リスクリテラシーを高めたい

2018年4月15日、食のリスクコミュニケーションフォーラム2018(主催:SFSS=NPO法人食の安全と安心を科学する会)の第1回が開催された。以下の3つの講演とパネルディスカッションがあり、本稿ではその中の田中豊教授による講演について報告する。

講演
「消費者の誤解は量の概念の不足から」(長村洋一/鈴鹿医療科学大学)
「市民のリスク認知とリスクリテラシー」(田中豊/大阪学院大学)
「安全と安心の関係をもう一度考えよう」(​関澤純/食品保健科学情報交流協議会)
パネルディスカッション
「市民の食の安心につながるリスコミとは」(進行:山崎毅/SFSS、パネリスト:各講師)

社会の成熟につながるヒント

 田中豊教授による講演「市民のリスク認知とリスクリテラシー」は、「リスク」と「リスク認知」という2つの事柄の定義から始まった。まず「リスク」は損失の程度と損失発生確率の積とする(米国・リスク学会)。一方田中教授は「リスク認知」とは個々の人間に特有のリスク推定の認知プロセスやその推定結果であり、主観的・直観的認知と定義して話された。

 その上で、リスク認知全般についての説明を展開し、「リスク認知のパラドックス」の例も紹介した上で、リスクリテラシーを高めるリスク教育という、社会の成熟につながるヒントが示されたことが、とても有意義であったと感じた。

「市民のリスク認知とリスクリテラシー」の主な内容

※佐々によるまとめ。

 ある事柄についての「リスク」について、一般の人々が気にするのは危険性(リスクの主観的・直感的認知)である。たとえば、出来事の目新しさ、鮮明さ、事故発生時の被害の大きさ・悲惨さのイメージ、制御性(自分はそのリスクをコントロールできるのか)、被害の遅延性(遺伝性のがんのように被害が後から遅れて来るようなものに対してリスクを高く評価する傾向がある)、知覚可能かどうか(目で見えないものなど、五感で感じられないもののリスクを高く評価する傾向がある)、あるいは自然か人工かという視点で危険を認知することが多い。

 しかし、専門家は、年間の死亡率、平均余命、統計的確率、工学的指標といった科学的・客観的な指標をもとに判断する。このように、専門家と非専門家の間で、リスクの認識のあり方に乖離がある。

一般の人々のリスク認知

 一般の人々の認知に関するアンケートをしたところ、以下のように思う人たちが8割前後いた。

  • 「危険性がゼロでない限り、その技術は受け入れるべきでない」
  • 「なんとなく不安な技術は絶対受け入れるべきでない」
  • 「人為的に変化させた動植物は不安」
  • 「放射線はたとえわずかでも浴びると有害」
  • 「同じ放射線量でも高レベル放射性廃棄物から出たものは自然放射線より危険」
  • 「従来の品種改良をした動植物は食べてもいいが、遺伝子組換えをした動植物は食べたくない」

 これらのことは、上述のように、一般の人々のリスク認知は、健康被害の有無、個人による制御可能性、被害の大きさ、知覚可能性が影響して、大きく見積もられる傾向があることを示している。

 一方、たとえば遺伝子組換え作物・食品への一般の人々の態度は否定的だが、遺伝子組換え作物を用いた食品は一般に販売されており、現実の購買行動と一致しているとは言えない。では、遺伝子組換え食品を食べている人たちが実際には多いからといって、それが「受容されている」と言えるかというとそうは考えにくい。このような乖離を放置したままで、今後もしも、遺伝子組換え作物に関連した何らかの事故や事件が起きたり、あるいは危険性を煽る報道がなされたりした場合、遺伝子組換えへの不安は一気に増大するだろう。だから、地道なリスクコミュニケーションは重要である。

一般の人々の感じ方

 人は生来、科学技術のリスクを判断する際、バイアス(偏って感じたり考えたりする)が生じやすい。専門家の判断は妥当であるはずだが、専門家の判断にバイアスがかかることもある。専門家と非専門家が信頼し合わなければ建設的な議論はできない。リスク認知の大家であるポール・スロヴィックは「専門家も非専門家から学んでいくべき」だといっている。

 科学技術の受容を規定する心理的要因には次の3つがある。

  • 認知的要因(利益と不利益)
  • 感情的要因(好き嫌い/不安/怖れ/怒り)
  • 認知と感情的要因の複合要因(信頼/生命倫理)

「リスクリテラシー」を科学技術のリスクとベネフィット、受容の判断を行う上で必要な思考方法を獲得している程度、と定義すると、リスクリテラシーを身に着けている人を増やしていくことが、社会にとって重要である。リスク認知のバイアスの存在、ゼロリスクは存在しないこと、リスクとベネフィットの比較、リスク同士の比較(トレードオフ)、リスク認知のパラドックス、などを学ぶことで、リスクリテラシーが醸成される。

 世の中にはゼロリスクを求める人が多いが、故障しない車、絶対に安全な食品などない。専門家が「絶対安全」だと「言えない」「言わない」のは不誠実だからではないことが理解されなければならない。なぜならば、ゼロリスクは存在しないからだ。

 また、リスクをより小さくしていくためには、人的要因と組織的要因も小さくしなくてはならず、ゼロリスクに近づけるのはますます難しくなり、コストもかかる(中谷内〈2004年〉『ゼロリスクの心理学』ナカニシヤ出版)。

一般の人々のリスクリテラシー

「リスク認知のパラドックス」というものがある。たとえば、平均寿命が延びているということは、生命を脅かすような重大なリスクは減ってきていることと表裏一体なのに、人々は現代社会では重大なリスクは増えていると認知している。これは重大なリスクが解決されると、より小さいリスクを重大だと認識してしまう傾向があるためである。

 だから、生涯にわたってリスク教育は不可欠。リスクリテラシーが充実しても不安はなくならないだろうが、不安な時に立ち止まって考えられる市民を増やしていくことが、社会を成熟させていくことにつながる。

 マズローはヒトの欲求には種類があって5段階の階層構造を呈しており、生きるために欠かせない生理的欲求が満たされるとより上の階層の欲求が出てくると言っている(アブラハム・マズローの「自己実現理論」)。こういう欲求の階層構造はリスク認知と共通しているように見える。これは人間の本質であるので(それを否定するのではなく)リスク認知をみんなで考えようという感覚を育てる、そういう教育や議論の機会を増やしていかなければならない。

結びとお知らせ

 田中豊教授の講話から、現代はより安全で便利な世の中になっているのに、リスクばかりを探している現代人は幸せなのだろうかと思った。リスクとは何か、リスクはどのくらい減ったかの認識を教育によって広めていかなければ、リスクのより少ない環境に暮らしていても、私たちは成熟した社会に到達できないだろう。

 NPO法人くらしとバイオプラザ21では6月25日(月)13:30から、田中豊教授を招いて、コンシューマーズカフェを開く。上述の講話の前半に当たる分析の部分を中心に説明をしてもらった上で、食品添加物、遺伝子組換え、ゲノム編集など、それぞれの分野ごとのリスクコミュニケーションについて話し合う。

日時:2018年6月25日(月)13:30~15:30

場所:くすりの適正使用協議会 1階 会議室

講師:田中豊(大阪学院大学教授)

参加費:資料代・ドリンク代=1,000円(くらしとバイオプラザ21の正会員および協力会員は500円。当日会場にて徴収)

参加:メールで申し込み→bio@life-bio.or.jp

詳細:https://www.facebook.com/events/1001718713300665/

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About 佐々義子 42 Articles
くらしとバイオプラザ21常務理事 さっさ・よしこ 1978年立教大学理学部物理学科卒業。1997年東京農工大学工学部物質生物工学科卒業、1998年同修士課程修了。2008年筑波大学大学院博士課程修了。博士(生物科学)。1997年からバイオインダストリー協会で「バイオテクノロジーの安全性」「市民とのコミュニケーション」の事業を担当。2002年NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員、2011年同常務理事。科学技術ジャーナリスト会議理事。食の安全安心財団評議員。神奈川工科大学客員教授。