がむしゃらなチャレンジャー農家の方へ(5)イノベーション!

施設栽培の制御板
水耕栽培の制御板。ベテラン生産者の栽培管理のノウハウがソフトウエア化されていて、同じベテラン栽培者が同時に複数の施設で活動するのと同様の働きをする(記事とは直接関係ありません)

米を「来週収穫しよう」と考えていた矢先に台風が来た。風雨が去った青空の下、水田に行ってみたら稲が全部倒れていて肩を落とす。しかし、道すがら軽トラから眺めていると、どの株もすっくと立ったままの水田が目に飛び込んできた。そのとき、「太郎さんは窒素切るのがうまいからな……」などと思うでしょう。

説明できない知恵を理屈と数字に分解する

風で倒伏したコシヒカリ
風で倒伏したコシヒカリ(記事とは直接関係ありません)
施設栽培の制御板
水耕栽培の制御板。ベテラン生産者の栽培管理のノウハウがソフトウエア化されていて、同じベテラン栽培者が同時に複数の施設で活動するのと同様の働きをする(記事とは直接関係ありません)

 なぜそこを追究しないのですか?

 上手な人がいる。聞いてみたけれど、もったいぶって教えてくれない。それでも食い下がって聞いたり、日ごろの仕事をまねたりしていれば、だんだん勘が備わってくる。

 それはいいでしょう。

 では、それを人に伝えるほどに理解できたかどうか。そこまでいって本当の“追究”です。暗黙知(言葉では説明できない行動の知恵)を暗黙知として教わり、でもやはり暗黙知のままにしているから、「もったいぶって教えてくれない」ことになる。でも、暗黙知を理屈と数字に分解して標準化すれば、繰り返し同じことができて、人にも教えられるようになる。日本の農業のこれからの伸び代はそこにあるでしょう。

 FoodWatchJapanに関係する人では、たとえば岡本信一さんが、ケミカルなどの資材費削減、天候リスクの低減などに着目した指導や生産者との研究を進めていますが、そこを狙っているのは彼だけではありません。

 たとえば、早くから有機栽培に取り組んできた人たちには、資材費を抑えるためのさまざまな技術、ノウハウの蓄積があります。それは、有機JAS以降に雨後の筍のように現れた、いわゆるケミカルを有機認証が取れる資材に置き換えるというタイプの栽培法とはレベルが違います。もともと、水田や畑に入れるものを少なくするという考え方に基づくものです。そうした技術、ノウハウを持つ人の役割の重要さは、これからさらに高まっていくでしょう。

 このように、資材費を抑える技術、ノウハウは、作物の健康状態を引き上げる方向で考えられています。これは結局、作物を雨や風に負けない丈夫なものに育てることであると同時に、すなわち生育が揃い、単収増を実現することに当然に寄与し得るものと言えます。

 天候に左右されず、生育が揃って量も出せるということは、計画的に出荷できるようになるということです。つまり、買い手に対してジャストインタイムで品物を届けられるようになること、すなわち決定的な納期短縮を実現するということです。

役者はすでに揃っている

サターンロケットの打ち上げ
サターンロケットの打ち上げ(NASA/アメリカ航空宇宙局)

 スマートフォンを持つ人が増えましたが、iPhoneやその前に売り出されて音楽の流通を変えてしまったiPodは、実はさほど目新しい特殊な技術によって開発されたものではありませんでした。音楽をデータで保存し、そのデータを流通させる仕組みはiPod以前にすでにあり、日本のメーカー等も、その仕組みによるプレイヤーを発売していました。携帯電話ももちろんすでにあったものです。小さなタッチパネルもあった。それを動かすソフトもあった。データを供給するWeb上の仕組みもあった。iPodやiPhoneならではの新しい技術というは、まずほとんどなかったでしょう。

 しかし、iPod、iPhoneが違ったのは、その組み合わせと、デザインと、ライフスタイル(消費スタイル)の提案と、世界観が、独特で優れていたという点です。すでにあるものを組み合わせ、全く新しい価値を創造し、それによって社会を変えた。

 それがイノベーションと呼ばれるものです。

 日本の新しい農業の形は、誰かの頭の中にあるでしょう。あるいはこれから湧き上がるでしょう。そして、それを実現する技術や道具は、きっとすでに身の回りや海外にあるのです。要は組み合わせです。

 人間を月に送り込んだアポロ計画。その本体を飛ばしたサターンロケットはフォン・ブラウンらが開発したものでした。彼らは、悪名高きナチス・ドイツのV2弾道ミサイルを開発した人たちでしたが、アメリカに亡命して宇宙ロケットを開発するという本来の夢を実現させた人たちです。

 V2の試射から17年後。出来上がったサターンロケットを見上げながら、ナチスから逃れたフォン・ブラウンらの守護神のように立ち回っていた老人が、彼に尋ねました。

「V2と何が違うんじゃ?」

 フォン・ブラウンはこう答えたということです。

「ちょっと大きくなったのと、多段式になったことですかね」

これからの農業の形

 さて、だいぶ遠回りしましたが、これからの農業生産をどうしていくんだというお話です。

 このシリーズの最初の回を思い出してください。まず、米がかつてのようにたくさん、そして高く売れることは、今後あまり期待すべきではないでしょう。国内の米の生産量のピークは1445万t(玄米・1967年)ですが、今では882万t(同・2008年)というレベルです。しかも、このシリーズの最初で述べたように、栄養や食事の楽しみ方に対する新しい考え方や感じ方が普及すれば、これはさらに減っていく可能性があります。

《つづく:2013年7月24日掲載予定》

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →