嘘で見えなくなった正体――「インフォーマント!」

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「インフォーマント!」(2009、アメリカ)

映画の中の食を鑑賞するコラム。今回はトウモロコシを扱う巨大企業を揺さぶった“告げ口屋”の話を紹介する。

 アメリカ人にとってトウモロコシは特別な作物だ。たとえば「グリーンマイル」(1999)で主人公たちが食べていたコーンブレッドは、南部と北東部のニューイングランド諸州の重要な伝統料理だ。

 現代においては害虫抵抗性や除草剤耐性といった機能や食品としての成分上の特徴を付与した遺伝子組換え品種も登場し、糊、プラスチック、バイオエタノールなどの工業用途も増え、その先物市場は世界経済に大きな影響を及ぼしと、入植時代、開拓時代の素朴なイメージとは異質の存在となっている。

 この映画はそんなトウモロコシを取り扱う穀物メジャーのM社で、1990年代に実際に起きた事件を元にした物語である。

嘘つきの物語

 M社では、トウモロコシのでん粉を糖化してブドウ糖を得て、醗酵させることで必須アミノ酸の一つでさまざまな加工食品に使用されているリシン(リジン)を生産している(現在はトウモロコシ自体のリシン含有量を高めた遺伝子組換え品種も登場している)。ところが、その製造過程にウイルスが混入し、多額の損失を出すという事態が発生する。

 創業家の副社長から責任を追及された工場責任者のマーク・ウィテカー(マット・デイモン)は、日本の食品大手のA社のスパイから脅迫を受けていたと告白し、FBIの事情聴取を受けるが、あろうことかウィテカーはM社がA社を含む各国の食品企業と価格協定を結んでいることを内部告発するという行動に出る。

 かくしてウィテカーは隠しカメラや盗聴器を使った007ばりのインフォーマント(情報提供者)としてFBIに協力することになるのだが(彼は自らを007の倍賢い0014と呼称)、ウィテカーの虚言癖が次第に明らかになっていき、アメリカ中を揺るがす大騒動に発展してゆくというのが大まかなストーリーである。

嘘が呼ぶ嘘

 大企業のエリートとして、若くして経営陣の一角を占めるに至り、高額な年収を得て、妻子と裕福に暮らしていたウィテカーが、なぜ現在の幸福を危険に晒してまで内部告発を行ったのか。

 彼はコンプライアンス遵守のための正義の行動と主張するが、実は自らの責任逃れのためにA社のスパイ事件をでっちあげたのだ。そしてFBIが介入すると、その嘘を覆い隠すためにさらに大きな企業犯罪を“告発”して捜査の関心をそちらにそらしたのである。

 しかし、会社から10万ドルの昇給を提示されるとあっさり捜査への協力を断ろうとするのだが、自分にも捜査の手が及ぶ可能性を知ると再びFBI側へと寝返る。彼には、会社に強制捜査が入って経営陣が一掃されれば、自分が次期社長に就任できるのではないかという、インフォーマントに似合わぬ思惑もあった。

 ついにM社に強制捜査の手が入り、ウィテカーは一躍時の人になるが、自らもリベートを受け取っていたという事実が発覚し、窮地に陥る。

 結局、彼は横領の罪で9年服役することになるのだが、刑務所の場面で、観客は彼の別な欺瞞にも気付くことになる。さらに露呈する自身にまつわる嘘の数々。ウィテカーは、嘘を取り繕うために次々と嘘をつくのだが、彼自身は嘘をつくことに何の罪の意識も感じておらず、ある意味病的とも言える。

 嘘で塗り固められたウィテカーの姿は、冒頭に挙げたコーンブレッドに象徴されるスローフードとは正反対の、加工に加工が重ねられ、食物としての実体が見えなくなってしまっている現代の食卓事情とも重なって映る。

心理劇+娯楽作

 監督のスティーブン・ソダーバーグは、「オーシャンズ」シリーズ(2001~2007)のような娯楽大作(主演のジョージ・クルーニーは本作の製作総指揮に名を連ねている)を手掛ける一方で、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したデビュー作「セックスと嘘とビデオテープ」(1989)のような人間の内面に鋭く迫る心理劇も得意としている。

 本作は主人公の虚言癖の裏に潜む心理の深層を「オーシャンズ」シリーズで会得した軽妙なタッチでコミカルに描いたという点で、ソダーバーグの成熟を感じさせる作品となっている。


作品基本データ

【インフォーマント!】

原題:THE INFORMANT!
製作国:アメリカ
製作年月日:2009年
配給:ワーナー
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:108分
◆スタッフ
監督:スティーブン・ソダーバーグ
製作総指揮:ジョージ・クルーニー 他
脚本:スコット・Z・バーンズ
原作:カート・アイケンウォルド
美術:ダグ・ミーアディンク
音楽:マービン・ハムリッシュ
編集:スティーブン・ミリオン
衣装(デザイン):ショシャーナ・ルービン
◆キャスト
マット・デイモン(マーク・ウィテカー)
スコット・バクラ(ブライアン・シェパード)
ジョエル・マクヘイル(ボブ・ハーンドン)
メラニー・リンスキー(ジンジャー・ウィテカー)

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。