「恋妻家宮本」のファミレスとお弁当

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 今年の1月に公開された「恋妻家宮本」は、重松清の小説「ファミレス」(2013)を原作に、テレビドラマ「家政婦のミタ」(2011)、「純と愛」(2012~2013)、「過保護のカホコ」(2017)等の脚本家として知られる遊川和彦が初監督を務めた作品。原作のタイトルが示すとおり、ファミリーレストラン(本作では「デニーズ」)が主要な舞台として登場する。今回は、そのファミレス等の印象的な食べ物について述べていく。

ファミレスで選べない・決められない

 主人公の宮本陽平(阿部寛、大学時代:工藤阿須加)と妻の美代子(天海祐希、大学時代:早見あかり)は、大学時代にファミレスでの合コンで知り合い、卒業と同時にできちゃった結婚。陽平は中学校の教師、美代子は専業主婦として一人息子の正(入江甚儀)を立派に育て上げた。25年が経ち、正は結婚して独立。陽平は新婚時代以来の美代子との二人きりの生活に戸惑っていた。

 そんな折、本棚の「暗夜行路」に挟まっていた美代子の署名入りの離婚届を発見。美代子に真意を問いただせず悶々としている間に、陽平の職場の中学校や、通っている料理教室で次々にいろいろな出来事が起き、一方で美代子との間にもさざ波が立って……というのが、大まかなストーリーである。

 ところが陽平は、何事につけ決断できない優柔不断な性格である。それを象徴するのが、陽平のファミレスでの態度だ。ファミレスでお客は、食べたい料理を決めるように言われるが、さらに、ライスかパンかと問われ、ソースやドレッシングの種類を指定するように求められ、ドリンク提供は食前がいいか食後がいいかまで尋ねられる――陽平は子供の頃からこの選択が苦手なのだ。

 きっぱりと決断した唯一の例外は、美代子に妊娠を告げられたとき、「堕ろそう」という美代子の提案を遮ってプロポーズしたこと。このとき「デニーズ」で陽平が手にしていた味噌汁は、「俺は、美代子の作った味噌汁が飲みたい」という“古典的”なプロポーズの言葉を引き出し、後の伏線としても生きてくる。

「デニーズ」で味噌汁

セットメニューの一つとして提供されている「デニーズ」の油揚げとねぎとわかめの味噌汁
セットメニューの一つとして提供されている「デニーズ」の油揚げとねぎとわかめの味噌汁

 ここで気になるのが「デニーズ」と味噌汁の取り合わせ。いつ頃からメニューに上ったか、ちょっと調べてみた。

 株式会社イトーヨーカ堂がアメリカの大手レストランチェーン、米国デニーズ社と事業提携を結んだのが1973年。1974年4月には横浜に第1号店となる「デニーズ」上大岡店がオープンしている。創業から1980年代中頃までのメニューは、アメリカの代表的なコーヒーショップの一つに数えられる「デニーズ」のそれを踏襲したもので、ハム・ソーセージ、卵料理、サンドイッチなどとお替わり自由のコーヒーが特徴だった。

 一方、ファミレス界をリードしていた「すかいらーく」のメニューは「ごはんに合う」ことをポイントとしたラインナップ。また、ファミレスが社会に浸透し、競争が激しくなるにつれて、各チェーンとも和風メニューに力を入れ出したのだが、「デニーズ」はこの流れに一歩遅れる。それは、契約上メニューに独自のアレンジを加えることが難しかったからだという。

 変化があったのは1984年、米国デニーズ社から日本国内における「デニーズ」の商標権を買い取ってから。以後、メニューの独自開発が可能となり、日本向けにローカライズされた洋食メニューと、麺・丼・膳といった和食メニューが共存するようになった。

 この変化は、ライバルのすかいらーくグループが、1980年にコーヒーショップ「ジョナサン」、1983年に和食「藍屋」、1986年に中華料理「バーミヤン」をオープンし、店舗の多角化を図った時期とも重なっている。

 そして、陽平と美代子が結婚した現在から25年前にあたる1990年代には、バブル崩壊の世相を反映するかのように、ドリンクバー等のセルフ化なども採用しながら、調理・提供の仕組みを大幅に合理化して低価格化を図った「ガスト」(1992~)や「サイゼリヤ」(1973~)等が台頭してきた。

二つのお弁当

 さて、本作でファミレスと並んでもう一つの舞台になっているのが、陽平が1年前から通っている料理教室。陽平が意外なほどハマった理由として考えられるのは、料理教室では予め作るものが決まっていて、自分で考えて選ぶ必要がないことと、教師の仕事で溜まったストレスを発散できるからだろう。

