映画の中のすし・おにぎり「過去のない男」「かもめ食堂」

厨房でおにぎりを作るマサコ、サチエ、ミドリ(絵・筆者)
厨房でおにぎりを作るマサコ、サチエ、ミドリ(絵・筆者)
ヘルシンキに向かう列車の食堂車ですしをつまむ男(絵・筆者)
ヘルシンキに向かう列車の食堂車ですしをつまむ男(絵・筆者)

日本で生まれたすしはいまや“sushi”として世界中で愛好される食べ物となっている。今回はフィンランドを舞台にしたすしと、日本のもう一つのごはんメニューであるおにぎりが登場する作品を取り上げる。

北欧の小津

「過去のない男」は2002年のカンヌ国際映画祭でグランプリと主演女優賞を受賞したアキ・カウリスマキ監督の作品である。

 夜行列車に乗ってヘルシンキにたどり着いた一人の男(マルック・ペルトラ)は夜の公園で暴漢に襲われ、その後遺症で一切の記憶を失ってしまう。男はニーミネン(ユハニ・ニエミラ)に助けられて彼のコンテナの家に身を寄せ、救世軍の炊き出しで隊員の女性イルマ(カティ・オウティネン)と出会う。

 イルマと交際するうちに男は次第に新しい人生へと踏み出していくが、ある日訪れた銀行で強盗事件に遭遇し、容疑者として拘留されてしまう。しかし、それによって新聞に彼の写真が載ったことで彼の妻(アイノ・セッポ)が名乗り出て、容疑の晴れた男はイルマに別れを告げ妻の元に向かう……。

 すしは、男が妻と別れてヘルシンキに戻る列車の食堂車で登場する。徳利に入った日本酒をあおりながらすしをつまむ男の背中には、一度はよみがえった過去と決別する寂しさが漂う。

 小津安二郎を敬愛するカウリスマキ監督の演出は、飄々とした独特のセリフ回しやエンプティ・ショット(空舞台)の使い方などにその影響が見てとれるが、このシーンのマルック・ペルトラも、娘を嫁に出した後の笠智衆のような哀愁を感じさせる。

 ちなみにバックに流れる「ハワイの夜」という歌謡曲は日本のロックグループ、クレージーケンバンドによるものである。

異国でのスローな生き方

厨房でおにぎりを作るマサコ、サチエ、ミドリ(絵・筆者)
厨房でおにぎりを作るマサコ、サチエ、ミドリ(絵・筆者)

「過去のない男」のマルック・ペルトラが、主人公にコーヒーの淹れ方を伝授する男の役で出演しているのが、全編フィンランドロケの日本映画「かもめ食堂」(2006)である。

 主人公のサチエ(小林聡美)は、ヘルシンキにメインメニューがおにぎりという「かもめ食堂」を開く。なかなか客の来ない日々が続くが、彼女は全く焦ることなく合気道の稽古とプール通いの毎日を過ごしている。

 初めて来た客で日本オタクのトンミ・ヒルトネン(ヤルッコ・ニエミ)にガッチャマンの歌詞を聞かれてわからなかった彼女は、本屋のカフェで「ムーミン谷の夏まつり」を読んでいたミドリ(片桐はいり)に思わず尋ねる。周りがフィンランド人ばかりの状況で、日本人二人が嬉々としてガッチャマンの歌を口ずさむ有様は何とも言えぬ可笑しさがある。

 サチエは意気投合したミドリを家に泊め、ミドリは店を手伝うようになる。ミドリの提案でトナカイの肉やニシン、ザリガニなど地元の食材を具にしたおにぎりにトライするが、幼くして母と死別したサチエは、武道家の父が年に二回、運動会と遠足に作ってくれた弁当の思い出から、おにぎりの具は鮭、梅、おかかの3種類と決めていた。

 やがて焼きたてのシナモンロールの香りに誘われて徐々に客が入り始める。

 ある日、飛行機のロストバゲッジで足止めを食っているマサコ(もたいまさこ)がふらりとかもめ食堂にやってくる。店で最初におにぎりを注文した彼女もまた店を手伝うようになる……。

 マイペースの人生を謳歌するサチエの気分と、ゆっくりと流れるフィンランドの時間がマッチしたこの映画が契機となって、以後スローフードをテーマとした日本映画が数多く製作されるようになった。

 また、フィンランドの現地スタッフ以外の日本人主要スタッフのほとんどが女性で構成され、フードスタイリストを起用した日本映画のはしりとしても特筆すべき作品である。

作品基本データ

【過去のない男】

「過去のない男」(2002)

原題:Mies Vailla Menneisyytta
製作国:フィンランド
製作年:2002年
公開年月日:2003年3月15日
製作会社:スプートニク
配給:ユーロスペース
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
上映時間:97分

◆スタッフ
製作・監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
美術:マルック・ペティレ、ユッカ・サルミ
録音:ヨウコ・ルッメ、テロ・マルンベリ
編集:ティモ・リンナサロ
衣装(デザイン):オウティ・ハルユパタナ

◆キャスト
男:マルック・ペルトラ
イルマ:カティ・オウティネン
ニーミネン:ユハニ・ニエミラ
カイザ:カイヤ・パカリネン
アンティラ:サカリ・クオスマネン
救世軍マネージャー&バンドボーカリスト:アンニッキ・タハティ
溶接工場マネージャー:エリナ・サロ
バー・オーナー:アンネリ・サウリ
銀行員:オウティ・マエンパー
弁護士:マッティ・ヴオリ
男の妻:アイノ・セッポ
オヴァスカイネン:ヤンネ・ヒューティライネン
ハンニバル:タハティ(犬)

【かもめ食堂】

「かもめ食堂」(2005)

製作国:日本
製作年:2005年
公開年月日:2006年3月11日
製作会社:日本テレビ/バップ/幻冬舎/シャシャ・コーポレーション/パラダイス・カフェ/メディア・スーツ
配給:メディア・スーツ
カラー/サイズ:カラー
上映時間:102分

◆スタッフ
監督・脚本:荻上直子
原作:群ようこ
企画:霞澤花子
プロデューサー:前川えんま、天野眞弓
撮影:トゥオモ・ヴィルタネン
美術:アンニカ・ビョルクマン
音楽:近藤達郎
録音:テロ・マルムベリ
照明:ヴィッレ・ペンッティラ
編集:普嶋信一
ヘアメイク:宮崎智子
スタイリスト:掘越絹衣
フードスタイリスト:飯島奈美
写真:高橋ヨーコ
エンディングテーマ:井上陽水

◆キャスト
サチエ:小林聡美
ミドリ:片桐はいり
マサコ:もたいまさこ
トンミ:ヤルッコ・ニエミ
リーサ:タリア・マルクス
マッティ:マルック・ペルトラ

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。