ピザのチーズとスターの写真

[235]ブラックムービーの食べ物(1)

アメリカでの白人警官による黒人男性殺害事件をきっかけに世界に波及した人種差別への抗議活動「ブラック・ライヴズ・マター」(Black Lives Matter / BLM)は、コロナ禍と並ぶ今年の重大ニュースとなった。いまだに黒人差別が解消されないことは、奴隷制度以来のアメリカが抱える歴史の汚点である。

 日本に住む我々にとっても無縁ではない差別という人間社会が抱える普遍的、根源的な問題を考える上で、アメリカの黒人差別についての知識を深めることは有意義であり、映画がそのツールになればと考えた。そこで今回から数回にわたり、キャストやスタッフが黒人主体で製作された「ブラックムービー」と、それらに登場する食べ物について取り上げていく

背番号42が表現するもの

 1989年製作のスパイク・リー監督作品「ドゥ・ザ・ライト・シング」は、ニューヨーク・ブルックリンの黒人街が舞台。主人公の黒人青年ムーキー(リー)は、イタリア系のサル(ダニー・アイエロ)が経営するピザ店「サルス・フェーマス・ピッツェリア」で、サルの息子ピノ(ジョン・タトゥーロ)とビト(リチャード・エドソン)と共に働いている。ムーキーは恋人ティナ(ロージー・ペレズ)との間に子供が一人いるが、ピザ店の配達だけでは養えないためか結婚はせず、自分より稼ぎの多い妹のジェイド(ジョイ・リー)と暮らしている。

 ムーキーが配達の時に着ているのは、かつてブルックリンを本拠地にしていたメジャーリーグ球団ドジャースの背番号42、ジャッキー・ロビンソンのユニフォームだ。ロビンソンは1940年代、黒人が排除されていたメジャーリーグに出場し、さまざまな差別を受けながら、新人王、首位打者、盗塁王、MVP等のタイトルを獲得した黒人選手のパイオニアである。その活躍は伝記映画「42 〜世界を変えた男〜」(2013)でも描かれている。表立った主張ではないが、こうしたところにリー監督の黒人差別に対する思いと黒人であることの誇りが感じられる。

事の発端は「チーズが少ない」

ムーキーが配達する「サルス・フェーマス・ピザ」の箱。イタリア国旗の赤・白・緑をモチーフにイタリアの古い街並みが描かれている。
ムーキーが配達する「サルス・フェーマス・ピザ」の箱。イタリア国旗の赤・白・緑をモチーフにイタリアの古い街並みが描かれている。

 サルが黒人街でピザ店を開いたのは、リトル・イタリーではライバルが多過ぎるから。地域に密着した店を目指し、黒人のコミュニティに溶け込もうと努めている。彼が、皆から「市長」と呼ばれ昼間からミラービールを飲みながらうろついている老人ダー・メイヤー(オジー・デイヴィス)や、キング牧師やマルコムXのブロマイドを売って日銭を稼いている吃音の青年スマイリー(ロジャー・グーンヴァー・スミス)といった社会的弱者にも親切にするのはその表れである。

 息子ビトもサル同様に黒人協調路線だが、兄のピノは黒人を毛嫌いしており、ムーキーと仲良くするビトをいじめ、父には店を売りリトル・イタリーに新しい店を出そうと迫っている。サルはピノの求めには応じないが、サルにも譲れないものが一つ。それはイタリア系としての誇りである。店に飾られているフランク・シナトラ、ソフィア・ローレン、ライザ・ミネリ、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ジョン・トラボルタ、ルチアーノ・パヴァロッティといったイタリア系有名人たちの写真がそれを表している。

 そんなサルを怒らせたのがムーキーの友人、バギン・アウト(ジャンカルロ・エスポジト)の態度である。注文したナスとチーズのスライスピザのチーズが少ないと文句を言い、粉チーズをたっぷりかけて代用しようとしたのを止められたバギンは、腹いせに店に飾る写真はマルコムX、ネルソン・マンデラ、マイケル・ジョーダンといった黒人の写真にしろと言って店を追い出される。それを恨みに思ったバギンは、やはりラジカセで大音量を出したことでサルの店を追い出されたラジオ・ラヒーム(ビル・ナン)と組んでとんでもないことをしでかすのだが、そこは本編をご覧いただきたい。

ブラックムービーの代表的監督

 スパイク・リー監督は1986年に「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」(1986)で商業映画デビュー以来、「スクール・デイズ」(1988)、「マルコムX」(1992)から、近作の「ブラック・クランズマン」(2018)まで、時には自作自演で一貫して黒人差別の問題に取り組んできた代表的ブラックムービー監督であり、社会派映画監督である。「ブラック・ライヴズ・マター」を映画で理解する上で彼の作品は必見と言える。


【ドゥ・ザ・ライト・シング】

作品基本データ
原題:Do The Right Thing
製作国:アメリカ
製作年:1989年
公開年月日:1990年4月6日
上映時間:120分
製作会社:40・アクレス/ミュール・フィルムワークス・プロ作品
配給:ユニヴァーサル、UIP
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
ムーキー:スパイク・リー
サル:ダニー・アイエロ
ピノ:ジョン・タトゥーロ
ビト:リチャード・エドソン
ダー・メイヤー:オジー・デイヴィス
マザー・シスター:ルビー・ディー
バギン・アウト:ジャンカルロ・エスポジト
ラジオ・ラヒーム:ビル・ナン
スマイリー:ロジャー・グーンヴァー・スミス
ジェイド:ジョイ・リー
ティナ:ロージー・ペレズ
ML:ポール・ベンジャミン
ココナッツ・シド:フランキー・フェイゾン
スウィート・ディック・ウィリー:ロビン・ハリス
クリフトン:ジョン・サヴェージ
ミスター・セニョール・ラブ・ダディ:サム・ジャクソン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。