007モデルのコンビーフ狩り

355 「アンジェントルメン」から

第二次世界大戦中、ナチスにルール無用で挑んだ“非紳士的戦争省”の奇襲作戦を、007の原型とも言えるエージェントたちが実行する。実話に基づくスパイアクションを通じて描かれるもう一つの戦争と、そこに添えられた食の光景に注目した。

 先日公開されたジェリー・ブラッカイマー製作、ガイ・リッチー監督作品「アンジェントルメン」は、ダミアン・ルイスの小説「Churchill’s Secret Warriors: The Explosive True Story of the Special Forces Desperadoes of WWII」が原作。第二次世界大戦中のイギリス情報機関機密指定解除文書にインスピレーションを得たスパイ・アクションである。

 第二次世界大戦当時のイギリス首相チャーチル(ロリー・キニア)の肝入りで設立された、無許可、無認可、非公式の秘密作戦などを専門とする特殊作戦執行部(Special Operations Executive=SOE)。本作の原題である非紳士的戦争省(The Ministry of Ungentlemanly Warfare)の異名を持ち、後のイギリス秘密情報部(MI6)の前身とも言われるSOEに集められた個性的なエージェントたちがアフリカで実行した、型破りなUボート無力化作戦を描いている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

SOEの成立と“オペレーション・ポストマスター”

 第二次世界大戦の開戦当初は、ヒトラー率いるナチス・ドイツが優勢。ドイツ軍はポーランド、ベルギー、フランスを占領し、イギリスにも迫っていた。状況の打開にはアメリカの支援が不可欠だったが、問題は大西洋で活動するUボートの存在。Uボートは敵軍艦はもとより商船までも襲撃し、物資の輸送を妨害していた。Uボートを無力化するには、燃料、魚雷、空気清浄フィルターなどの補給を絶つしか術がなかった。

「ヒトラーはルールを守らない。我々もそれにならう」というチャーチルの意を受けたSOE部長のコリン・マクヴェイン・ガビンズ准将(ケイリー・エルヴィス)とその部下イアン・フレミング(フレディ・フォックス)は、スペイン領ギニアの島、フェルナンド・ポー(現ビオコ島)でUボートに補給を続けていたイタリア船籍の輸送艦、ドゥケッサ号を沈める作戦“オペレーション・ポストマスター”を極秘裏に立案。不定期刑で収監されていたガス・マーチ=フィリップス少佐(ヘンリー・カヴィル)を召喚し、イギリス軍にもナチスにも見つからずにUボートを無力化せよと命じる。このイアン・フレミングこそ、後の小説007シリーズの作者その人であり、ガスはジェームズ・ボンド、ガビンズ准将はMのモデルになったという。

 正直なところ、本作のガスとジェームズ・ボンドの性格は異なっているが、大胆不敵な行動力には共通するものがある。恐らくフレミングが諜報員時代に出会った複数のエージェントの特徴的なところを合わせて、ジェームズ・ボンド像が形成されたものと思われる。

“アンジェントル”な仲間たち

 非正規・極秘の作戦ゆえイギリス軍に見つかれば投獄、ナチスに見つかれば拷問と死という非情な作戦に臨むため、ガスは自ら“マッドな”メンバーを呼び寄せる。一流の技術と腕前を持つアイルランド人航海士のヘンリー・ヘイズ(ヒーロー・ファインズ・ティフィン)は、兄を殺したナチスを心底憎んでいる。潜水活動と爆破のスペシャリスト、フレディ・アルバレス(ヘンリー・ゴールディング)の趣味は破壊活動で、放火犯としての逮捕歴がある。“デンマークの怪力男”アンダース・ラッセン(アラン・リッチソン)は、ゲシュタポが兄弟を殺したことをきっかけにナチスとの戦いを決意。ボウイナイフと弓矢を武器に、100通りの殺し方を身につけた“制御不能の狂犬”である。ガスをリーダーに、4人はスウェーデン漁船に偽装した船でイギリスを出航する。途中、ナチスの収容所があるカナリア諸島のラ・パルマ島に立ち寄り、捕虜になっていた戦略の達人“アップル”ことジェフリー・アップルヤード(アレックス・ペティファー)を“ド派手に”救出。その詳細は本編をご覧いただくとして、アップルという頭脳を得た5人の男たちは、一路フェルナンド・ポーへと向かう。

 ひと癖もふた癖もある“アンジェントルメン”は、愛国心ではなく、ただ任務を成し遂げるためだけに命を賭ける、真の意味でのプロフェッショナルだと感じた。

ドイツ料理が出るまでの“ミッション・インポッシブル”

 SOEはガスのチームを支援するため、2人のエージェントをフェルナンド・ポーに先乗りさせる。カジノ経営と密輸を営む裏ビジネスマンを装ったRHことリカルド・ヘロン(バブス・オルサンモクン)と、女優・歌手で射撃の名手のマージョリー・スチュワート(エイザ・ゴンザレス)。マージョリーは母方がドイツ系ユダヤ人で、家族をナチスに殺されたことから作戦に参加した。

 2人の任務は、フェルナンド・ポーのナチス指揮官、ルアー大佐(ティル・シュヴァイガー)に接触して情報を入手することと、イギリスに留学経験がある西アフリカの王族で、海賊組織のリーダーでもあるKBことキャンプ・ビリー(ダニー・サバーニ)の協力を取り付けること。2人は手始めに、当時ナチスの勢力圏にあったコートジボワールからフェルナンド・ポーに向かう列車で、Uボートに補給する積荷目録の入手を画策する。

フェルナンド・ポーに向かう列車で、RHとマージョリーが注文した「ソーセージとキャベツとライ麦パン」。サスペンスを盛り上げるのにひと役買っている。
フェルナンド・ポーに向かう列車で、RHとマージョリーが注文した「ソーセージとキャベツとライ麦パン」。サスペンスを盛り上げるのにひと役買っている。

 前置きが長くなったが、ここでいよいよ食べ物関連のシーンになる。積荷目録の書類が入ったカバンを持ったドイツ軍士官のいる食堂車で、RHとマージョリーは、ナチスが世界を征服して、食事がソーセージとキャベツとライ麦パンになるのは嫌だ、かといってイギリスが勝ってフィッシュ・アンド・チップスばかりになるのも勘弁して欲しい、フランスやスペインやイタリアの多様な料理がいいと軽口を叩く。そして2人はソーセージとキャベツとライ麦パンを注文すると席を立ち、料理が運ばれて来るまでの短い間に、ドイツ軍士官のカバンを気付かれぬよう置き引きし、別室で積荷目録の内容を暗号でSOE司令部に打電し、カバンをドイツ軍士官の元に戻して席につくという“ミッション・インポッシブル”をやってのけるのだ。

 特筆すべきは音楽の使い方。アップル救出作戦のようなバイオレンスシーンには、エンニオ・モリコーネによるマカロニウェスタンのような音楽を流し、列車内の積荷目録奪取のようなハラハラするシーンには、ジャズのドラムソロを当てて効果を演出している。

 またマージョリーのエージェントとしてのスキルも印象的だ。ルアー大佐にハニートラップを仕掛ける一方、KBとの初対面のシーンでは、挨拶代わりに多種の銃器を次々に持ち変えて、酒瓶や干した魚に百発百中させるなど、「ルパン三世」の峰不二子と次元大介を足して2で割ったような活躍を見せている。

コンビーフの缶は潰れない

 すったもんだの末、ガスのチームはフェルナンド・ポーに到着。作戦は将校・士官クラスの仮装パーティーと兵卒のパーティーが同時に催された夜に決行する予定だったが、仮装パーティーにルアー大佐と参加したマージョリーは、ドゥケッサ号のキャプテン・ビネア(エンリケ・ザガ)から船の装甲を強化したと聞く。用意した爆弾では船を沈めるには足りないことがわかり、ガスはSOE司令部に判断を仰ぐ。この時の暗号電文が

「コンビーフの缶は潰れない」

 である。作戦がイギリス軍に露見して司令部が混乱するなか、命令に従わないことでチームのリーダーに選ばれたガスは、アップルのアイデアをもとに臨機応変に作戦を変更する。その成果については本編をご覧いただきたい。

監獄のご褒美飯とアンジェントルメンのその後

 任務を遂行したエージェントたちを待っていたのは、労いの言葉や勲章ではなく、数多くの法を犯したことによる刑務所の臭い飯だった。ある日、集められた一同の前に現れたのは“あのお方”。一席ぶった後、運ばれてきたのはロブスターやテリーヌなど、食べきれないほどのご馳走。マージョリーたちが列車内で渇望した多彩なフランス料理が、せめてものご褒美となるのである。

 本作のうち、ガス、マージョリー、アップル、ラッセン、ビネア、ガビンズ、フレミング、チャーチルは実在の人物をモデルにしている。実際のマージョリーはオペレーション・ポストマスターには参加していないが、作戦後にガスと結婚したのは事実である。実際のガスは1942年に戦死し、未亡人となったマージョリーは女優業に復帰。二十数本の映画に出演したという。残念ながら日本で公開された作品はないが、機会があれば観てみたいものである。


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【アンジェントルメン】

公式サイト
https://ungentlemen-movie.com/
作品基本データ
原題:The Ministry of Ungentlemanly Warfare
製作国:アメリカ
製作年:2024年
公開年月日:2025年4月4日
上映時間:120分
製作会社:Jerry Bruckheimer Films, Toff Guy
配給:KADOKAWA
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ガイ・リッチー
脚本:ポール・タマシー、エリック・ジョンソン、アラッシュ・アメル、ガイ・リッチー
原作:ダミアン・ルイス
製作:ジェリー・ブラッカイマー、ガイ・リッチー、チャド・オーマン、アイヴァン・アトキンソン、ジョン・フリードバーグ
共同製作:マックス・キーン、メリッサ・リード
撮影:エド・ワイルド
美術:マーティン・ジョン
音楽:クリストファー・ベンステッド
編集:ジェームズ・ハーバート
衣裳デザイン:ルールー・ボンタン
キャスティング:ダン・ハバード
キャスト
ガス・マーチ=フィリップス少佐:ヘンリー・カヴィル
マージョリー・スチュワート:エイザ・ゴンザレス
アンダース・ラッセン:アラン・リッチソン
ジェフリー・アップルヤード(アップル):アレックス・ペティファー
ヘンリー・ヘイズ:ヒーロー・ファインズ・ティフィン
フレディ・アルバレス:ヘンリー・ゴールディング
リカルド・ヘロン(RH):バブス・オルサンモクン
キャンプ・ビリー(KB):ダニー・サバーニ
キャプテン・ビネア:エンリケ・ザガ
ハインリッヒ・ルアー大佐:ティル・シュヴァイガー
コリン・マクヴェイン・ガビンズ准将:ケイリー・エルウィズ
イアン・フレミング:フレディ・フォックス
ウィンストン・チャーチル首相:ロリー・キニア

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。