中国産ギョーザで傷ついたのは誰?

国産の焼きギョーザ(記事とは直接関係ありません)
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中国産ギョーザによる健康被害の問題は、中国産商品が今後、日本の消費者と企業からどのように扱われるかを決する、重要な分岐点となるだろう。これまでに、中国産の農産物や食品でも、「日本向けに作られている商品は安心できる」とする論調があったが、これに冷や水が浴びせられた格好だ。私自身、それに概ね賛成していたので、考えさせられることが多い。もちろん、今でも中国産がすべてだめというつもりはさらさらないが、消費者の印象はしばしば事実を凌駕し、抑えられないことを考えると、事件の深刻さは否めない。

 事件の真相はまだ詳しくは分からない。だが、現時点で消費者が受けている情報は、中国産の食品で健康被害があったこと、原因となる事象が起こったのは日本国内ではなく中国国内であるらしいこと、事は原材料への農薬の残留ではなく毒物の混入によるらしいこと、などだ。

 このことは、次の4つの不信・不安を起こしていると考えられる。

1.生協のブランドを傷つけた

2.JTのブランドを傷つけた

3.広く日本の食品メーカーに対する不安を助長した

4.「中国産」のブランドに致命的な打撃を与えた

 一般の消費者の中国産の食品に対する不安は、その根拠がどんなものであったにせよ、近年強まっていた。その事情を承知していた上であえて輸入していたものが、データ上問題があったといった種類のことではなく、現実に無視できない件数の健康被害を起こした。つまり、実際には品質を完全にコントロールできていなかったのだ。それが露呈したことで、消費者が受けた衝撃の大きさは、しかるべき方法を選んで正確に調べておく必要がある。

 事件は、JTのブランドを傷つけたし、日本生活協同組合連合会という特定の団体のブランドではなく、さらに大きなブランドである生協のブランドを傷つけた。そしてもっと心配されるのは、日本の食品メーカー全体に対する不信感を招いていないかだ。

 この事件がそれぞれに与えた影響の大きさと内容を測っておくことは、残念ながら今後も起こるであろう食品にまつわる不祥事が、企業と産業界にどのような影響をもたらすかを考える上で重要な資料となる。

 また、生協という日本の消費者が最も安心感を寄せる団体と、JTという冷凍食品売場で高いシェアを持つ企業にして、品質をコントロールできていなかったということは、消費者が中国産の商品を信頼する手がかりの大きなものを失ったことを意味する。

 今後もなお中国産の商品を扱おうとする企業は、これまで以上の品質管理とトレーサビリティ、情報開示能力に加えて、相当な質と量の広報宣伝力、さらに不祥事が起きた場合の危機管理体制、そして何より体力が問われることになる。あえてそれをしようとする場合、彼の国の製造コストの低さを考えても、果たしてそれでソロバンが合うものなのかどうか。多くの企業がその問題を突き付けられるだろう。

 中国サイドで傷ついたブランドは、「天洋食品」という特定の企業でも「河北省」という特定の地域でもない、「中国」そのものだ。これに対して、中国という国自体がどのようなアクションを起こすのかも注目される。ことここに至っては、日本企業に弁護・擁護をさせてのんびり構えたり、悪いのは日本の仕組みだと強弁するわけにもいかないだろう。BSEへの対応を巡って、米国がそれで失敗している例があるからだ。繰り返しになるが、ビジネスでは、しばしば事実よりも印象が重要になる。マーケティング上は、事実はあくまでも印象を形成するファクターの一つでしかない。

 ただ、印象を形成するための方法として、長年疑問に思っていることがある。日本企業の「謝罪会見」の様式だ。日本では、会見に立った企業側の人物はほぼ必ず頭を下げてシャッター音が鳴りやむまでじっとしている。海外ではまず見られない光景というが、「日本人はお詫びをするときに頭を下げるものだから」と放っておいていいものだろうか。頭を下げている当人たちは、誰に頭を下げているのか。被害者か、消費者全般か、そこに居合わせている記者か。どれも違う。明らかにカメラに頭を下げて、その光景を撮ってもらっているだけだ。

 法人とは本来、目に見えないものだ。それを誰か一人あるいは数人の自然人に代表で頭を下げさせて、あたかも法人が頭を下げているように見せることは、果たして正しいだろうか(仮に、どうしてもそうするというのならば代表権のある者、今回はJTは社長、日本生活協同組合連合会は会長が出て頭を下げるべきだろう)。

 視聴者や読者は、果たしてそれを法人が頭を下げていると受け取っているだろうか。むしろ、「ある会社の偉い人が頭を下げるはめに陥っている」のを見て、不健康なカタルシスをまき散らしているだけではないのか。その上、テレビのスタジオや市井で「頭の下げ方が良い」「悪い」の論評まで飛び出すのはいかがなものか。

 この習慣は、明らかに問題の所在をわかりにくくし、あるいは人々の関心を問題そのものからずらしている。また、頭を下げる役に立った当人たちは当然傷つくはずで、国家権力によらない懲罰の側面もあり、人権上も問題がある。経済団体が役割を果たすのは、例えばこんな場合だ。企業間の申し合わせで、不祥事の報告と説明の会見で頭を下げないことにすると申し合わせるべきではないか。また、マスコミも、この種の記者会見で頭を下げている人物の写真の掲載はしないこととし、カメラマンにも記者にもデスクにも徹底してはどうか。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →