中国から日本へ料理は海を渡り続ける

西安料理店の看板
東京のビジネス街にある西安料理店の看板

西安料理店の看板
東京のビジネス街にある西安料理店の看板

「西安刀削麺」「小肥羊」など、中国の地方料理の店が続々と日本に進出してきている。これらは日本人のラーメン好き、鍋料理好きに対応しながら、今までなかった新しい味・食文化を日本に導入している。この“新しい風”が、日中双方にさらに新しい食文化を興していくだろう。

日本の外食に新風吹き込む中国の地方料理

 現在日本で提供されている中国料理は、本場中国の料理のごく一部にすぎない。

 中国の料理は、大きく8つの菜系に分けられている。菜系というのは、広大な中国の各地域で発達した料理の種類を指す。すなわち、山東料理、江蘇料理、浙江料理、安徽料理、福建料理、広東料理、湖南料理、四川料理である。実際には、これらはさらに細分化され、数え切れないほどの料理の系譜がある。よく知られる北京料理や上海料理も、上記の菜系に属されている一つの支系にすぎない。

 これらが従来、日本では中華料理や中国料理としてひとくくりにされてきた。その大きなくくりのカテゴリーの中で、ときに「広東風」とか「四川風」といった多少の地域色としての味の違いが披露されてきたにすぎず、細かな地方料理の特色はあまり意識されてこなかった。

 本場の多様性とは比べものにならない。しかし、こうした状況を変える動きは、近年加速されていると感じている。

 気が付けば、中国の地方出身のシェフを雇って、まったく新しく本場中国発ならではの地方料理の味覚を提供する店舗が相次いで登場している。たとえば、私の故郷西安がネーミングに用いられた「西安刀削麺」(※)しかり。また、中国の人気火鍋専門店「小肥羊」(シャオフェイヤン)が日本に進出し、人気急上昇中である。日本の中華料理チェーンが中国に進出する一方、中国本土の人気店が日本でチェーン展開する例も出てきたのだ。

 この双方向の動きは、日本の外食市場に新たな風を吹き込んだ。

※実は刀削麺という料理の発祥は西安ではない。なぜ「西安刀削麺」とネーミングされたかについては今後紹介する。

料理は時代の変化映す社会の縮図

 こういった中国地方料理の日本進出は、日本人の食習慣をよく研究した上で選ばれているようだ。

 西安料理店の人気メニューである刀削面は、実は、中国の北京や上海などの大都市ではあまり見かけない料理だ。そんな料理が日本で人気を集めているのは、間違いなく日本人のラーメン好きと関係しているだろう。刀削面の麺は普通の麺より太く、歯ごたえがある。また、生地の塊を抱えて、そこからはね上げるように削り出す麺の独特の作り方を見せる演出も、多くのファンを惹きつけている。

 一方、「小肥羊火鍋」と名づけられた火鍋は中国で大人気だが、日本でもかなりの人気を得ている秘密は、やはり、日本人の鍋料理好きにあるだろう。

 日本にいながらにして、これまで口にできなかった中国のさまざまなジャンルの料理を味わえるのは、私のような日本に滞在する中国人だけではなく、日本人にとっても喜ばしいことに違いない。

 これらの中国の地方料理は、“中華料理”や“中国料理”と呼ばれることもないが、現在の日本ではいちばん純粋に本場の味を提供している料理店と言える。このように、新しいタイプの本格派中国地方料理が日本に根付いていく流れは、今後も拡大していくだろう。また、本場中国の料理が日本で中華料理として進化してきた過去の例から考えれば、これから時間が経つに従って、これら新しく日本にやって来た中国地方料理が、現在の“中華料理”や“中国料理”に吸収されて、また新たに“現地化”され、新しいものを生み出されていきもするだろう。

「ラーメンがなくなる日――新横浜ラーメン博物館館長が語る『ラーメンの未来』」 (岩岡洋志著、主婦の友社)によれば、日本のラーメンの発展に大きな役割を演じた“郷土ラーメン”がなくなると、ラーメンの進化もあり得ないという。その日本の郷土ラーメンも、発掘され尽くした感がある。その中で、たとえば刀削麺のように、中国の郷土ラーメンが日本のラーメンに新しい風を吹き込んでいくことはこれからもあるだろう。

 我々が普段食べる“中国料理”や“中華料理”は、これまで述べたような静かな流れで進化してきた。料理の変遷には、経済や文化、人々の暮らしをはじめ、時代の変化が映し出されている。料理はまさに、社会の縮図とも言えるのだ。

食の交流が中国で日本で新しい料理を生み出す

 中国の料理や食材は、大昔から日本に入っており、また、日本で“中国料理”が“中華料理”に枝分かれしたこともかなり前のことになったが、この“現地化料理”の中国への逆輸出と、中国の地方料理の新たな日本への進出は、ごく最近のことだ。これらの動きはやはり、時代の流れに伴ったもので、近年、両国の文化や経済が密接にかかわり合ってきたおかげにほかならない。

 今日、ビジネス、観光、留学で中国に行く日本人は年々増えている。とくにビジネスでは、日本の労働人口の減少、不況などにより、多くの日本企業が海外に活路を見出している。その中でも、同じアジアにあって、人口が多く、ビジネスチャンスも豊富な中国は、日本とは料理を始め文化的なつながりも深い。だから、日本企業にとって中国市場は重要なターゲットだろう。

 その事情もあって、中国に住む日本人は増えている。それに伴い、日本の食を始めとするさまざまな日本文化が長期滞在する日本人によって伝えられ、中国でも浸透してきている。中国で増加する日本人をターゲットに開業した日本料理店は、中国人にもその新鮮なおいしさが受け入れられて、人気を得ているという例は、中国のあちらこちらで見受けられる。

 一方で、そのように中国を訪ね、あるいは在住した日本人が増えるにつれ、中国で食した料理を日本でも味わいたいといったニーズも増えているだろう。また、日本に住む中国人も年々増えている。その中国人の出身地はさまざまだから、日本でありふれた“中国料理”や“中華料理”ではなく、自分の故郷の料理を食べたいというニーズが生まれてくるのも当然の傾向である。

 そのような需要に応えるため、たとえば「西安刀削麺」「小肥羊」のように、今まで日本ではあまりなじみのなかった中国の地方料理も発掘され、日本で展開されているわけだ。

 このように、双方向の食の交流のおかげで、中国でも、日本でも、新しい食が伝えられ、新しい食が生まれている。“中国料理”“中華料理”ともに、グローバル化の波に乗って、進化しながら、グローバルになりつつある。

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About 徐航明 24 Articles
立命館大学デザイン科学センター客員研究員 じょ・こうめい Xu Hangming 中国の古都西安市出身。90年代後半来日。東京工業大学大学院卒業。中国や日本などの異文化の比較研究、新興国のイノベーションなどに興味を持ち、関連する執筆活動を行っている。著書に『中華料理進化論』「リバース・イノベーション2.0 世界を牽引する中国企業の『創造力』」(CCCメディアハウス)があり、「中国モノマネ工場――世界ブランドを揺さぶる『山寨革命』の衝撃」(阿甘著、日経BP社)の翻訳なども行った。E-mail:xandtjp◎yahoo.co.jp(◎を半角アットマークに変換してください)