「ブレードランナー」続編製作に反対する

屋台のおやじが売っていたナゾの丼(絵・筆者)
屋台のおやじが売っていたナゾの丼(絵・筆者)
「ブレードランナー」(1982)

映画の中の食を鑑賞するコラム。今回は80年代SF作品の名作を取り上げる――あのとき、主人公は何を食べようとしていたのか。

“全部入り”に圧倒される

「ブレードランナー」(1982)は、SF映画の一つの到達点として多くの観客に記憶されている作品である。思い返せば1982年7月10日の公開初日、高校生で「スターログ」「宇宙船」などを愛読していた特撮ファンの私は、地元大宮の今はなきハタシネマに期待に胸躍らせながら観に行ったものだ。

 フィリップ・K・ディックの原作に、「エイリアン」(1979)の監督であるリドリー・スコット、「2001年宇宙の旅」(1968)、「未知との遭遇」(1977)、「スター・トレック」(1979)等の特撮を担当したダグラス・トランブル、「スター・トレック」、コンピュータ・グラフィックスを使った世界初の映画「トロン」(1982)でプロダクションデザインを手がけたシド・ミードに、「炎のランナー」(1981)、「ミッシング」(1982)等に音楽をつけたシンセサイザー作曲家のヴァンゲリスといった一流のスタッフが結集し、「スター・ウォーズ」(1977)、「レイダース 失われた聖櫃<アーク>」(1981)のハリソン・フォードが主演を務めたらどんな映画になるのか……期待に違わぬ、というより想像を超えたビジュアルに圧倒されたことを今でも覚えている。

現実の合わせ鏡としての未来都市

2019年ロサンゼルス、夜景に浮かび上がる「強力わかもと」の電子広告
2019年ロサンゼルス、夜景に浮かび上がる「強力わかもと」の電子広告

 とくに、夢や希望とは正反対の退廃的な近未来のロサンゼルス(2019年の設定)の光景はこれまでにない斬新なものであり、後の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(1995)や「マトリックス」(1999)等のサイバーパンク作品に大きな影響を与えた。

 原作によると、最終戦争の勃発で高濃度の放射性物質が世界中に曝露され、天然生物の多くが死滅。環境が悪化した地球に見切りをつけた人類は、宇宙に植民地を求めて探検を開始。その尖兵として開発されたのが、遺伝子操作によって人類に新たな機能を付加した強化人間「レプリカント」であるという設定。1968年に書かれたこの小説の先見性には驚かされる。

 それでもなお地球にへばりついている人々の多くは、日本語を話し、街には日本語のネオン看板が目立つ。上空からは放射能で汚染された雨が容赦なく降り注ぎ、宇宙移民を募る飛行船が、ゲイシャを使った「強力わかもと」の電子広告と共に巡航している。

 デフォルメはされているがこの世界、どこか今の現実世界に似てはいないか。そもそもSFとは現実の合わせ鏡としての側面を持っているものだ。実際にリドリー・スコット監督は、新宿歌舞伎町をモデルにこの未来都市を造型したという。

「二つでじゅうぶん」の正体

屋台のおやじが売っていたナゾの丼(絵・筆者)
屋台のおやじが売っていたナゾの丼(絵・筆者)

 この映画のファンの間で話題になったのが、主人公デッカード(ハリソン・フォード)の登場する屋台の場面である。以下、屋台の日本人のおやじとデッカードのやりとりを記す。

“Give me four.”(デッカード)
「二つでじゅうぶんですよ」(おやじ)
“No, four. Two, two, four!” (デッカード)
「二つでじゅうぶんですよ」(おやじ)
“And noodles.”(デッカード)
「わかってくださいよ」(おやじ)

 ここでおやじの言う、何が「二つでじゅうぶん」なのかについては諸説紛々入り乱れた。私は最初観た時、うどんを4杯頼んだのかと思ったのだが、デッカードが”And noodles.”と言っているので他のメニューであることは明らかである。

 実は日本初公開版ではカットされていたのだが、公開前のワークプリント版にその料理のクローズアップが映っていた。それは野菜がトッピングされたライスの上にどす黒いエビが乗ったエビ天丼もどきであり(イラスト参照)、おやじはこのエビの数を「二つでじゅうぶん」と言っていたのである。

 どうかこの議論を笑わないでいただきたい。私を含むオタク連中は作品の細部にまでこだわる性癖がある。それは、ディテールの蓄積が作品世界に奥行きを与えることを熟知しているからにほかならない。

複数のバージョン

DVD-BOX「アルティメット・コレクターズ・エディション」より。DISC1(写真左)に「ファイナル・カット」(2007)、DISC3(写真中央)に「US劇場公開版」(1982)、「日本初公開版」(1982)、「ディレクターズ・カット」(1992)、DISC5(写真右)に「ワークプリント版」(1982)が収録されている。
DVD-BOX「アルティメット・コレクターズ・エディション」より。DISC1(写真左)に「ファイナル・カット」(2007)、DISC3(写真中央)に「US劇場公開版」(1982)、「日本初公開版」(1982)、「ディレクターズ・カット」(1992)、DISC5(写真右)に「ワークプリント版」(1982)が収録されている。
デッカードの「愛車」ポリス・スピナー(デザイン:シド・ミード)
デッカードの「愛車」ポリス・スピナー(デザイン:シド・ミード)

 前節でワークプリント版と日本初公開版に触れたが、「ブレードランナー」にはこの他に、「US劇場公開版」「ディレクターズカット」 「ファイナル・カット」
の合計5つものバージョンが存在する(製作25周年記念のDVD-BOX「アルティメット・コレクターズ・エディション」
で各バージョンを観ることができる)。

 このうち日本初公開版と現在一般的に視聴できる「ファイナル・カット」で大きく異なる点は二つある。

 まず、前者が場面転換の節目にデッカードのモノローグを挿入していたのに対し、後者はそれを排して前者でカットされた画を繋げ、映像で状況を説明している。また、ラストシーン、前者はデッカードのアパートで待っていた女レプリカントのレイチェルとスピナー(飛行可能な車両)で未来都市の外に残る森林地帯に脱出する、ゴダールの「アルファヴィル」(1965)に似たハッピーエンドともとれる終わり方なのに対し、後者ではアパートを脱出する直前、デッカードの監視役のガフが折っていたユニコーンの折り紙を見つけるシーンで終っている。

 監督は「シャイニング」(1980)のオープニングに使われた空撮フィルムを流用した初公開版のラストが不本意で変更したと思われるが、私としては初見時の印象が強烈であったのと、地球環境を完全に破壊できるほど人類の力は及んでいないという意味にも取れ、前者のラストシーンを気に入っている。

デッカード=レプリカント説

「ファイナル・カット」のラストシーンでガフが残したユニコーンの折り紙
「ファイナル・カット」のラストシーンでガフが残したユニコーンの折り紙

 それともう一つ、大きな追加点がある。それはデッカードが自室のピアノにもたれて見る夢のシーンで、そこには白いユニコーンが登場している。これはラストシーンの折り紙と対をなしており、ファンの間でその意味について議論がなされた。

 その結果浮上したのは、ガフはデッカードの夢の内容を知っていたのではないか、それは彼がプログラムされた対レプリカント用のブレードランナー(専任捜査官)レプリカントだからだという解釈である。これを監督も肯定しており、さらに噂によれば、現在続編のプロジェクトが進行中であり、実現の暁にはこの説を裏付けるストーリーになるだろうというのである。

 これに私は大きな違和感を覚えた。この作品の真の魅力は、暗い未来社会の濃密なディテールに裏打ちされた、レイモン・チャンドラーやダシール・ハメットの小説を思わせるハードボイルドな展開にあると考えるからである。生身のデッカードが、オーバースキルを持つレプリカントにボコボコにされ、指を折られ、高層ビルの屋上から突き落とされそうになりながら立ち向かう姿は、フィリップ・マーロウやサム・スペードに重なる。そんなハードボイルドヒーローに超能力を与えるのは禁じ手であろう。

作品基本データ

【ブレードランナー】

原題:Blade Runner
製作年月日:1982年
公開年月日:1982/07/10
製作国:アメリカ
製作会社:マイケル・ディーリー/リドリー・スコット・プロ作品
配給:ワーナー・ブラザース映画
カラー/サイズ:カラー/シネマスコープ(1:2.35)
上映時間:116分(日本初公開版)、117分(ファイナル・カット)
◆スタッフ
監督:リドリー・スコット
原作:フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(ハヤカワ文庫)
脚本:ハンプトン・ファンチャー、デイヴィッド・ピープルズ
撮影:ジョーダン・クローネンウェス
美術:ローレンス・G・ポール、デイヴィッド・L・スナイダー
未来世界視覚デザイン:シド・ミード
音楽:ヴァンゲリス
特殊効果監修:ダグラス・トランブル、リチャード・ユーリシッチ、デイヴィッド・ドライヤー
◆キャスト
ハリソン・フォード(デッカード)
ルトガー・ハウアー(バッティ)
ショーン・ヤング(レイチェル)
エドワード・ジェームズ・オルモス(ガフ)
M・エメット・ウォルシュ(ブライアント)
ダリル・ハンナ(プリス)
ウィルアム・サンダーソン(セバスチャン)
ブライオン・ジェームズ(リオン)
ジョセフ・ターケル(タイレル)
ジョアンナ・キャシディ(ゾーラ)
ロバート・オカザキ(屋台のおやじ)

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。