II スパイ・ゾルゲが愛したカクテル(6)

日本に洋酒文化が定着していったプロセスを読み解く第2シリーズ。ゾルゲが飲んでいた酒を特定するには、当時最高級品とされたものを資料から調べればよいので、難しいことではない。とくにこれはと思われるものは3銘柄ある。

ゾルゲが好んだ酒を探す

 当時を知る人の証言によれば、麻布永坂町のゾルゲの自宅の棚には「最高級のウイスキー、ブランデー、ジンや酒のボトル」が並んでおり、帝国ホテルの一室をプライベートルームとしている裕福なオーストリア人ビジネスマンが個人的に集めた高価な酒を勝手に飲むことが許されていた。ゾルゲが瀕死の重傷を負ったのも、そのビジネスマン行きつけのバーでウイスキー一瓶を空けてバイクで帰宅中のことだった。

 個人的にもゾルゲの親友だった駐日ドイツ大使オットーは、あまりに破滅的な彼の生活を心配し、極秘の使命を帯びてドイツから来日した特使ウーラッハに、ゾルゲを連れて帰国させようと考えた。大使は、ゾルゲをそのように説得するために必要となるであろうウイスキーを、ウーラッハに何本も託している。

 当時日本最高の品格を誇ったホテルを自宅代わりにできるほど裕福なビジネスマンの洋酒ストックと、駐日ドイツ大使が託した親友の好物。そこに登場するウイスキーに安物の存在はあり得ない。もちろん、当時日本で問題になり、日本バーテンダー協会が正規輸入代理店の突き上げを受けて排除に動いていた模造洋酒など、論の外だ。

 このことが、逆にゾルゲが飲んでいたウイスキーを特定しやすくしてくれる。

ドイツ産のブランデーとリキュール

 スパイ・ゾルゲが探っていたことを一言でいうと「ドイツと日本がソ連国境で戦争を仕掛けてくるか」ということだった。これは簡単そうに思えるかもしれないが、実は総理大臣から現地軍司令官に至るまで明確に答えることは出来ない問いだった。とくに日本の場合、現地司令官の暴走を政治と外交が息切れしながら後追いする図式が満州事変以降は定着していたので、一見単純明快なこの問いへの答えを見つけ出すのは容易なことではなかった。これを調べるには、多数のスタッフとそれを支える莫大な機密費を必要とした。

  • アスバッハ・ウラルト(ブランデー)とホルステン(ビール)
    アスバッハ・ウラルト(ブランデー)と、ラインゴールドでも出されていたホルステン(ビール)。「Standard Cocktailbook」〈室井良介著・品川潤編/1936〉掲載の広告)
  • 独ギルカ社製キュンメル(1930年代)
    「Vintage spirits and forgotten cocktails」より。当時から戦後長く定番だった独ギルカ社製キュンメル(1930年代)

 自国の領土に敵の砲弾が落ちて来ているときに「日本政府は戦線不拡大方針だったんですけど……」と言うのでは言い訳にもならない。そのため、ゾルゲ・グループ軍事情報担当の宮城与徳は現地部隊の装備や日本から関東軍に送られる部隊の数と名称を調べ、さらに現地に駐在する部隊の士気の高低を確認するために国境近くの、二階に煎餅布団を敷いた小部屋付きの怪しげなカフェーにまで潜り込んで兵士の会話に聞き耳を立てている。

 しかし、我々がゾルゲの飲んでいたウイスキーの銘柄を言い当てることはたやすい。前述の理由から、筆者の自宅に山積みされて時折雪崩を起こす資料の山と、国会図書館の古い文献、神田の古本屋街、あとは好奇心旺盛なバーテンダー諸兄と交わす会話から得られるヒントがあれば、かなりの確度で特定が可能なのだ。

