コメの値段より土地の値段に興味のある人々

 先日、農業者大学校の閉校式にうかがいました。

 農業者大学校は、農業経営者とくに地域のリーダーとなる人材を育成する唯一の国立教育機関として1968年東京都多摩市に設立されました。2001年機構改革により独立行政法人に移行し、2006年には農業関係の他の独立行政法人と統合し、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の内部組織となりました。2008年に筑波農林研究団地(茨城県つくば市)に移転、非農家出身者にも門戸を開放し、教育課程も刷新しました。

 しかし、2010年4月27日行政刷新会議の事業仕分け 第2弾(3日目)で「農業者大学校における教育は平成23年度末をもって終了」とされました。これを受けて同大学校はこの3月末日をもって閉校となり、3月23日に閉校式が執り行われたわけです。

 今日は農業者大学校や事業仕分けの結果についての論評はしません。代わりに、電車の駅から現地にうかがう際に乗ったタクシーでのお話をちょっと披露します。なお、農業者大学校の名誉のために申し添えますが、このタクシー料金は私のポケットマネーで支払いました。

 ドライバー氏は60代後半とおぼしき男性。おしゃべりの好きな方です。私は茨城県の農家を訪ねることも多いので、だいぶ茨城弁には慣れたつもりだったのですが、この方は地元の人同士の会話の調子のままなので、お話にはちょっと苦労しました。方言は再現できないのと、話の前後など多少の脚色があることはご承知置きください。

 お話によると、この方は農家です。タクシードライバーはパートタイマーとしての勤務。何日かに一度、1日数時間の乗務で数千円の固定給とのことでした。

 乗車して行き先を告げると、すぐにわかってくれました。

「今日はあそこ多いんだ。卒業式なんだな」
――いいえ、閉校式です。
「ああ、廃止になったんだな。お客が減るなあ」
――そうですか。
「こっちに来たばっかりなのにな。もったいない。あ、そうか。ということはあんた、チケットかね?」
――いいえ。自分で現金でお支払いしますよ。
 農林研究団地循環の路線バスの便は必ずしもよくないので、閉校式へ向かうのにタクシーを利用した方はけっこういらしたようです。
 走り出すと、ドライバー氏は道すがらところどころ目に付く駐車場に興味があるようです。
「ああ。ここも駐車場になったな」
――農地だったんですか?
「ああ。駐車場はラクでいいんだ。アパートはだめだ。金が入ったと思ったら、修理だのなんだの。金はかかるし、面倒だし。駐車場なんか何も建てなくていいし、草刈りするだけだからな」
――今年はコメはどんな風になるんですか。地震のあと放射能騒ぎのことだとか、いろいろ心配があるでしょうね?
「ああ。そうだな……」
 コメの話は食いつきがよろしくない。まあ、田植えもまだ先のことだししかたないかと思いましたが、話は地域から飛び出します。
「あのTPPとかどうなるのかね?」
――さて、どうでしょうね。この先は時間がかかるでしょう。
「そうかね。そう言えば、なんか中国からもコメが入って来てるらしいね」
――スーパーが売り出していますね。5kgで1000円ちょっとの値段で、買った人にはまあまあ評判がいいようですね。
「TPP反対!」「外米許さん!」とかとぶち上げるかと思いきや、ドライバー氏は落ち着いたものです。
「カリフォルニア米とかもあるんだよな。うまいらしいな」
――もとは日系人が始めたんですよね。中国でも指導しているのは日本人というケースはあるでしょう。外国へ行って作る手はありますよね。
「まあ、コメなんか作るよりな、駐車場とかアパートとかタクシーやってたほうがずっといいんだ」
「ところであの建物はどうなるんだね。壊すのかね。せっかく作ったのにもったいないことだ」
――さあ。何かに使うんじゃないですか。でも、壊して建てれば地元は潤うわけでしょう?
「そういうことだ!」

 他の地域の方ですが、「ウチの周りの農家はコメの値段より土地の値段に興味のある人たち」と言っていた人を思い出しました。この人の場合、周囲の農家からの借地で規模を拡大していましたが、補助金等の政策が変わったのを受けて農地の“貸しはがし”に遭い、がっかりしていました。その結果、最近ついに自分の地域をあきらめ、県を越えて全く別な地域に拠点を移しました。

 制度が変わりながら、農業生産法人以外の法人による農地利用・保有が進まないということがあります。データ的には企業の農業参入件数は増えていることになっていますが、個別のケースでは規模拡大が思うように進まないという話はよく聞きます。その背景として、企業による農地転売・転用を恐れているというよりも、農家による農地転売・転用のチャンスが奪われることを恐れているというケースは、少なからずあるでしょう。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 302 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →