「異人たちの夏」死者との食事

本日(8月16日)は月遅れ盆の送り火。お盆でこの世に戻って来ていた死者の霊をあの世に送り出す日と言われている。映画においても死者がこの世に戻って来るシチュエーションの作品は古今東西数多存在する。

 今回はその中から1988年製作の「異人たちとの夏」と劇中に登場する印象的な食べ物について述べていく。

 本作の原作は、「男たちの旅路」(1976〜1982)、「岸辺のアルバム」(1977)、「ふぞろいの林檎たち」(1983)等、多くの人気ドラマを手がけた脚本家、山田太一が第一回山本周五郎賞を受賞した小説「傷だらけの天使」(1974〜1975)の市川森一が脚本、「HOUSE ハウス」(1977)、「転校生」(1982)、「時をかける少女」(1983)の大林宜彦が監督、「蒲田行進曲」(1982)の風間杜夫が主演を務めている。

彼岸と此岸をつなぐ浅草の食べ物

 妻子と別れて一人暮らしの脚本家、原田英雄(風間)が住むマンションはオフィス用途が多く、夜は英雄の部屋以外は三階の一軒しか灯りが点いていなかった。ある夜、そのもう一軒に住む若い女性、藤野桂(名取裕子)が英雄の部屋を突然訪ねて来る。シャンパンを開けたのだが飲みきれないので一緒にどうですかというのだが、英雄は冷たく拒絶する。

 そんな気分ではなかった。この直前にテレビ局プロデューサーの間宮一郎(永島敏行)とインド料理店で食事をした折、間宮は英雄の別れた妻と付き合いたいと告白してきたのだった。

 この夜の出来事がすべての始まりとなった……。

 地下鉄のゴースト・ステーション(廃停車場)の取材中に仲間とはぐれた英雄は、気晴らしに故郷の浅草へと向かう。まず入ったうなぎ屋「小柳」で、英雄がガツガツ食べるのとは対照的に、ゆっくり噛み締めて食べる老人がいる。すし屋横丁の「日乃出煎餅」では一枚一枚ひっくり返して堅焼き煎餅を焼く職人に接し、英雄の周りの時間はゆっくりと流れ始める。その時間の歪みが、浅草演芸ホールでの父・英吉(片岡鶴太郎)との再会につながったように映る。

冷たいものとチーズ占い

 英雄が12歳の時、英吉と母・房子(秋吉久美子)は共に交通事故で亡くなった。その英吉に誘われ、英雄は彼の家に行くことに。途中、英吉は自動販売機で缶ビールを2本買い、1本を英雄に持たせ、もう1本は自分が持つ。ビールがぬるくならないように英雄にはハンカチを使えというが、自分の手は特別なのでいらないという。英吉は手が冷たくなければというすし職人なのだ。

 英吉の家である下町の長屋で房子とも再会を果たした英雄は、童心に返って両親に甘え、上機嫌で帰宅する。

 マンションの玄関先で桂と再会した英雄は先日の非礼を詫び、改めて家に招待する。後日、桂が持参したチーズから、英雄は木炭の灰をまぶしたヤギのチーズを選ぶ。実はそれは選んだチーズで人を見るチーズ占いで、英雄は桂に「傲慢」と言われてしまう。この後2人は関係を持つが、このチーズ占いに桂の真意があったことが後に明らかになる……。

 あまりの懐かしさから英雄が英吉の家を再訪すると、房子が手動のアイスクリームメーカーを回していた。英吉が市販品では甘過ぎるといったからだとのことだが、先の缶ビールの件やすしの件と合わせ、冷たいものに縁があるのも両親が異人(幽霊)であることを暗示していると思われる。

真夏のすき焼き

英雄は浅草の今半別館で異人の両親とすき焼き鍋を囲む。立ち上るすき焼きの湯気とステンドグラスから差し込む夕陽が幻想的な雰囲気を醸し出している。
英雄は浅草の今半別館で異人の両親とすき焼き鍋を囲む。立ち上るすき焼きの湯気とステンドグラスから差し込む夕陽が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 両親と桂、二つの出会いによって人生に活気を取り戻した英雄。ところが、その喜びとは裏腹に彼の頬はこけ、目の下に隈が出来て、みるみるうちにやつれていく。死んだはずの両親との再会を告白した英雄に、桂は二度と両親と会ってはいけないと忠告する。いくたびかの躊躇の末についに英雄は決断し、生前親子三人で記念写真を撮ったこともあるハレの場、浅草のすき焼きの老舗、「今半別館」の座敷に両親を招待するのだが……。

不屈の巨匠

 本作の大林宜彦監督は、2016年8月に肺癌のステージ4であることが判明。医師から余命宣告を受けながら「花筐/HANAGATAMI」(2017)を完成させた。さらに今年の10月に開催される第32回東京国際映画祭では新作「海辺の映画館─キネマの玉手箱─」を含む特集上映が予定されている(※)。病気を克服し、ますますのご活躍を期待したい。

※東京国際映画祭「第32回TIFF特集企画第1弾決定!映像の魔術師、日本を代表する映画監督の偉大な軌跡 Japan Now部門『大林宣彦監督』」
https://2019.tiff-jp.net/news/ja/?p=52261

【異人たちの夏】

「異人たちの夏」(1988)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1988年
公開年月日:1988年9月15日
上映時間:108分
製作会社・配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:大林宣彦
脚色:市川森一
原作:山田太一
製作:杉崎重美
プロデューサー:樋口清
撮影:阪本善尚
美術:薩谷和夫
音楽:篠崎正嗣
録音:島田満
照明:佐久間丈彦
編集:太田和夫
助監督:松原信吾
キャスト
原田英雄:風間杜夫
原田房子:秋吉久美子
原田英吉:片岡鶴太郎
間宮一郎:永島敏行
藤野桂:名取裕子
今村綾子:入江若葉
原田重樹:林泰文
管理人:奥村公延
仲居:角替和枝
下足番:原一平
地下鉄公団職員:栩野幸知
落語家:桂米丸
落語家:柳家さん吉
歯科医:笹野高史
タクシー運転手:ベンガル
川田淳子:川田あつ子
女性マネージャー:明日香尚
八ツ目鰻屋の主人:本多猪四郎
原田英雄(少年期):中山吉浩

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。