レスリング/兄弟姉妹の食事

スポーツ映画の食(4)

2020年の東京オリンピック開催にちなみ、スポーツ映画とその中に登場する食べ物にスポットを当てるシリーズの4回目は、レスリングを題材とする映画2本を取り上げる。レスリングは前回のリオデジャネイロオリンピックで4つの金メダルを獲得するなど、日本の“お家芸”である。だが、オリンピックの「中核競技」からは外れ、存続のための改革が求められている

「フォックスキャッチャー」のヤケ食い

 2014年製作のアメリカ映画「フォックスキャッチャー」は、米大手化学メーカーの御曹司、ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)が支援するレスリングチームで1996年に起こった実際の事件を題材に描いた“失敗の物語”である。監督は、「マネーボール」(2011)で野球のメジャーリーグ球団、アスレチックスを再建したGM(ゼネラルマネージャー)のサクセスストーリーを描いたベネット・ミラーだ。

 アメリカの男子レスリング選手マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、1984年のロサンゼルスオリンピックの男子フリースタイル82kg級で、74kg級の兄デイヴ(マーク・ラファロ)と共に金メダルを獲得したが、花形競技ではないレスリングへの国民の関心は薄く、小遣い稼ぎのための講演会では兄と間違われる始末。収入もアマチュアゆえにほとんどなく、練習費用や身体作りのための食事代にも困り、インスタントラーメンにチリソースをかけて糊口をしのぐような生活を送っていた。

 そんなマークのところに、ジョンの代理人からの電話が鳴る。ジョンが自邸の広大な敷地「フォックスキャッチャー」に作った近代的なトレーニングセンターで自由にレスリング練習でき、住居や食事等生活に必要なものは無料で提供されるうえに年棒まで出るという願ってもない申し出だった。マークは飛びつき、デイヴも誘う。しかし、全米レスリング協会のコーチに就任していたデイヴは誘いを断り、マークは単身フォックスキャッチャーに向かう。

 幼い頃に両親が離婚し、デイヴが親代わりだったマークにとって、レスリングに専念できる理想的な環境を与えてくれるジョンの存在は新たな父親のように映り、期待に応えて結果を出す。だが、ジョンの異常な性格はマークの精神状態をも不安定にさせていく。そしてジョンの関心がデイヴに向かい、金を積まれたデイヴがチームに加わるとマークはスランプに陥り、1988年ソウルオリンピックの出場がかった予選で格下相手に大敗を喫してしまうのだ。

 その後の試合の結果によってはオリンピック出場の可能性が残っているのに、絶望したマークがホテルの部屋で見せる暴飲暴食ぶりが凄まじい。ルームサービスで取り寄せた肉料理から、ケーキ、スナック菓子まで手当たり次第に貪るように食べ続け、デイヴが止めに入った時には5.4kgもリバウンドしていた。試合まであと90分、体重を戻すために食べ物を吐きトレーニングマシンで汗を流すスーパー減量にデイヴと取り組むマークは試合に出場できるのか……。そして物語はさらなる悲劇へと向かっていく……。

 前回紹介した「バトル・オブ・セクシーズ」(2017)でギャンブラーの元テニス選手を演じたスティーヴ・カレルが、エキセントリックな財閥御曹司をジョン・デュポン本人に似せた特殊メイクで別人のように演じている。またチャニング・テイタムとマーク・ラファロの体を張ったリアルなレスリングシーンも見どころである。

「ダンガル きっと、つよくなる」のパーニープーリーとチキンカレー

パーニープーリーの屋台では一つ食べるごとにわんこそばのように替え玉が追加されていく。
パーニープーリーの屋台では一つ食べるごとにわんこそばのように替え玉が追加されていく。

 インド映画「ダンガル きっと、つよくなる」(2016)は、インド人女性として初めて女子レスリングのオリンピック(2012年ロンドンオリンピック、55kg級)に出場したギータと、2016年リオデジャネイロオリンピックの女子レスリング53kg級にインド代表として出場したバビータのフォーガット姉妹と、彼女たちの父でコーチでもあったマハヴィルの実話をもとにしたスポーツ伝記映画だ。主演作「きっと、うまくいく」(2009)がヒットし、“ボリウッド”のトップスターになったアーミル・カーンが、マハヴィル役と製作を務めている。

 男子レスリングのインド代表として国際大会に出場しながら生活苦によって引退を余儀なくされたマハヴィルは、自分の夢を息子に託そうと子作りに励むが、生まれてくるのは女の子ばかりだった。夢をあきらめかけたとき、長女のギータ(ザイラー・ワシーム)と次女のバビータ(スハーニー・バトナーガル)が同じ年頃の男の子を喧嘩で打ち負かしたことを知り、娘たちで夢を叶えようと思い立つ。

