映画に描かれた「芝浜」の酒

[169]映画と落語と食事の深い関係(2)

落語を題材にした映画にスポットを当て、食との関わりについて考察するシリーズの2回目は、古典落語の演目「芝浜」の関連作品を取り上げる。

「芝浜」のオリジナルストーリーは以下のようなものである。

 江戸時代、芝浜(東京都港区、JR田町駅の近く、本芝公園辺りにあった海岸。現在は埋め立てられている)の裏長屋で酒浸りの生活を送っていた魚屋の勝五郎が、女房にせかされて魚河岸に仕入れに行く。その途中、浅瀬で顔を洗っていたところ、波打ち際に大金の入った革の財布が落ちているのを見付ける。勝五郎は大喜びで長屋に戻り、仲間を呼んで大酒を飲み、泥酔する。翌朝、目が覚めると財布はなくなっており、女房に聞いてもそんなものは知らないとの返事。あの幸運な拾いものと酒盛りは夢だったのかと落胆するが、心を入れ替え、断酒して仕事に励むようになる。天秤棒1本の行商だったが、ついに3年後には店を持つまでに出世する。そこまでになった勝五郎に、女房は、実は3年前に財布を拾ったのは夢ではなく事実であり、勝五郎を真人間にするための方便として嘘をついたことを告白し、謝罪する。勝五郎は女房によくやってくれたと逆に感謝。女房はこの出世のご褒美にと、久しぶりに酒を勧めるが、勝五郎は断る。「また夢になるといけねえや」。

 これが映画になるとどのようにアレンジされるのか。比較して見ていこう。

夢と現を曖昧にした酒盛り

 1本目は、1961年製作の中村(萬屋)錦之助主演、マキノ雅弘監督による「江戸っ子繁昌記」。「芝浜」と怪談として知られる「番町皿屋敷」を、脚本の成澤昌茂が東映時代劇の定番であるチャンバラの要素も加えて見事に融合させた隠れた名作である。「番町皿屋敷」は「お菊の皿」(皿屋敷)として後日談が落語になっているが、本作は岡本綺堂による悲恋ものの戯曲が基になっており、よく知られるお菊の幽霊が皿を数えるような怪談チックなシーンは少なくなっている。

 錦之助演じる勝五郎は、旗本の愛人お菊(小林千登勢)の兄という設定。お菊は、幕府より賜った家康ゆかりの皿を割ったとして、旗本に手討ちにされる。その旗本、青山播磨は、錦之助が一人二役で演じている。

 本作はお菊が播磨に手討ちにされ、井戸に落ちるという勝五郎の不吉な夢から始まっている。この夢は正夢だったのだが、播磨とお菊の仲を知っている勝五郎には信じられないことであった。この直後に財布の件があり、勝五郎は見ていないはずの夢を見たと思い込んでしまう。

 正夢と偽りの夢、この2つの間にあったのが、財布を拾って上機嫌の勝五郎が長屋の飲み仲間、桶屋の金太(千秋実)と大工の虎吉(桂小金治)を招いて開いた酒盛りである。錦之助の名演が光る酩酊状態の中、勝五郎は妹お菊への想いと、彼女を大事にしてくれる播磨への感謝を、酔っ払い特有のろれつの回らない口調で吐露するが、金太の「妾じゃねえか」という一言が勝五郎を怒らせ、喧嘩になってしまう。そして正体をなくした勝五郎の夢に再びお菊が現れるのである。この混乱が勝五郎の中で夢と現(うつつ)の境界を曖昧にし、記憶の混濁を生んだことに説得力を持たせている。

断酒破りの角樽

「江戸っ子繁昌記」。勝五郎は断酒の誓いを破り、角樽の祝い酒で妹を弔う
「江戸っ子繁昌記」。勝五郎は断酒の誓いを破り、角樽の祝い酒で妹を弔う

 勝五郎の女房おはま(長谷川裕見子)が勝五郎に真実を告白するまでは「番町皿屋敷」のエピソードが続く。財布の件から半年後のお盆、お菊の霊が長屋に帰ってくる。蚊帳越しのお菊の姿が次第に消えていくショットは、最小限の特撮で、照明効果によって表現された見事なものである。これで勝五郎はお菊の死を確信するに至るが、そんな折、事件が起きる。

 本作は、17世紀後半、四代将軍家綱の頃の江戸を舞台にしている。戦国時代が終わって太平の世となり、徳川直属の旗本の子孫の中には地位や報酬に不満を持ち、徒党を組んで狼藉をはたらく無頼漢たちが現れ、旗本奴と呼ばれた。本作で平幹二朗が演じる水野十郎左衛門は実在した旗本奴で、架空の人物である播磨は、水野が組織した白柄組(しらつかぐみ)の一員という設定。その白柄組が夏祭りの夜、町人出身の不良集団である町奴と抗争中に火事を起こしてしまったのである。

 幕府による処分を覚悟した播磨は勝五郎の長屋に使いを出し、お菊を手討ちにしたことを報告させる。勝五郎はせめて遺体だけでも引き取らせてくれるよう懇願するが、聞き入れられることはない。同情した長屋の隣人たちは、勝五郎が断酒していることを知りながら、今回だけは飲ませてやろうと酒を差し出す。夏祭りの折り、祝い事のときに使う角樽から誓いを破って酒をらっぱ飲みする勝五郎。その表情に悔しさがにじむ。

