映画の中のミルク「断崖」「告白」「サクリファイス」

「断崖」より(絵・筆者)
「断崖」より(絵・筆者)
「断崖」より(絵・筆者)
「断崖」より(絵・筆者)

今回から、毎回ある食材を取り上げて、それが印象的に使われた映画の例を挙げていきたい。第1回は“ミルク”である。

「断崖」――白さの強調として

 ミルクの出てくる映画と聞いて筆者が真っ先に思い浮かべたのはアルフレッド・ヒッチコック監督の1941年作品「断崖」である。列車の中で偶然知り合ったジョン(ケーリー・グラント)と結婚した資産家のリナ(ジョーン・フォンティーン)が、新婚生活を共にするうちに夫に対する疑惑を抱き始め、それが次第にエスカレートしていくというヒッチコックお得意の心理的サスペンスだ。

 劇中、ノイローゼで寝込んでしまったリナの元へとジョンがミルクを盆に乗せて階段を上っていくシーンがある。光と影の効果が印象的な中、とりわけミルクの白さが際立っており、観客の誰もがジョンがミルクの中に毒薬を仕込んでリナを殺すつもりではないのかと疑う場面である。

 フランソワ・トリュフォーによるヒッチコックへのインタビューをまとめた「定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー」(フランソワ・トリュフォー、アルフレッド・ヒッチコック著、山田宏一、蓮實重彦訳/晶文社/改定版1990)によると、このシーンでヒッチコックは、ミルクの白さを際立たせるためにコップの中に豆電球を仕込んだという。これは写真にも共通することだが、クリエーターたちは色彩のない白黒フィルムに白を白として定着させるため、照明の当て方を工夫したり、フィルターとの兼ね合いで対象物を気味の悪いピンク色に塗るなどさまざまな努力を積み重ねてきた。このシーンも白い液体であるミルクの特質が白黒映画で遺憾なく発揮された例と言えるだろう。

「告白」――母性の象徴として

 ミルクが使われた日本映画で記憶に新しいところでは、「告白」(2010)が挙げられるだろう。

 湊かなえの2009年本屋大賞受賞作を「下妻物語」(2004)や「嫌われ松子の一生」(2006)の中島哲也監督が映画化した本作の冒頭――厚生労働省・全国中高生乳製品促進運動のモデル校に指定されたS中学校の3学期の終業式で、1年B組の生徒たちが紙パックのミルクを飲み終えたところから担任の森口悠子(松たか子)の衝撃の告白が始まる。

 シングルマザーの彼女の一人娘・愛美(芦田愛菜)がこのクラスの少年A(西井幸人)・少年B(藤原薫)によって殺されたこと。そしてその二人のミルクにHIVキャリアの愛美の父親の血液を混入させたこと。しかし、これは彼女の少年A・Bに対する復讐の第一歩に過ぎなかったというのが、前半の大まかなプロットである。

 CM出身の中島監督は独特のスローモーションを交えた編集で、白いミルクに注射器で赤い血液が混入してゆくクローズアップ等を挿入しながら衝撃性を増す演出を展開している。

 作品全体の構造としては、悠子と愛美、少年Aと彼を捨てて研究の道に走った母親(黒田育世)、少年Bと彼を溺愛する母親(木村佳乃)の3つの母と子の関係が軸となっており、原作者は母性を表す象徴としてミルクという小道具を選択したのではないかと推察できる……な~んてね(映画のセリフより)。

「サクリファイス」――終末のイメージとして

「サクリファイス」より(絵・筆者)
「サクリファイス」より(絵・筆者)

 もう一作、アンドレイ・タルコフスキー監督の遺作である「サクリファイス」(1986)を取り上げておきたい。

 スウェーデンの離島で失語症の息子と暮らしている元俳優のアレクサンデル(エルランド・ヨセフソン)が、生命の樹を植える誕生日祝いの最中に突然核戦争が勃発。アレクサンデルは信じていなかった神と対決し、自らを犠牲にすることで愛する人々と世界を救おうとする観念的なストーリーである。

 印象的なのは普段は静かな片田舎の上空を戦闘機が飛び交い、激しい震動によって食器棚に置かれていたガラス容器の中でミルクが波打ち、終いには床に落ちて容器が粉々に砕け散り、白い液体が床一面に飛散するシーンだ。身近な物を使って核爆発、放射能汚染といった惨禍を端的にイメージさせている。

 思えばタルコフスキーは、デビュー作の「ローラーとバイオリン」(1960)以来、「僕の村は戦場だった」(1962)、「アンドレイ・ルブリョフ」(1967)、「惑星ソラリス」(1972)、「ストーカー」(1979)、「ノスタルジア」(1983)等で一貫して水を重要なモチーフとして象徴的な表現に用いてきた。その彼が最後に提示した水のイメージが“母なる水”ミルクだったというのは、自伝的作品「鏡」(1975)で母の記憶を綴った彼らしいとも言える。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。