映画の中のうまそうな“丼”

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映画の中の“うまそうなもの”に焦点をあて、数本をセレクトして紹介していくシリーズの2回目は、日本生まれのファストフードである丼物を取り上げる。

取調室のカツ丼のルーツ

「警察日記」(1955)。署長から天丼をご馳走になる子供。
「警察日記」(1955)。署長から天丼をご馳走になる子供。

 まずは丼物の定番の一つであるカツ丼から。カツ丼というと警察の取調室で刑事が容疑者に食べさせてやることで自供を引き出す“切り札メシ”という印象を持たれている方も多いだろう。これは1961年から1969年までTBS系列で放映された刑事ドラマ「七人の刑事」の影響が大きいと考えられるのだが、そのルーツと言えるのが1955年製作の森繁久弥主演、久松静児監督作品「警察日記」だ。

「警察日記」は会津の警察署を舞台に、貧しい庶民が起こした小さな事件の数々を、人情味あふれる署員たちが温情を持って解決に導いていく群像劇である。映画の後半、無銭飲食で捕まった母親(千石規子)と幼い息子(香川義久)が警察署で取調べを受ける。無銭飲食の内容は息子が食べたカレーライスとラムネだけで、母親は何も頼まなかったらしい。聞けば母子は大陸からの引揚者で、出稼ぎに行った父親(天野創次郎)が20日も音沙汰なしで一文無しになり、仕方なく犯行に及んだという。

 一方、その父親は出稼ぎには出たものの職にありつけずに帰って来たところ、魔がさしてリアカーを置引きして捕まり、署内に拘留中だった。涙ながらの親子3人の再会を見て気の毒に思った署員たち(織田政雄、殿山泰司)は送検を見送り、署長(三島雅夫)はポケットマネーで丼物の出前をとって振る舞ってやる。ここでの丼物はカツ丼ではなく天丼だが、本来犯行を追求すべき警察官が容疑者に示す温情というシチュエーションは、以後の刑事ドラマに影響を与えたはずだ。

 ちなみに、現実には警察官が取調べ中の容疑者にカツ丼等の食事を与えることはないということである。

 そう言えば「幸福の黄色いハンカチ」(1977年、本連載第69回参照)で高倉健演じる元受刑者が、網走刑務所を出所後に食堂で頼んだのもラーメンとカツ丼だった。映画的には、わけあって容疑者や元受刑者となった不遇な人々の出演シーンでは、玉子とじにしたとんかつを載せたカツ丼のご馳走感が引き立つのかも知れない。

時代を写す牛丼

「モテキ」(2011)。大盛牛丼をかき込むるみ子。
「モテキ」(2011)。大盛牛丼をかき込むるみ子。

 1970年代以来、「吉野家」をはじめとする外食チェーンの展開もあって、一気に存在感を高めた牛丼。2000年代から2010年代にかけては、デフレの象徴とも言われた「すき家」「吉野家」「松屋」による三つ巴の低価格競争により、一時は並盛の価格が200円台となり(現在は300円台)、今では庶民の食べ物としてすっかり定着している。映画は時代を映す鏡でもあるので、昨今は牛丼が登場する日本映画が多くなっている。店舗数や売上高で「すき家」にトップの座を明け渡した「吉野家」だが、こと映画の露出度においては「吉野家」の頻度が突出していて、老舗の強みを感じさせる。

 2011年の大根仁監督作品「モテキ」では、主人公の幸世(森山未來)にフラれたるみ子(麻生久美子)が、幸世への思いを振り切るために墨田(リリー・フランキー)と一夜を共にした翌朝、一人で「吉野家」に入っておいしそうに大盛牛丼をかき込むシーンがある。頬にご飯粒が付いていても気にせずに、お代わりを頼んで他の客から拍手されるるみ子の表情は、失恋の痛手からすっかり立ち直ったように見え、牛丼のパワーを感じさせる。

 本連載の「2013年度ごはん映画ベストテン(邦画編)」で8位にランクインした「箱入り息子の恋」は、女性と付き合ったことのない30過ぎの市役所職員・健太郎(星野源)と、視覚障がい者の女性・奈穂子(夏帆)の初デートの場所として「吉野家」が登場。健太郎が奈穂子に“つゆだく”と“紅しょうが”を教えたことが、以後のストーリー展開に大きく関わっている。

 将棋の世界で天才・羽生善治のライバルとして「東の羽生、西の村山」と並び称されながら、難病を抱え29歳の若さで亡くなった村山聖の短い生涯を、松山ケンイチが役作りのため20kg増量して演じた2016年の「聖の青春」では、羽生(東出昌大)との対局に負けた後と病気療養中の二度にわたって「吉野家」の牛丼弁当が登場。牛丼弁当が聖の元気メシであると共に、「シュークリームはミニヨン、牛丼は吉野家、お好み焼きはみっちゃん、カツ丼は徳川、全部決まってるんです」というセリフからは、食へのこだわりと同じように勝負にこだわる聖の強い意志が感じられる。

エトセトラ丼

 その他変わったところでは、空知英秋の漫画を実写映画化した2017年の「銀魂」で、真選組副長の土方十四郎(柳楽優弥)が好物としている「マヨ丼」、1996年製作の香港映画「食神」で、側近の策略によってすべてを失った天才料理人・周(チャウ・シンチー)が、闇市で屋台を仕切る姉御・フォウガイ(カレン・モク)に振る舞われるまかない飯「叉焼目玉焼き丼」等がある。マヨ丼は万人にはおすすめできるものではないが、勇気あるマヨラー予備軍には是非お試しいただきたい。


【警察日記】

「警察日記」(1955)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1955年
公開年月日:1955年2月3日
上映時間:111分
製作・配給:日活
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)
スタッフ
監督:久松静児
脚色:井手俊郎
原作:伊藤永之介
製作:坂上静翁
撮影:姫田真佐久
美術:木村威夫
音楽:団伊玖磨
録音:中村敏夫
照明:岩木保夫
キャスト
石割署長:三島雅夫
吉井巡査:森繁久彌
赤沼主任:十朱久雄
金子主任:織田政雄
倉持巡査:殿山泰司
花川巡査:三國連太郎
藪田巡査:宍戸錠
岩太:伊藤雄之助
桃代:小田切みき
村田老人:東野英治郎
二田アヤ:岩崎加根子
母タツ:飯田蝶子
杉田モヨ:杉村春子
猪岡熊太郎:左卜全
紅林:多々良純
町長:三木のり平
料亭の内儀ヒデ:沢村貞子
ユキ子:二木てるみ
母シズ:坪内美子
セイ:千石規子
子竹雄:香川良久
丸尾通産大臣:稲葉義男
高谷重四郎:天野創次郎

(参考文献:KINENOTE)


【幸福の黄色いハンカチ】

「幸福の黄色いハンカチ」(1977)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1977年
公開年月日:1977年10月1日
上映時間:108分
製作・配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
原作:ピート・ハミル
製作:名島徹
撮影:高羽哲夫
美術:出川三男
音楽:佐藤勝
録音:中村寛、松本隆司
照明:青木好文
編集:石井巌
製作主任:峰順一
進行:玉生久宗
助監督:五十嵐敬司
スチール:長谷川宗平
キャスト
島勇作:高倉健
島光枝:倍賞千恵子
花田欽也:武田鉄矢
小川朱実:桃井かおり
帯広のヤクザ風:たこ八郎
農夫:小野泰次郎
旅館の親父:太宰久雄
ラーメン屋の女の子:岡本茉利
警官:笠井一彦
チンピラ:赤塚真人
フォーク・グループ:統一劇場
渡辺課長:渥美清
ホテルの女中:谷よしの

(参考文献:KINENOTE)


【モテキ】

「モテキ」(2011)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2011年
公開年月日:2011年9月23日
上映時間:118分
製作会社:「モテキ」製作委員会(製作 テレビ東京=東宝/共同製作 電通=講談社=ソニー・ミュージックエンタテインメント=オフィスクレッシェンド=パルコ=Yahoo!JAPAN=テレビ大阪=テレビ愛知)(製作プロダクション 東宝 映画企画部=オフィスクレッシェンド)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:大根仁
原作:久保ミツロウ:(『モテキ』(講談社イブニングKC))
エグゼクティブプロデューサー:山内章弘、塚田泰浩、中尾哲郎
企画:川村元気
製作:井澤昌平、市川南
プロデューサー:鈴木一巳、岡部紳二、露木友規枝、市山竜次
撮影:宮本亘
美術:佐々木尚
音楽:岩崎太整
録音:下元徹
照明:冨川英伸
編集:石田雄介
スタイリスト:伊賀大介
キャスティング:おおずさわこ
ライン・プロデューサー:杉原奈実
助監督:神徳幸治
スクリプター:中田秀子
キャスト
藤本幸世:森山未來
松尾みゆき:長澤まさみ
枡本るみ子:麻生久美子
愛:仲里依紗
唐木素子:真木よう子
島田雄一:新井浩文
山下ダイスケ:金子ノブアキ
墨田卓也:リリー・フランキー
ピエール瀧:ピエール瀧

(参考文献:KINENOTE)


