料理は融合する力を持つか?

「エイブのキッチンストーリー」より

現在公開中の「エイブのキッチンストーリー」をご紹介する。

 本作はイスラエル人の母とパレスチナ人の父を持つ12歳の少年エイブが、文化や宗教の違いから対立する家族の間で、手作り料理で絆を取り戻そうと奮闘するヒューマンドラマである。ジャズやロック、ラテン音楽、電子音楽、クラシック等を融合させたフュージョン音楽のように、世界各地のフードがハーモニーを奏でるフュージョン料理が重要な役割を果たす。

 エイブを演じるノア・シュナップは、現在公開中の「アーニャは、きっと来る」でも主演を務めるハリウッドの若手株である。

3つのバースデーケーキ

 ニューヨーク・ブルックリン育ちのエイブは料理が大好きで、自作の料理をSNSにアップしてネット上の友達と交流する日々を送っている。12歳を迎える誕生日、エイブは自作のバースデーケーキを用意して家族内の誕生日パーティーに臨むが、母レベッカ(ダグマーラ・ドミンスク)方の祖父ベンジャミン(マーク・マーゴリス)、叔父アリ(ダニエル・オレスケス)のイスラエル・ユダヤ側と、父アミール(アリアン・モーイエド)方の祖父サリム(トム・マーデロシアン)、祖母エイダ(セーラム・マーフィー)のパレスチナ・イスラム側は犬猿の仲。政治や宗教の話題で対立する家族に挟まれてエイブは悩みを深めていく。

「エイブ」の発音はイスラエルの公用語であるヘブライ語では「アブラハム」、パレスチナの言語のアラビア語では「イブラヒム」だが、エイブ自身はそのどちらでもない「エイブ」がいいと思っていて、本作のタイトルの由来になっている。誕生日パーティーにエイブが用意した「エイブ」ケーキ、イスラエル側が用意した「アブラハム」ケーキ、パレスチナ側が用意した「イブラヒム」ケーキの3種の名入れケーキが並ぶ状況が家族間の対立を象徴している。

フュージョン料理との出会い

エイブがレンタル厨房のシェフたちのまかないとして作った「シャワコス」。中東の「シャワルマ」とメキシコの「タコス」のフュージョン料理である。
エイブがレンタル厨房のシェフたちのまかないとして作った「シャワコス」。中東の「シャワルマ」とメキシコの「タコス」のフュージョン料理である。

 家族が抱えた現実から逃げるように、エイブはネットで見つけたフードフェスに向かう。そこでエイブの目にとまったのは、“MIX IT UP”という屋台でブラジル人シェフ、チコ(セウ・ジョルジ)が作る「アカラジェ」だった。

 それは先日亡くなった母方の祖母が生前によく作ってくれていた中東料理「ファラフェル」に似ていた。ファラフェルはすりつぶしたひよこ豆やそら豆に香辛料を混ぜ合わせて油で揚げたもので、豆をジャガイモに置き換えれば日本のコロッケに似た料理だ。パレスチナではそら豆を使うがイスラエルでは使わないことが誕生日パーティーでの論争の一つになっていた。ジャマイカ風にアレンジされたチコのアカラジェに、エイブは複雑な生い立ちの自分を重ね合わせる。

 夏休みを迎え、エイブは母に勧められた料理のサマーキャンプに通うことにするが、“シェフ”を目指すエイブにとってナイフ禁止の授業は低レベル過ぎた。そこでエイブは親にはサマーキャンプに通っているふりをしてチコが働くレンタル厨房に向かう。このレンタル厨房はケータリングや屋台、移動販売車等の仕込みにプロが使うもので、ラテン系や東洋系等世界中のフュージョン料理のシェフが集う“溜まり場”であった。

 厨房内で飛び交う料理用語の中で、日本語由来の“UMAMI”(うま味)という言葉が聞き取れるのにはちょっとうれしくなる。

 レンタル厨房でエイブがチコに名刺代わりに差し出したのが誕生日パーティーで出した「ラーメンタコス」。しかしチコに「これじゃフュージョン(融合)じゃなくてコンフュージョン(混沌)だ」とあっさり却下される。それでも何とか頼み込んで、厨房の仕事を手伝いながら料理を教わることを了承してもらう。

 皿洗いやゴミ出し等の下働きに明け暮れるなか、エイブがたわむれに作ったタイムレモネードのアイスキャンディー(エイブはアイスキャンディーが大好物なのだ)がチコに故郷ブラジル・バイーア州の味を思い出させ、エイブは初めてまかない作りを任される。そこでエイブがラーメンタコスのリベンジとばかりに作ったのが、祖母が漬け込んだラム肉を焼いた中東の肉料理「シャワルマ」をトルティーヤで挟んだタコス「シャワコス」。エイブなりのフュージョン料理への“答案”である。

焦げた七面鳥

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 エイブがサマーキャンプに出席せずレンタル厨房に通っていることが親バレし、エイブは外出を禁止されSNSを発信する携帯やPCも没収されてしまう。この件はエイブの教育方針で対立する両親の別居話にまで発展してしまい、エイブは心を痛める。

 やっと謹慎が解けたエイブは、宗教に関係なく祝えるアメリカの祝日・感謝祭(11月の第4木曜日)に母方と父方の家族を招き、イスラエル料理とパレスチナ料理のフュージョン料理でもてなすことで、バラバラになった家族を一つに戻そうとする。だがエイブは、相変わらずいさかいの収まらない双方についに愛想をつかし、メインディシュの七面鳥をオーブンに入れたまま外に飛び出してしまう。それでも口論を続ける家族が初めて異変に気付いたのは焦げた七面鳥の匂いによってだった。対立が限界を超えたことを暗示している。

 家族を一つにしたいというエイブの願いは、このままついえてしまうのか……。

年末恒例の「ごはん映画ベスト10(洋画編・邦画編)」は、今期は新年にお届けします。


【エイブのキッチンストーリー】

公式サイト
https://abe-movie.jp/
作品基本データ
原題:Abe
製作国:アメリカ、ブラジル
製作年:2019年
公開年月日:2020年11月20日
上映時間:85分
製作会社:Spray Films
配給:ポニーキャニオン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ
脚本:ラミース・イサク、ジェイコブ・カデル
原案:フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ、トマス・ソウト・コレア、ラミース・イサク、ジェイコブ・カデル、クリストファー・フォグラー
製作総指揮:アンドレア・ジュスティ、クラウディア・ビュッシェル、ファビオ・ゴロンベク、ポーラ・リニャレス、マルコス・テレキア
製作:カルロス・エドゥアルド・チャンポリーニ、ノベルト・ピニェイロ・ジュニア、カイオ・ガレーン、ファビアーノ・ガレーン
共同製作:パトリシア・ヴィレラ、ルイス・フェリアーニ・ノゲイラ、クラウディア・ビュッシェル、ジェームス・ハンツマン、オードリー・デラニー、リサ・グットバレット
撮影:ブラスコ・ジュラート
美術:クラウディア・カラビ
音楽:ギリェルメ・アマビス
音楽監修:ジャキス・モレレンバウン
音響デザイン:ペドロ・リマ
編集:クラウディア・カステッロ、スザンヌ・スパングラー、ブルーノ・ラセビチウス
衣裳デザイン:オルネラ・キオッソーネ
キャスト
エイブ:ノア・シュナップ
チコ:セウ・ジョルジ
レベッカ:ダグマーラ・ドミンスク
アミール:アリアン・モーイエド
ベンジャミン:マーク・マーゴリス
サリム:トム・マーデロシアン
エイダ:セーラム・マーフィー
アリ:ダニエル・オレスケス

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。