 翌日、マハヴィルは娘たちを朝5時に起こし、パーニープーリーの屋台に連れていく。パーニープーリーとは、中が空洞な一口サイズの球形の衣(プーリー)にスパイシーなスープ(パーニー)を注いで食べるインドの屋台では一般的な焼き菓子だ。マハヴィルは娘たちに告げる−−お前たちはこれからレスラーを目指すのだから、酢漬けや油っこいものや辛いものは食べられなくなる。今のうちに好きなだけ食っておけと。これを境に父と娘2人のレスリングの特訓が始まる。

 男の子のように頭髪を刈り上げ、半ズボン姿でシゴかれる姉妹は否が応にも周囲の注目の的となるが、マハヴィルは意に介さず特訓を続ける。レスラーとしての身体を作るための食事にも気を配り、たんぱく質の摂取が必要と、宗教上のベジタリアニズムを返上して肉屋と交渉。鶏肉を安く調達して娘たちに与えようとする。これには1年間はマハヴィルのやることに口を出さないと約束した妻ダーヤ(サークシー・タンワル)も猛反発し、料理しないどころか台所の使用も許さないと宣言。食にまつわる宗教的対立が浮き彫りになる。マハヴィルはやむなく甥のオムカル(パルシャクティ・クラーナー)に命じて、レシピ本を参考にチキンカレーを作ってもらうことになるのだが……。 

 自分の夢を実現するために娘たちを巻き込むなんて親のエゴそのものだと眉をひそめる向きもあるだろう。姉妹が反発してサボり始めたのも当然と言えるのだが、ギータの友人で親の決めた相手と結婚させられることになった花嫁は、あなたたちがうらやましいと言う。

「女の子の人生は生まれながらにして決まる。料理や掃除といった家事を教わり、14歳になったら知らない男のところにお嫁に出され、出産と育児、それがすべて。それに比べてあなたたちのお父さんは、あなたたちの将来を見据えて周りの嘲笑に耐えている。それの何が不満なの?」

 いまだに男尊女卑の思想が残るインド社会における女性の声を代弁するような友人の言葉が、姉妹の父親に対する見方を変え、自ら進んで練習に取り組むきっかけになり、ひいてはすべてのインド女性に勇気を与える偉業へとつながっていくのである。

 その後の怒涛の展開はいかにもインド映画らしいが、我が日本の姉妹選手や父親がコーチの女子選手たちと比較してみるのも一興かと思われる。


【フォックスキャッチャー】

「フォックスキャッチャー」(2014)
作品基本データ
原題:FOXCATCHER
製作国:アメリカ
製作年:2014年
公開年月日:2015年2月14日
上映時間:135分
製作会社:Annapurna Pictures, Likely Story, Media Rights Capital
配給:ロングライド
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ベネット・ミラー
脚本:E・マックス・フライ、ダン・ファターマン
エグゼクティブプロデューサー:マーク・バクシ、チェルシー・バーナード、マイケル・コールマン、トム・ヘラー、ロン・シュミット
プロデューサー:アンソニー・ブレグマン、ミーガン・エリソン、ジョン・キリク、ベネット・ミラー
撮影:グレッグ・フレイザー
プロダクション・デザイン:ジェス・ゴンコール
音楽:ロブ・シモンセン
編集:ジェイ・キャシディ、スチュアート・レヴィ、コナー・オニール
衣裳デザイン:カシア・ワリッカ・メイモン
キャスティング:ジャンヌ・マッカーシー
キャスト
ジョン・デュポン:スティーヴ・カレル
マーク・シュルツ:チャニング・テイタム
デイヴ・シュルツ:マーク・ラファロ
ナンシー・シュルツ:シエナ・ミラー
ジーン・デュポン:ヴァネッサ・レッドグレイヴ
ジャック:アンソニー・マイケル・ホール
ヘンリー・ベック:ガイ・ボイド
フレッド・コール:ジェームス・ブラット・ライス
アレクサンダー・シュルツ:ジャクソン・フレイザー
ダニエル・シュルツ:サマラ・リー

(参考文献:KINENOTE)


【ダンガル きっと、つよくなる】

「ダンガル きっと、つよくなる」(2016)
作品基本データ
原題:दंगल
製作国:インド
製作年:2016年
公開年月日:2018年4月6日
上映時間:140分
製作会社:アーミル・カーン・プロダクション
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン、ギャガ
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督・脚本:ニテーシュ・ティワーリー
製作:アーミル・カーン
撮影:サタジット・パンデ
美術:ラクシュミ・ケルスカル、サンディープ・メヘル
音楽:プリータム・チャクラボルティー
編集:バル・サルヤ
衣装:マックシマ・バス
キャスト
マハヴィル・シン・フォーガット:アーミル・カーン
ダーヤ:サークシー・タンワル
ギータ・フォーガット:ファーティマー・サナー
バビータ・クマリ:サニヤー・マルホートラ
幼少期のギータ:ザイラー・ワシーム
幼少期のバビータ:スハニ・バトナガル
オムカル:アパルシャクティ・クラーナー

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。