【箱入り息子の恋】

「箱入り息子の恋」(2013)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2013年6月8日
上映時間:117分
製作会社:「箱入り息子の恋」製作委員会(制作プロダクション キノフィルムズ=ブースタープロジェクト)
配給:キノフィルムズ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:市井昌秀
脚本:市井昌秀、田村孝裕
製作総指揮:木下直哉、水口昌彦、齋藤正登
プロデューサー:武部由実子、中林千賀子
撮影:相馬大輔
装飾:松田光畝
音楽:高田漣
録音:尾崎聡
照明:佐藤浩太
編集:洲崎千恵子
衣裳デザイン:高橋さやか
ヘアメイク:内城千栄子
制作担当:齋藤大輔
助監督:副島宏司
キャスト
天雫健太郎:星野源
今井奈穂子:夏帆
天雫寿男:平泉成
天雫フミ:森山良子
今井晃:大杉漣
今井玲子:黒木瞳
船越さん:穂のか
大場くん:栁俊太郎
隣のおばさん:竹内都子
記録課の課長:古舘寛治

(参考文献:KINENOTE)


【聖の青春】

「聖の青春」(2016)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年11月19日
上映時間:124分
製作会社:「聖の青春」製作委員会(KADOKAWA=日本映画投資=朝日新聞社=電通=WOWOW=RIKIプロジェクト=日本経済新聞社=毎日新聞社)(企画・制作 グラスホッパー/制作プロダクション RIKIプロジェクト)
配給:KADOKAWA
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:森義隆
脚本:向井康介
原作:大崎善生:(「聖の青春」(角川文庫/講談社文庫 刊))
エグゼクティブプロデューサー:井上伸一郎
企画:菊池剛、滝田和人
プロデューサー:滝田和人
撮影:柳島克己
美術:安宅紀史
装飾:谷田祥紀
音楽:半野喜弘
主題歌:秦基博:((AUGUSTA RECORDS/Ariola Japan))
録音:白取貢
サウンドエフェクト:北田雅也
照明:根本伸一
編集:佐藤崇
スタイリスト:纐纈春樹
ヘアメイク:百瀬広美
制作担当:木村利明
助監督:杉田満
ビジュアルエフェクトスーパーバイザー:進威志
キャスト
村山聖:松山ケンイチ
羽生善治:東出昌大
江川貢:染谷将太
橘正一郎:安田顕
荒崎学:柄本時生
村山伸一:北見敏之
橋口陽二:筒井道隆
村山トミ子:竹下景子
森信雄:リリー・フランキー

(参考文献:KINENOTE)


【銀魂】

「銀魂」(2017)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2017年
公開年月日:2017年7月14日
上映時間:130分
製作会社:「銀魂」製作委員会(制作プロダクション:プラスディー)
配給:ワーナー・ブラザース映画
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督・脚本:福田雄一
アクション監督:Chan Jae Wook
原作:空知英秋:(『銀魂』(集英社刊))
エグゼクティブプロデューサー:小岩井宏悦
企画協力(週刊少年ジャンプ編集部):瓶子吉久、大西恒平、真鍋廉
製作:高橋雅美、木下暢起、太田哲夫、宮河恭夫、吉崎圭一、岩上敦宏、垰義孝、青井浩、荒波修、渡辺万由美、本田晋一郎
プロデューサー:松崎真三、稗田晋
撮影:工藤哲也、鈴木靖之
美術監督:池谷仙克
音楽:瀬川英史
主題歌:UVERworld:(「DECIDED」(Sony Music Recorda))
録音:芦原邦雄
照明:藤田貴路
アソシエイトプロデューサー:平野宏治、三篠場一正
スケジューラー:桜井智弘
キャスト
坂田銀時:小栗旬
志村新八:菅田将暉
神楽:橋本環奈
土方十四郎:柳楽優弥
岡田似蔵:新井浩文
沖田総悟:吉沢亮
村田鉄子:早見あかり
平賀源外:ムロツヨシ
志村妙:長澤まさみ
桂小太郎:岡田将生
武市変平太:佐藤二朗
来島また子:菜々緒
村田鉄矢:安田顕
近藤勲:中村勘九郎
高杉晋助:堂本剛

(参考文献:KINENOTE)


【食神】

「食神」(1996)

作品基本データ
原題:食神
製作国:香港
製作年:1996年
公開年月日:1997年7月5日
上映時間:92分
製作会社:星輝海外有限公司作品
配給:彩プロ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:チャウ・シンチー、リー・リクチ
脚本:チャウ・シンチー、ケー・シー・ツァン、ロー・マンサン
製作:ヤン・ゴッファイ
撮影:ジングル・マ
音楽:クラレンス・ホイ
字幕:日笠千晶
料理指導:トニー・チャン
キャスト
食神:チャウ・シンチー
火鶏:カレン・モク
Eric:ウ・マンタ
唐牛:クー・タクチュン
Miss Nancy:シッ・カーイン
食神コンテスト司会者:ロー・ガーイン
夢精:タッツ・ラウ
ゴウタウ:レイ・シウゲイ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。