 泥酔の挙げ句、お菊の仇を討つために播磨の屋敷に向かった勝五郎だったが、播磨から皿の事件の意外な真相を聞かされる……。

 ところで、「芝浜」で一つ気になっているのが、拾った財布を番屋に届けないのはまずいのではないかということ。本作ではおはまの相談を受けた大家の久兵衛(坂本武)が財布を届け、半年経っても落とし主が現れないので勝五郎の元に戻ったことになっている。またその使い道についても、納得のいく結末が用意されている。

「明烏」のドンペリ

 2本目は「明烏」(2015)。「銀魂」(2017、本連載第164回参照)の福田雄一が「芝浜」を現代に翻案した戯曲を、福田自身が監督した。「明烏」自体も古典落語の演目だが、本作では舞台となる場末のホストクラブの店名と、そこで働くホストたちを示すタイトルとして使われている。また、旧品川宿のあった北品川を舞台にしており、しかも「居残り佐平次」「品川心中」の要素が入っていることからもわかるように、前回紹介した「幕末太陽傳」の影響を受けた作品である。

 主人公の魚屋勝五郎は、指名ゼロで最下位ホストのナオキ(菅田将暉)、「芝浜」の“拾った財布の金”は、本作では“借金返済のため野球賭博で稼いだ1,000万円”に置き換えられている。また、勝五郎の女房の役どころも、店長のアキラ(ムロツヨシ)、店の新オーナー、ホスト仲間たちの共謀に置き換えられている。そして現実を夢と信じてしまうまでに飲む酒は、ホストクラブ名物のシャンパンコールに使われる高級シャンパン「ドン・ペリニオン」である。

 居残り佐平次役は1回だけホストクラブで遊んでみたくて青森から上京したものの料金が払えず帰してもらえない田舎娘の明子(吉岡里帆)で、最後にその正体が明らかになる。また「品川心中」はナオキが明子を道連れにしようとして海に突き落とす、男女関係が逆転したものになっている。

 落語とは関係ないが、本作で特筆すべきは、ナオキの父・五郎を演じた佐藤二朗だろう。テレビドラマ「北の国から」の田中邦衛演じる五郎ををこよなく愛し、博多から上京してきた設定なのに服装はドカジャンにゴム長と毛糸の帽子という完全防寒スタイル。「子供が、まだ食ってる途中でしょうが!」等の名セリフを織り交ぜながら、全く似ていないなりきり演技で通すという、他作品では見られない一面を見せている。


【江戸っ子繁昌記】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1961年
公開年月日:1961年8月26日
上映時間:90分
製作会社:東映京都
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:マキノ雅弘
脚本:成澤昌茂
企画:小川貴也
撮影:坪井誠
美術:鈴木孝俊
音楽:鈴木静一
録音:中山茂二
照明:和多田弘
編集:宮本信太郎
スチル:鈴木一成
キャスト
青山播磨:中村錦之助
魚屋勝五郎:中村錦之助
おはま:長谷川裕見子
お菊:小林千登勢
正村十太夫:高松錦之助
菅乃:毛利菊枝
三吉:頭師満
金太:千秋実
虎吉:桂小金治
おたね:高橋とよ
長松:宮崎照男
久兵衛:坂本武
酒井雅楽頭:柳永二郎
秋山次郎衛門:阿部九洲男
両沢采女:矢奈木邦二郎
松平忠正:関根永二郎
水野十郎左衛門:平幹二朗
坂部三十郎:安井昌二
高桑源太:加賀邦男
風間十四郎:尾形伸之介
金時金左衛門:月形哲之介
唐犬権兵:本郷秀雄
放駒四郎兵衛:近江雄二郎
死人小右衛門:中村時之介
青山家仲間:島田秀雄
青山家小者:遠山金次郎
おやえ:霧島八千代
おみつ:菊村光恵
八っあん:中村錦司
熊さん:片岡半蔵
ぼてやん:佐々木松之丞
哲五郎:五里兵太郎
松公:松田利夫
梅さん:梅沢昇
ぼんこ:中根真佐子

(参考文献:KINENOTE)


【明烏】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年5月16日
上映時間:106分
製作会社:「明烏」製作委員会(ハピネット、ショウゲート、レスパスビジョン)、制作プロダクション:レスパスフィルム
配給:ショウゲート
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:福田雄一
エグゼクティブプロデューサー:永田芳弘、村上比呂夫
製作:高橋善之、百武弘二、鈴木仁行
プロデューサー:小林智浩、久保田博紀
制作主任:水野祐汰
撮影監督:工藤哲也
撮影:佐藤康祐
美術:尾関龍生
音楽:瀬川英史
録音:高島良太
整音:スズキマサヒロ
音響効果:荒川望
照明:藤田貴路
編集:栗谷川純
スタイリスト:神波憲人
ヘアメイク:内城千栄子
選曲:小西喜行
キャスティング:田端利江
ライン・プロデューサー:和田大輔
助監督:星秀樹
スクリプター/記録:赤澤環
キャスト
ナオキ:菅田将暉
アオイ:城田優
ノリオ:若葉竜也
明子:吉岡里帆
レイ:柿澤勇人
ヒロ:松下優也
山崎:新井浩文
アキラ:ムロツヨシ
五郎:佐藤二朗

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。