わけあって空腹のランナーたち

スポーツ映画の食(2)

2020年の東京オリンピック開催にちなみ、スポーツを題材とする映画とその中に登場する食べ物にスポットを当てるシリーズの2回目は、人間の基本動作である走りを競う、スポーツの原点とも言える陸上競技を取り上げる。

「炎のランナー」の豚の足

「炎のランナー」より。ユダヤ人のハロルドが女優のシビルと行ったレストランで出てきたのは豚の足の料理だった。
「炎のランナー」より。ユダヤ人のハロルドが女優のシビルと行ったレストランで出てきたのは豚の足の料理だった。

 1981年製作のヒュー・ハドソン監督作品「炎のランナー」は、名門ケンブリッジ大学の主力短距離ランナー、ハロルド・エイブラハムズ(ベン・クロス)と、プロテスタントの宣教師の家に生まれ、走ることで神の祝福を感じることができるスコットランド人、エリック・リデル(イアン・チャールソン)という二人の若者を対比しながら、陸上競技のイギリス代表選手たちが1924年のパリオリンピックでメダル獲得を目指す実話を基にしたドラマで、第54回アカデミー賞の作品賞を受賞した名作である。

 劇中、ケンブリッジの陸上仲間と観劇に行ったハロルドが、出演女優のシビル(アリス・クリージ)に一目ぼれし、楽屋に挨拶に行って食事に誘うくだりがある。この頃は新聞等でハロルドの活躍が広く伝わっていて、シビルの弟がハロルドのファンだったことから彼女は誘いに応じ、行きつけのレストランにハロルドを案内する。

 シビルは「いつもの」と料理を注文し、ハロルドも「同じものをと頼む」。シビルはハロルドになぜ走るのかと問うが、ハロルドがユダヤ人であることで被る差別と戦うためだと答えていたとき、給仕が運んできた料理が「豚の足」だったことから二人は困惑する。ユダヤ教ではコーシャー(コシェル、カシェル)という厳しい食事規定があり、豚の足はコーシャーにそぐわないものだからだ。

 その場は苦笑いで済み、シビルとの距離を縮めるきっかけにはなったものの、ハロルドが抱いているコンプレックスの深さがよくわかるシーンであった。

「最後のランナー」のレース用特別食

「炎のランナー」のもう一人の主人公、エリック・リデルのパリオリンピック後の人生を中国人の運転手、ジ・ニウ(ショーン・ドウ)の視点で描いたのが、2016年製作のスティーブン・シン、マイケル・パーカー監督作品「最後のランナー」である。

 エリック(ジョセフ・ファインズ)はオリンピック終了後、母国のイギリスを離れ、出生の地である中国の天津に宣教師として赴任する。現地でカナダ人のフローレンス(エリザベス・アレンズ)と結婚して3人の娘をもうけ、教師としても活動していた1937年、日中戦争開戦時から物語は始まる。

 戦局が激化する中、エリックは中国人の被災者に寄り添う活動を続けていたが、1941年に太平洋戦争が始まり、イギリスが日本の敵になると妻子をカナダに帰して自分は中国に留まり、1943年、日本軍によって山東省濰坊の収容所に送られる。

 食料制限と重労働の劣悪な環境に収容者が苦しむ中、“脚に”覚えがある収容所長のクラタ(浅野長英)は自分とのレースをエリックに命じ、彼だけにパン、肉、野菜、果物等の特別食を支給する。しかしエリックはその特別食を収容者の子供たちにすべて分け与え、衰弱した状態でレースに臨んだため、クラタの怒りを買って穴倉に閉じ込められてしまう。エリックの身を案じて収容所に潜入したニウが食料を持ってやってくるが、エリックはその食料すら隣の穴倉の男に与えてしまうのだ。

 日本の敗色が濃厚になるにつれ収容者への食料供給が滞るようになり、病気や栄養失調で倒れる者が続出する。エリックは外部から物資を調達できるように、収容所と外部を隔てる電気柵の電源を一時落とすことを賭けてクラタとの再レースを申し出る。ここでクラタはレースの日に日曜日を指定するが、それはエリックがパリオリンピックのとき、100mの予選がキリスト教の定める安息日(日曜日)と重なったために棄権したことを知っていたからだ。このエピソードは「炎のランナー」で詳しく描かれている。しかしエリックは神の教えに背いてでも目の前にいる苦しんでいる人を救うため、自らも病魔に蝕まれながらレースに臨む。この意志の強さこそが、エリックの神がかり的な走りの原動力といえるだろう。

「不屈の男 アンブロークン」のニョッキ

 ハリウッドスター女優、アンジェリーナ・ジョリーの監督第二作「不屈の男 アンブロークン」(2014)は、1936年のベルリンオリンピック5000mアメリカ代表として8位に入賞したルイ・ザンペリーニの伝記(ローラ・ヒレンブランド著)を原作としたドラマである。

 映画は次の三部構成となっている。

  1. イタリア移民の子で非行少年だったルイ(ジャック・オコンネル)が兄の助けを得て更生し、ベルリンオリンピックで活躍するまで
  2. オリンピック後に始まった第二次世界大戦で爆撃手として乗っていた爆撃機が不時着し、生き残ったラッセル・“フィル”・フィリップス( ドーナル・グリーソン)とフランシス・“マック”・マクナマラ(フィン・ウィットロック)の二人とゴムボートで太平洋上を47日間漂流した末に敵である日本軍の艦船に発見されるまで
  3. 日本軍の捕虜となって東京の大森捕虜収容所に送られ、捕虜たちから「バード」と呼ばれ恐れられた渡邊伍長(MIYAVI)から執拗な虐待を受けながら、決して屈せず終戦の日を待つ日々

