「とらわれて夏」のピーチパイ

ピーチパイ
フランクがアデルとヘンリーに作り方を教えたピーチパイ

今回は現在公開中の「とらわれて夏」(2013)に登場する食べ物についてご紹介する。

 本作はジョイス・メイナードの小説「とらわれて夏」(山本やよい訳、イースト・プレス刊)を原作に、「ゴーストバスターズ」(1984)や「デーヴ」(1993)のアイバン・ライトマン監督の息子で、「JUNO」(2007)と「マイレージ、マイライフ」(2009)で2度アカデミー賞にノミネートされたジェイソン・ライトマンが監督・脚本・製作を手がけ、「タイタニック」(1997)のヒロイン・ローズ役をはじめ、「エターナル・サンシャイン」(2004)、「愛を読むひと」(2009)等に出演したケイト・ウィンスレットと、「グーニーズ」(1985)でデビューし、「ノーカントリー」(2007)、「ミルク」(2008)等の作品で知られるジョシュ・ブローリンが共演したクライム・サスペンス&ラブストーリーである。

胃袋から心をつかむチリコンカーン

 1987年の夏の終わり、レイバー・デイの連休を控えたアメリカ東部のニューハンプシャー州にある小さな町が舞台。原題でもあるレイバー・デイ(Labor Day)とは、文字通り「労働者の日」の意味で、毎年9月の第1月曜日に定められたアメリカの祝日である。映画はこのレイバー・デイ前の木曜日から当日までの5日間の出来事を、13歳の少年ヘンリー(ガトリン・グリフィス)の視線を通して描いている。

 ヘンリーは父ジェラルド(クラーク・グレッグ)に捨てられ、心に傷を負った母アデル(ウィンスレット)と2人暮らし。彼は再婚した父から一緒に住もうと誘われたが、生き方の下手な母を守るために家に残ったのだった。

 そんなある日、母とスーパーに買い物に出かけた彼は一人の見知らぬ男に呼び止められる。その男フランク(ブローリン)は殺人罪で懲役18年の判決を受けた脱獄犯で、ヘンリーとアデルに家に連れて行くようにと強要する。

 ヘンリーたちの家に着いたフランクは、脱獄時に負傷した脚が治るまで匿って欲しいと懇願する。そして決して危害は加えないと誓い、誰かが来た時に犯人隠匿の罪に問われないようにと、傷付けないように気遣いながらアデルを椅子に縛って人質に見せかけるのだった。

 フランクは、アデルの自由を奪った代わりに掃除や洗濯など家事の一切を引き受ける。食事もあり合わせの材料で器用に作ったチリコンカーン(第46回参照)を、手が使えないアデルのためにスプーンで口元まで運んでやるのだった。警戒しながら一口二口と食を進めていくアデルと、それを見つめるヘンリーの表情には、置かれた状況に戸惑いながらも彼らが渇望していた夫や父親の理想像をこの優しい脱獄犯に重ねていく複雑な感情が見てとれる。

 よく女性が想いを寄せる男性に弁当や手料理などをふるまう行動を「胃袋から心をつかむ」と言うが、フランクの作ったチリコンカーンの味もきっとよかったのだろうと想像できるシーンである。

疑似家族の儀式としてのピーチパイ作り

 翌日、ついに来訪者が彼らのもとに現れる。隣人のジャービス氏(J・K・シモンズ)が穫れ過ぎた桃をおすそ分けに来たのである。彼はフランクに命じられて応対に出たヘンリーに、凶悪な脱獄犯が逃亡中だから気を付けるように言うが、ヘンリーはうまく立ち回れば解放されるチャンスだったのにあえてそれをしなかった。

 そして隣人が帰った後、大量に残された熟れ過ぎた桃を食べきれないと言うアデルに、フランクはパイを焼こうと提案し、ピーチパイ作りを2人に教える。そのレシピは以下のようなものである。

ピーチパイ
フランクがアデルとヘンリーに作り方を教えたピーチパイ
【材料】
桃(皮を剥いてスライスしたもの) 3ポンド(=1.4kg)
砂糖 3/4カップ(=約170g)
レモンの絞り汁 大さじ2
シナモンパウダー 小さじ3/4
中力粉 3カップ(=375g)
塩 小さじ3/4
クリスコ社 植物性ショートニング 1/2カップ(=113g)
バター(角切りにして冷やしたもの) 1スティック(=約113g)+大さじ
氷水 1/3~1/2カップ(=約83~125ml)
インスタント・タピオカ 大さじ4(分けておく)
溶き卵 卵1個分
砂糖 大さじ1
【作り方】
1. 大きなボウルに桃、砂糖、レモンの絞り汁、シナモンを入れる。水分を吸わせるためにインスタント・タピオカを入れ、時折混ぜながらしばらくおく。
2. オーブンを400°F(=約204℃)で予熱。
3. 大きなボウルに中力粉と塩を混ぜる。ペストリー・ブレンダーを使って、ショートニングとバター1スティック分を混ぜ込み、生地が粗いパン粉状になったら、そこに氷水を大さじ1ふり入れ、フォークで優しく混ぜる。生地がやっとまとまるぐらいまで水を足していく。生地を丸く整え、大小2つの丸い塊に分ける。
4. 小さい方の丸い塊をクッキングペーパーの上におき、軽く粉を振った綿棒を使って12インチ(=約30cm)の円に伸ばす。生地が綿棒にくっつくときは、さらに粉を軽く振る。丸く広がった生地の上に9~10インチ(=約23~25cm)のパイ皿を伏せておく。パイ皿をひっくり返し、キッチンペーパーを剥がす。上に載せるパイ生地を作るのに、もう一つの丸い塊を14インチ(=約36cm)の円に伸ばす。必要以上に生地を伸ばさないこと。
5. 残りのタピオカを下の生地にふりかける。フィリングを流し込み、中心部分を高くして、そこにバター大さじ1を載せる。もう一つのパイ生地が載ったキッチン ペーパーをフィリングの上にひっくり返して載せる。キッチンペーパーを剥がす。縁の部分のパイ生地を切り落とし、上と下の生地を指でつまんでくっつける。オプション:切り落とした生地を伸ばして、色々な形にくり抜いて飾ってもいい。パイ生地に溶き卵を刷毛で塗り、くり抜いた生地を飾るならば、それらを配置する。砂糖をふりかける。上の生地にフォークで空気穴を開けるか、切込みを入れる。
6. 40分~45分、もしくは焼き色がつくまで焼く。熱いうちにサーブする。

(映画「とらわれて夏」公式サイトより)

 映画ではピーチの皮をむき、大きなボールで砂糖と一緒に混ぜ、パイ生地をこねるという一連の手順をテンポのよい編集で描いているが、フランクは料理は直感が大事だと言う。

「レシピばかり見てると直感が鈍る。園芸本だけ見て土に触れない庭師と同じだ」

 そして何よりも素晴らしいのは、三人の手と手が重なり合う艶かしいまでの瞬間を重ねるにつれ、フランクと二人の距離が狭まっていくように見えるところである。それはあたかも新しい父親を迎える家族の儀式のような神々しさに満ちている。

 このあとの展開は実際に映画をご覧いただきたいが、この物語には後日談があり、ラスト近くで成長したヘンリー(トビー・マグワイア)が登場する。そして私たちは、彼の選択した職業でこの時の出来事がいかに彼に大きな影響を及ぼしたのかを知ることになるのである。


【とらわれて夏】

「とらわれて夏」(2013)
公式サイト
http://www.torawarete.jp/
作品基本データ
原題:Labor Day
製作国:アメリカ
製作年:2013年
公開年月日:2014年5月1日
上映時間:111分
製作会社:パラマウント映画/インディアン・ペイントブラシ(制作プロダクション ライト・オブ・ウェイ/ミスター・マッド)
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:ジェイソン・ライトマン
原作:ジェイス・メイナード
製作総指揮:スティーヴン・レイルズ、マーク・ロイバル、マイケル・ビューグ、ジェフリー・クリフォード
製作:リアンヌ・ハルフォン、ラッセル・スミスジェイソン・ライトマン、ヘレン・エスタブルック
共同製作:ジェイソン・ブルーメンフェルド
撮影監督:エリック・スティールバーグ
プロダクション・デザイン:スティーヴ・サクラド
音楽:ロルフ・ケント
音楽監修:ランドール・ポスター
編集:デイナ・E・グローバーマン
衣裳デザイン:ダニー・グリッカー
キャスティング:スザンヌ・スミス・クロウリー、ジェシカ・ケリー
キャスト
アデル:ケイト・ウィンスレット
フランク:ジョシュ・ブローリン
少年時代のヘンリー:ガトリン・グリフィス
大人になったヘンリー:トビー・マグワイア
若き日のフランク:トム・リピンスキ
フランクの若き日の妻マンディ:マイカ・モンロー
別れた父のジェラルド:クラーク・グレッグ
トレッドウェル巡査:ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク
隣人のジャービス氏:J・K・シモンズ

(参考文献:KINENOTE、「とらわれて夏」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。