 ブリステーキのおろし添え、里芋の味噌煮、菜の花の胡麻和え、根菜のすまし汁等、画面に登場するおいしそうな料理の数々は、確かに見ているだけで心癒されるものがある。実はこの料理教室通いが、後の展開への伏線となっているのだが、当初陽平はそれに気付いていない。そしてここで得た料理の知識は、陽平の職場である中学校で役立つことになる。

 陽平が担任するクラスでの目下の問題は、生徒の一人、ドンこと井上克也(浦上晟周)の母・尚美(奥貫薫)が、浮気相手と同乗した車で交通事故に遭い入院していることだった。ドンはその件を周りから陰口を言われる前に自虐ネタにして明るく振舞っていたが、家に帰れば祖母・礼子(富司純子)の尚美への悪口に反発し、礼子の作った食事を食べないハンストを決行中。無理がたたってある日授業中に倒れてしまう。

 ドンのクラスメートのメイミーこと菊池原明美(紺野彩夏)から事情を聞いた陽平は、ドンの自炊を支援すべく、ただの卵かけご飯でも卵を半熟にしたり、トッピングも醤油だけじゃなくてマヨネーズやブラックペッパー等、いろいろ工夫してみたらおいしく食べれるぞとアドバイス。そして事故以来自分を責めて食欲が出ず点滴に頼っている入院中の尚美にお弁当を作ってあげることを提案するのだった。陽平は言う。

「食べないっていうのは、生きる気がないってことだ。そんなのお前も嫌だろ」

 かくして陽平の指導のもと、ドンは何度も包丁で指を切りながら弁当作りに取り組むが、詩吟教室に行っていたはずの礼子が早く帰ってきて、家族を裏切った尚美を非難し、弁当作りをやめるように言う。この礼子の正論に対し陽平は、正しさより優しさが大切だと反論する。

「戦争みたいに正しさと正しさはぶつかるけど、優しさと優しさならぶつからない。二つの優しさが出会ったらもっと大きな優しさになるんじゃないでしょうか」

 世の中に何かときな臭さが漂う今だからこそ響くメッセージである。

 かくして、形が崩れた卵焼き、硬いブロッコリー、焦げたハンバーグ、塩の効きすぎたおにぎりという、見た目は悪いが心こもったドンのお弁当を尚美に届けることに成功した陽平であったが、肝心の自分の問題でも、カリカリベーコンとオリーブオイルのポテトサラダ、豆腐とえのきだけと白胡麻入りの鶏ひき肉のつくね、卵とトマトの炒め物、ちりめんじゃこときんぴらごぼうの混ぜご飯というお弁当で勝負をかける。その行方については本編をご覧いただきたい。


【恋妻家宮本】

公式サイト
http://www.koisaika.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2017年
公開年月日:2017年1月28日
上映時間:117分
製作会社:『恋妻家宮本』製作委員会(制作プロダクション:ビデオプランニング)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:遊川和彦
原作:重松清「ファミレス」
製作:中村理一郎、市川南
共同製作:髙橋誠、茂田遥子、大川ナオ、堀内大示、市村友一、吉川英作、荒波修
プロデューサー:福山亮一、三木和史
共同プロデューサー:上田太地
撮影:浜田毅
美術:金勝浩一
装飾:高畠一朗
音楽:平井真美子
劇中歌:吉田拓郎「今日までそして明日から」(フォーライフミュージックエンタテイメント)
録音:南德昭
音響効果:斎藤昌利
照明:髙屋齋
編集:村上雅樹
衣裳:片柳利依子
ヘアメイク:小泉尚子、原田ゆかり
ラインプロデューサー:本島章雄
製作担当:今井尚道
助監督:菅原丈雄
スクリプター:八木美智子
VFX:小坂一順
キャスト
宮本陽平:阿部寛
宮本美代子:天海祐希
五十嵐真珠:菅野美穂
門倉すみれ:相武紗季
大学生の陽平:工藤阿須加
大学生の美代子:早見あかり
井上尚美:奥貫薫
五十嵐幸次:佐藤二朗
井上礼子:富司純子
宮本正:入江甚儀
宮本優美:佐津川愛美
井上克也:浦上晟周
菊池原明美:紺野彩夏
井上エミ:豊嶋花
陽平の母:渡辺真起子
陽平の父:関戸将志
デニーズのウェイトレス:柳ゆり菜

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。