「5パーセントの奇跡」ホテルマンの幸福

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あけましておめでとうございます。2018年の1本目は、明日(1月13日)公開の「5パーセントの奇跡〜嘘から始まる素敵な人生〜」の主人公の体験を通して、5つ星ホテルの仕事を見ていきたい。

志を起こさせた美しい料理

 本作は、視力の95%を失いながら、視覚障がいがあることを隠して一流ホテルでキャリアを積んだサリヤ・カハヴァッテの実話をベースに、「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」(2005)のマルク・ローテムントが監督したヒューマンドラマである。

 主人公サリヤことサリー(コスティア・ウルマン)はスリランカ人の父親とドイツ人の母親の間に生まれた。彼は先天性の疾患により10代で網膜剥離を起こして重度の視覚障がいを持つことになる。映画は、彼が視力を失う前に実習でウェイターとして働いた一流レストランから始まる。

 まるで「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(2011、本連載第42回参照)のような入り江を臨む郊外型レストランに最新の調理器具が並び、大勢の調理者たちによって料理された「ロブスター・カルパッチョのエンドウ添え」が皿に美しく盛り付けられていく。その光景を見つめ、料理をお客様のテーブルまで運んでいくサリーはとても幸福そうに見える。彼が接客と料理の両方に関われるホテルマンを志し、この後に訪れるさまざまな困難に立ち向かうことができたのは、この実習での体験があったからだと思えるシーンである。

 しかし皮肉にも、サリーが実習で目にしたものは、彼がその目で見ることのできた最後の美しい光景となってしまうのだった。

ハム・スライサーの構造に触れる

 目の病気のために夢をあきらめたくないサリーは、自分が視覚障がい者であることを隠してミュンヘンに実在するホテル「バイエリッシャー・ホーフ」の面接を受ける。ここは1841年創業で食通を唸らせる5つのレストランと6つのバーを擁する5つ星ホテルである。

 サリーは、姉のシーラ(ニラム・ファルーク)のサポートもあって面接担当者に視覚障がい者と気付かれずに研修生として採用されるが、たいへんなのはそれからだった。ホテルマンの研修内容は、ハウスキーピング、ルームサービス、厨房の皿洗いなどなどホテルの業務全般にわたり、そのすべてが目を使う。それで仕事に苦労しているサリーの様子を見て、彼の障がいに気付く人が当然出てくる。

 実家がホテル・レストランを経営していることから仕方なく研修生になった“勤労意欲ゼロ”の研修生仲間マックス(ヤコブ・マッチェン)、アフガニスタン難民で母国では外科医をしていたが現在は皿洗いをしているハミド(キダ・コドル・ラマダン)らはサリーの事情を知って、サポートを申し出る。クローン料理長はサリーがハムのスライサーで手を切ったのを見て彼の障がいに気付くが、仕事を続けたいと懇願するサリーの熱意に負ける。彼はスライサーを分解し組み立てることでサリーにこの機材の構造を理解させ、目に頼らない感覚で操作できるようにしてやる。

 必死にして、努力を続ける者であるサリーを支える仲間は、このように次第に増えていった。

鬼教官のロングアイランド・アイスティー

5つ星ホテルの指導教官クラインシュミットがバー研修でお手本を示したロングアイランド・アイスティー
5つ星ホテルの指導教官クラインシュミットがバー研修でお手本を示したロングアイランド・アイスティー

 サリーの研修はフロント業務を経て、最終過程で難易度の高いバー・レストラン業務に入った。サリーの前に立ちはだかるのは、3回警告したらクビを宣告することで研修生たちに恐れられているクラインシュミット(ヨハン・フォン・ビュロー)。まるで「セッション」(2014、本連載第101回参照)に出てきたフレッチャー教授のような鬼指導教官である。

ロンググラスにトングで慎重に氷を入れる。計量カップ“ジガー”でシェイカーにウォッカ、ホワイト・ラム、テキーラ、ジン、コアントロー、レモンの搾り汁を15mLずつ加える。蓋をして力強くキレのある動きで振る。ストレーナーでグラスに注ぐ。コーラを加える。レモンを剥いて巻き、搾って加える。飾りのレモン。ストロー。マドラー。完成。

 カクテルのロングアイランド・アイスティーを作ってみせるクラインシュミットの前で、サリーの顔は「無理……」と言っているように強張っていく。それに気付いたマックスが連れて行ったのが、彼の父親が経営するレストランのバー。ここでの2人のカクテル作りの特訓シーンは、「カクテル」(2008、本連載第153回参照)のトム・クルーズばりのフレアバーテンディングもあってなかなか楽しめる。

 カクテル作りの次の課題はグラスを一点の曇りなく磨き上げること。単純な作業だが弱視のサリーにとってこれほど難しい作業はなかった。何度やってもクラインシュミットにやり直しを命じられたサリーは、つい声を荒げてしまい1回目の警告を受ける。

 そしてレストラン研修の初日、遅刻したサリーは2回目の警告を受けてしまう。あと1回の警告でクビという厳しい状況の中、サリーはいかに夢と希望をつないでいくのか……。

障がい者の世界の表現

 本作でサリー役を務めた主演コスティア・ウルマンは、原作者のサリヤ・カハヴァッテ本人の助けを得て、特注のコンタクトレンズと視野の95%を奪う特別な訓練用ゴーグルを使い、役作りに臨んだという。ローテムント監督はサリーの主観としてフォーカスを極端にぼかした映像を多用し、視覚障がい者の世界を表現していいる。これは河瀬直美監督の2017年作品「光」でも採られた手法である。

 最後にサリーのモノローグにあったブッダの本からの引用を紹介して、本稿の結びとしたい。

幸福への道はない。道が幸福なのだ。


【5パーセントの奇跡〜嘘から始まる素敵な人生〜】

公式サイト
http://5p-kiseki.com/
作品基本データ
原題:MEIN BLIND DATE MIT DEM LEBEN
製作国:ドイツ
製作年:2017年
公開年月日:2018年1月13日
上映時間:111分
製作会社:ZIEGLER FILM GMBH & CO. KG, SEVENPICTURES FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH
配給:キノフィルムズ/木下グループ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:マルク・ローテムント
原作:サリヤ・カハヴァッテ
脚本:オリヴァー・ツィーゲンバルク、ルース・トーマ
製作総指揮:アンヤ・フォーリンガー
製作:ヨウコ・ヒグチ-ツィツマン、ターニャ・ツィーグラー
共同製作:ステファン・ガートナー、イザベル・ハンド、ロドルフ・ブエット、カッレ・フリッツ
撮影:ベルンハルト・ヤスパー
美術:クリスチャン・アイゼレ
アート・ディレクション:マイキー・アルソフ
舞台装飾:ガブリエラ・アウゾーニオ
音楽:ミヒャエル・ゲルトライヒ、ジャン=クリストフ・リッター
音響:フランク・ハイドブリンク
サウンド・デザイナー:アレクサンドル・ザール
音響効果:チャンギス・シャロック
編集:チャールズ・ラドミラル
衣装:ラモナ・クリムコウスキー
メイク:シャーロット・チャン、キャサリーナ・デ・マロトキ
キャスティング:ステファニー・ペールマン
キャスト
サリヤ・カハヴァッテ:コスティア・ウルマン
マックス:ヤコブ・マッチェンツ
ラウラ:アンナ・マリア・ミューエ
クラインシュミット:ヨハン・フォン・ビュロー
シーラ:ニラム・ファルーク
フリート:アレクサンダー・ヘルト
ハミド:キダ・コドル・ラマダン
ダグマール:シルヴァナ・クラパチ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。