 そこまでやらなければ偶発的な武力衝突を含めた予測ができないほど、ドイツが破竹の進撃を続ける当時の状況は一触即発だった。

 ドイツ・ウイスキーというと丸っこい愛嬌のある瓶で有名な「ラッケ」(RACKE)が最初に思い浮かぶが、これの製造開始は昭和33年だからゾルゲが飲んだウイスキー・リストには加えられない。「ファルクナー」(Del Falckner)やヤコブ・シュトゥック(Jacob Stück)も昭和40年代前後の製造開始だから対象から除かれる。

 逆に間違いなく彼が口にしていたであろうドイツ酒の一つに、戦前から評価が高く、銀座のバー「クール」の一番高い棚にも置いてあった「アスバッハ・ウラルト」(Asbach URALT)があるのだが、これはブランデー。リキュールとしては昔から「ベルリナー・キュンメル」(Berliner Kümmel)が明治時代から輸入されていたから、甘口で飲みやすいこともあって、彼が女性と共に入った本格バーで自分の国の酒だ、と紹介した可能性は高い。

昭和初期のスコッチ番付

 ウイスキーに話を移そう。

 戦前のJBAで庶務次長を務め、戦後、日本バーテンダー協会がNBAと改称後に初代会長となった長谷川幸保が挙げた昭和10年から12年頃の番付を見てみよう。取りあえず彼は、普及版スコッチとして「ブラック&ホワイト」(Black&White)、「ホワイトホース」(WHITE HORSE)、「ジョニ赤」(Johnnie Walker)、「バット69」(VAT 69)等を挙げている。続く高級品としては「ジョニ黒」「オールドパー」(Old Parr)、「ディンプル」(Dimple)、「ローヤルパレス」(Royal Palace )、「グランマクニッシ」(Grand MacNish)、「フルストレングス」(FULSTRENGTH)、「マッキーホワイトホース」。ここまでは現在でも流通している銘柄が多い。

関東卸売相場表(単位は1ダース、円)
関東卸売相場表(単位は1ダース、円/銭)「レアーオールド」「ロイヤルハウスホールド」の価格に注意されたい。

 現在でもオークションでしばしば見かけるこの辺について言うと、ホワイトホースはラベルの文字が多ければ多いほど古いものだし、バット69はダンピー(ずんぐり)瓶が古いことは覚えておいて損はない。ジョニ赤は1世代前のものまではコストパフォーマンスが信じられないほどよかったことも付記しておこう。これはあくまでも筆者の個人的な見解だが、ジョン君がラベルから躍り出てくる前のジョニ赤では外れたことがない。

「ディンプル」(ピンチ/Pinch)は根強いファンが筆者の知り合いにも二人ほどいて、金網付きで目減りもオリもないものは1万円以上の価値がある。ティンキャップならさらに価値が高いのだが、幸か不幸かモルト・ウイスキー至上主義の昨今の風潮で、日本でのブレンデッド・ウイスキーの評価は必ずしも高くないらしく、つい先日の某オークションでは1万3000円で落札されていた。パソコン画面の前で買おうか買うまいか半月以上悩み続けた筆者のことなどお構いなしに、たぶん今ごろはどこかのバーの棚か好事家のキャビネットに収まっているに違いない。

最高級品は3銘柄

 で、ゾルゲが口にしていたはずのプレミア・スカッチ(なぜ「カ」に力を入れて「スカッチ」と言うとそれだけでうまく感じられるのだろう)の最高級品として長谷川が挙げたのが「レア・オールド」(RARE OLD)、「カメオ」(CAMEO)、「ネプラスウルトラ」(Ne plus ultra)の3本だ。

 いずれも、よほど高齢のバーテンダーかビンテージもののウイスキー好きでなければ初めて聞く銘柄だろうと思われる。

 次回は、筆者がたまたま口にしたことのあるものの感想も含めて戦前、至高とされてきたこれらのウイスキーに、もう1銘柄加えて説明していくこととしたい。

(画・藤原カムイ)

About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。