 このなかでフード的視点で気になったのが2の太平洋漂流のくだりである。わずかにあったチョコレートはマックが早々に食べてしまい食料の確保が切実な問題になる中、ルイたちは水鳥を捕まえるが不味くて吐いてしまう。次に水鳥の肉を餌にして魚を釣り上げるが、火を起こせず生で食うことが敵である日本人のようで、レモンやニンニクで調理しないとダメだと言うのがイタリア料理に慣れ親しんだルイらしい。

 時折味方機が上空を通りがかるが、発光弾を撃っても気付かれない中、いちばんタフだったのはスポーツで鍛えていたルイで、彼の母親が作るニョッキのおいしさを材料や調理法を詳細に話すことで想像力をかき立てさせ、ニョッキを食べるまでは死ねないぞと皆を励ます精神力はエリック・リデルにも通じるものがある。

日本は許されたのか

「最後のランナー」と「不屈の男 アンブロークン」は公開前から反日映画としてとらえる向きもあったが、映画史的に見れば反日プロパガンダと呼ばれる映画は太平洋戦争当時からハリウッドで多数製作されており(本連載第109回参照)驚くには当たらない。

 また、「最後のランナー」のエリック・リデルは敵である日本のために祈っているし、「不屈の男 アンブロークン」のルイ・ザンペリーニは彼を捕らえた日本軍の元軍人たちに戦後面会し直接許しを伝えている。しかし作り手側の意図はさまざまである。ここはそれらについての賛否を述べる場ではないが、アジアだけでなく世界各地で日本軍の戦時中の行いがどのように見られているのか現状を把握しておくことは相互理解に役立つと思われる。


【炎のランナー】

「炎のランナー」(1981)
作品基本データ
原題:Chariots of Fire
製作国:イギリス
製作年:1981年
公開年月日:1982年8月14日
上映時間:123分
製作会社:エニグマ・プロ
配給:20世紀フォックス
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ヒュー・ハドソン
脚本:コリン・ウェランド
製作総指揮:ドディ・フェイド
製作:デイヴィッド・パトナム
撮影:デイヴィッド・ワトキン
美術:ロジャー・ホール
音楽:ヴァンゲリス
編集:テリー・ローリングス
衣裳デザイン:ミレーナ・カノネロ
メイクアップ:メアリー・ヒルマン
音楽コーディネーター:ハリー・ラビノウィッツ
キャスト
ハロルド・エーブラムス:ベン・クロス
エリック・リデル:イアン・チャールソン
アンドリュー・リンゼイ:ナイジェル・ヘイヴァース
オーブリー・モンタギュー:ニコラス・ファレル
ヘンリー・スタラード:ダニエル・ジェロール
ジェニー・リデル:シェリル・キャンベル
シビル・ゴードン:アリス・クリージ
トリニティの学長:ジョン・ギールグッド
キースの学長:リンゼイ・アンダーソン
バーケンヘッド卿:ナイジェル・ダヴェンポート
サンディ・マクグラス:ストルーアン・ロジャー
サム・ムサビーニ:イアン・ホルム
カドガン卿:パトリック・マギー
チャールズ・パドック:デニス・クリストファー
ジャクソン・ショルツ:ブラッド・デイヴィス
皇太子:デイヴィッド・イエランド
サザーランド公爵:ピーター・イーガン

(参考文献:KINENOTE)


【最後のランナー】

「最後のランナー」(2016)
作品基本データ
原題:ON WINGS OF EAGLES
製作国:中国・香港・アメリカ
製作年:2016年
公開年月日:2018年7月14日
上映時間:96分
配給:ブロードメディア・スタジオ
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:スティーブン・シン、マイケル・パーカー
製作:マーク・バシーノ、ジム・グリーン、スティーブン・ラム、スティーブン・シン
脚本:スティーブン・シン、マイケル・パーカー、クリストファー・C・チャン
撮影:チェン・シウキョン
音楽:スコット・グリアー
キャスト
エリック・リデル:ジョセフ・ファインズ
ジ・ニウ:ショーン・ドウ
フローレンス:エリザベス・アレンズ
クラタ:浅野長英

(参考文献:KINENOTE)


【不屈の男 アンブロークン】

「不屈の男 アンブロークン」(2014)
作品基本データ
原題:UNBROKEN
製作国:アメリカ
製作年:2014年
公開年月日:2016年2月6日
上映時間:137分
製作会社:レジェンダリー・ピクチャー、ジョリ・パ、3アーツ・エンターテインメント
配給:ビターズ・エンド
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:アンジェリーナ・ジョリー
脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、リチャード・ラグラヴェネーズ、ウィリアム・ニコルソン
原作:ローラ・ヒレンブランド
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:アレクサンドル・デスプラ
キャスト
ルイ・ザンペリーニ:ジャック・オコンネル
ラッセル・”フィル”・フィリップス:ドーナル・グリーソン
渡邊伍長:MIYAVI
ジョン・フィッツジェラルド:ギャレット・ヘドランド
フランシス・”マック”・マクナマラ:フィン・ウィットロック

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。