「パラサイト」を動かす食べ物

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暗い話題ばかりが目立つ2000年前半であるが、アジア映画界では2月に韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー賞受賞が報じられた。2019年カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドール受賞に続き、1月にアカデミー賞6部門ノミネートが発表された。そして、アカデミー賞史上初となる非英語作品の作品賞受賞をはじめ、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門で受賞するという快挙となった。

「名作には名脇役の食べ物あり」というのが私の持論であるが、本作にもその法則は当てはまる。そこで今回は、食のシーンを通じて本作の素晴らしさを伝えたいと思う。

 なお、ポン・ジュノ監督自ら「ネタバレ厳禁」を呼びかけていることもあり、ここでも公式や既報のファクトを超えないように配慮したが、鑑賞前の方はご注意いただきたい。

フライドチキン/台湾カステラ/宅配ピザ内職/技士食堂

 本作には、韓国の格差社会を象徴するような2組の家族が登場する。

 一組は中流から貧困層に没落し、ソウルの半地下住宅に暮らす全員失業中のキム家。元運転手でフライドチキンや台湾カステラといったフランチャイズビジネスに手を出して失敗した父ギテク(ソン・ガンホ)、母で元ハンマー投げメダリストのチュンスク(チャン・ヘジン)、大学入試に失敗し続け四浪中の兄ギウ(チェ・ウシク)、才能はあるがお金がなくて美大に行けない妹ギジョン(パク・ソダム)の4人家族である。

 台湾カステラというのは2016年に韓国でブームになった台湾発のスイーツだが、添加物が入っていると報じられてブームは一瞬で終わり、キム一家は財産を失った。今は一家総出で宅配ピザの箱を組み立てる内職で糊口をしのぎ、たまの外食といえば技士食堂(運転手向けの大衆食堂)で済ますというケチケチ生活を送っている。

 もう一組は、高名な建築家が設計して住んでいた高台の大豪邸に暮らす富裕層のパク家。IT企業を経営する父ドンイク(イ・ソンギュン)、若くて美しい社長夫人の母ヨンギョ(チョ・ヨジョン)、大学入試を控えた高校二年生の姉ダヘ(チョン・ジソ)、カブスカウト隊員でインディアンごっこに夢中の弟ダソン(チョン・ヒョンジュン)の4人家族である。家事の一切は建築家が住んでいた頃からの家政婦ムングァン(イ・ジョンウン)が取り仕切っている。

 そして本作は、タイトルが示すように貧困層のキム家が富裕層のパク家にパラサイト(寄生)する話である。

桃アレルギーを利用

 発端はギウの友人で大学生のミニョク(パク・ソジュン)の頼みだった。彼はダヘの家庭教師をしていたが、自分が留学する間の代理をギウに頼んだのだ。自分は大学生じゃないからと断るギウに、ミニョクは、お前は何回も入試を経験している“受験のプロ”じゃないかと後押し。ミニョクの言うように受験のポイントを知り尽くした“ケビン”ことギウは、ダヘとヨンギョの信頼を得ることに成功する。

 後はとんとん拍子だった。ダソンの描く突飛な絵を見て画才があると思い込んでいるヨンギョから美術の家庭教師について相談を受けたギウは、アメリカ帰りの美大生“ジェシカ”として他人を装ったギジョンを紹介。手先の器用なギジョンはパソコンで美大の卒業証明書を偽造しヨンギョを信用させる。

 ギジョンはドンイクの運転手にリムジンで送ってもらうが、彼女は自分がはいていたパンティを車内に残して来る。それをドンイクが発見すれば運転手は解雇されるだろうという目論見は的中。その後釜に、ギジョンが推薦した“ベテラン運転手のキム叔父”ギテクが収まる。

 仕上げは家政婦のムングァンを追い出してチュンスクを後任に据えること。ここでキム家は連係プレーを見せる。ダヘからムングァンが桃アレルギーだという情報を得たギウがそれをギジョンに伝え、ギジョンは桃の皮の表面から採った粉をムングァンに振りかけアレルギーを発症させる。続いて病院で知人に電話しているムングァンをギテクがスマホで撮り、結核だと言っていたのを立ち聞きしてしまったとヨンギョに告げ口する。ダメ押しはヨンギョの目の前で桃の粉を使ってムングァンを咳こませ、ゴミ箱から血のり(ピザソース)の付いたティッシュをヨンギョに見せること。これですっかりムングァンが結核だと信じ込んだヨンギョはムングァンを解雇する。

 ドンイクが代わりの家政婦を探すため、ギテクに紹介された高所得者層向け会員制人材紹介会社の「ザ・ケア」に電話すると、声色を変えたギジョンが応対。かくしてチュンスクが家政婦に就任し、キム家全員がパク家に入り込むことに成功する。

韓牛入りチャパグリとケーキのトラウマ

夜中に独り、チュンスクの作った韓牛入りのチャパグリをすするヨンギョ。
夜中に独り、チュンスクの作った韓牛入りのチャパグリをすするヨンギョ。

 これより先のストーリーを述べることはできない。ただ、展開に重要な役割を持つ食べ物について触れておきたい。

 ダソンの誕生日。ヨンギョは日本製のカニ風味かまぼこを愛犬に与えるようチュンスクに言い残し、パク家は総出でキャンプに出かけていく。突然の豪雨でキャンプは中止になり、留守番のチュンスクに帰りの車中のヨンギョから電話が入る。このときヨンギョがダソンのためにチュンスクに頼んだのが韓牛入りチャパグリだ。

 チャパグリとは、「彼とわたしの漂流日記」(2009、本連載第198回参照)にも登場したインスタント炸醤麺(ジャージャーメン)「ジャパゲティ」と、海鮮風味のピリ辛インスタントラーメン「ノグリ」をミックスした韓国のB級グルメである。これに韓国では高級とされている国産牛肉「韓牛」を入れるところがパク家らしいところで、愛犬のカニかまと同じく韓国の富裕層のちぐはぐなライフスタイルを風刺していると言える。

 このチャパグリが、作中ではタイムリミットサスペンスのキーアイテムになっている。実はパク家がキャンプに行っている留守宅ではある不都合な事態が発生しており、ヨンギョの電話から到着までの8分間以内にその事態を収集し、その痕跡も消し、しかも韓牛入りチャパグリを完成させなければならないのだった。チャパグリのレシピは本作の公式Twitterに動画付きで紹介されているので、この8分間を家庭で追体験してみるのもいいだろう。

 ダソンは帰ってすぐに庭に張ったテントに籠ってトランシーバー遊びを始めてしまい、チャパグリはヨンギョが食べることになるのだが、そこでケーキの話が語られる。ダソンが誕生日の夜中に冷蔵庫を空けてケーキを盗み食いしていたら幽霊が現れたという、ダソンの心にトラウマを残す出来事だった。このケーキが物語を悲劇へ動かしていく。

貧乏は切り干し大根の匂い

 本作は2016年のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016、ケン・ローチ監督)、2018年の受賞作「万引き家族」(2018、是枝裕和監督、本連載第186回参照)と同様に現代の貧困問題を描いている。カンヌとアカデミー賞をW受賞できた要因としては、優れた演出・脚本はもちろんのこと、この作品が貧困層だけを描いたのではなく、富裕層から貧困層への“上から目線”を加えたことが大きかったのではないかと考える。

 その目線は理屈ではなく、また視覚でもない、嗅覚という感覚で表現される。キム家の人々が共通の匂いを持つことにいち早く気付いたのはダソンだったが、それは外敵を警戒する動物的・本能的なものだろう。続いてドンイクがギテクの匂いを加齢臭ではなく“切り干し大根の匂い”と形容するのは、ギテクが貧者であることを意識してのことだ。差別とも軽蔑ともとれるその言葉を聞いたギテクの抱いた感情が、クライマックスに大きく関わっていくのである。


【パラサイト 半地下の家族】

公式サイト
http://www.parasite-mv.jp/
作品基本データ
原題:기생충
製作国:韓国
製作年:2019年
公開年月日:2019年12月27日
上映時間:132分
製作会社:Barunson E&A
配給:ビターズ・エンド
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、ハン・ジヌォン
製作:クァク・シネ、ムン・ヤングォン
プロデューサー:チャン・ヨンファン
撮影:ホン・ギョンピョ
プロダクション・デザイナー:イ・ハジュン
音楽:チョン・ジェイル
編集:ヤン・ジンモ
衣裳:チェ・セヨン
ヘア&メイク:キム・ソヨン
キャスト
キム・ギテク:ソン・ガンホ
キム・チュンスク:チャン・ヘジン
キム・ギウ:チェ・ウシク
キム・ギジョン:パク・ソダム
パク・ドンイク:イ・ソンギュン
パク・ヨンギョ:チョ・ヨジョン
パク・ダヘ:チョン・ジソ
パク・ダソン:チョン・ヒョンジュン
ムングァン:イ・ジョンウン
オ・グンセ:パク・ミョンフン
ミニョク:パク・ソジュン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。