正直でオープンになってきたと思われます。その背景には、株式の持ち合いや銀行による保有が弱まり、海外投資家や個人投資家が増加したこと、そのためにIR活動が見直され、前後してコーポレートガバナンスやCSR(企業の社会的責任)への関心も高まったことがあるでしょう(実は東京電力もそのことに熱心な企業の一つとされていたわけですが)。

 しかし、正直でオープンであることが当然と見なされるようになったことで、私たちは新しい警戒心を持つ必要があるでしょう。「私たちは嘘をつきません」と言うことは、嘘がない=無誤謬主義と表裏一体です。こうなると、働く人たちは“嘘や誤りを開示しよう”ではなくて、“嘘や誤りがあってはいけない”と考えるようになります。

 床の塵は取ってくずかごに捨てるのが本来ですが、ほうきで台の下に隠すことも、一時的に靴で踏みつけておくこともできます。店前に落ちているごみを隣の店に寄せたり、建物の間に放ることもできます。そうすれば、お客にも上司にも見つかりません。

 これは“地下化”というものです。弱点、事故、不正、不誠実が統治機構から見えなくなるわけですから、マネジメントは対策も打てない。つまり、“組織ぐるみ”で“自覚された嘘”よりもタチの悪いものです。これは東京電力と原子力行政が陥っていた有様以上にやっかいな状態と言えます。

 対策は一つではありません。ただ、地下化は合理的な仕組みだけでは防ぎ方として十分でなく、道徳教育も重要になっているはずです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
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Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →