「家族のレシピ」の日星料理

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今回は、日本とシンガポールを舞台に家族のドラマを通してアジアの食文化の融合を描いた「家族のレシピ」をご紹介する(シリーズ「平成のごはん映画を振り返る」は次回以降に続きます)。

父の味、ラーメン(拉麺)

 映画は群馬県高崎市で行列を作る人気ラーメン店「すえひろ」から始まる。余談だが、昨年公開の「ラーメン食いてぇ!」(本連載第191回参照)も高崎のラーメン屋が舞台だった。国産小麦の産地である北関東の主要都市、高崎はラーメンの穴場なのかも知れない。

「すえひろ」は店主の山本和男(伊原剛志)と弟の明男(別所哲也)、和男の息子、真人(斎藤工)の家族三人で切り盛りしている。かつて、和男はバブル期にシンガポールに渡り、海外赴任の日本人向けの懐石料理店で板前として働いていた。そして、行きつけの食堂の娘、メイリアン(ジネット・アウ)と恋仲になり結婚し、真人が生まれた。真人が10歳のときに一家で和男の故郷の高崎に移り、和男の実家のラーメン屋を継いだのだった。

 アバンタイトル(タイトルが出る前のシーン)では「すえひろ」のラーメンの調理工程がモンタージュで映し出され、和男の前職である懐石料理を思わせる美しい仕上がりは食欲をそそるものがある。

 しかしメイリアンが病気で亡くなって以来、和男は石のように心を閉ざしてしまい、同じ家、同じ職場にいながら真人との会話は少なくなっていた。

 真人は、母との記憶をたどるかのように、シンガポール在住の日本人フードブロガー、美樹(松田聖子)のブログ等で情報収集し、子供の頃に食べたシンガポールの味をラーメンのスープで再現しようとしていた。

 そんな折、和男が急逝。真人は父の遺品から、マンダリン(普通話と言われる中国標準語。シンガポールでも一般によく使われている)で書かれた母の日記と、母の弟ウィー(マーク・リー)からの手紙を見つけ、亡き両親のルーツを求めてシンガポールへと旅立つ。

母の味、バクテー(肉骨茶)

 真人はマンダリンが読める美樹に協力を仰ぎ、ウィーの手紙を手掛かりにウィーが経営する料理店を探し回る。この過程でチキンライス、チリクラブ、フィッシュヘッドカレー等、中国系、マレー系、インド系等の食文化が融合した「食の王国」シンガポールの名店の料理の数々が拝めるのも贅沢な体験だ。そして探し当てたウィーの店でバクテー(肉骨茶)を口にした真人は、幼い頃に母とこれを食べたことを思い出す。

 バクテーは、豚の骨付きのあばら肉をスパイスやハーブと一緒に煮込んだスープ料理である。港で過酷な肉体労働に従事していた中国系の労働者が、スタミナを付けるため、解体後のわずかに肉片の付いた骨をニンニクや漢方のハーブと一緒に煮込んで食べ、食後はお茶を飲みながら語り合ったことから肉骨茶と呼ばれるようになったという(異説もある)。

 真人がシンガポールに来た真の目的は、ウィーに会ってバクテーの作り方を教わり、両親の思い出につながることだった。ウィーは快諾し、真人に出汁用と食用の豚あばら肉の選び方と切り方、コショウやニンニクの選び方、煮込む時間、火の加減等、バクテー作りのすべてを教え込む。

ラーメン・テー(拉麺茶)の誕生

日本のラーメンとシンガポールのバクテーを融合させた「ラーメン・テー」。
日本のラーメンとシンガポールのバクテーを融合させた「ラーメン・テー」。

 母メイリアンの日記には真人に遺した家庭料理のレシピと共に実母であるマダム・リー(ビートリス・チャン)との葛藤が書かれていた。マダム・リーは太平洋戦争時の日本占領時代に日本軍に家族を殺されたことから日本人を憎んでおり、メイリアンと和男との結婚に反対し、メイリアンが反対を押し切って結婚した後は親子の縁を切り、メイリアンはもちろん、赤ん坊の真人とも会おうとしなかった。そして現在も。対面を拒絶されたことに真人は大きなショックを受ける。

 女手一つで広東料理店を経営しながらメイリアンとウィーを育て上げたマダム・リーに認めてもらい家族の絆を取り戻すには料理で結果を出すしかないと考えた真人は、父(日本)の味=ラーメンと母(シンガポール)の味=バクテーを融合させた「ラーメン・テー」の開発に乗り出す。美樹の働くバーで知り合った、シンガポールでラーメンチェーンを展開するけいすけ(竹田敬介)やウィーの協力を得てついにラーメン・テーは完成。マダム・リーに届ける日がやってくる……。

ラーメン・テーから始まった企画

 監督のエリック・クーはシンガポールの代表的映画監督の一人であり、「TATSUMI マンガに革命を起こした男」で劇画の生みの親、辰巳ヨシヒロ原作のアニメーションを監督するなど日本通として知られる。その彼が、日星外交関係樹立50周年を記念する映画の監督を依頼されたとき、両国の国民食であるラーメンとバクテーを融合させるアイデアを思い付き、実際に「ラーメン・テー」を開発してから脚本作りに入ったというキーフード先行型の作品である。

 ラーメン・テーをはじめ本作の料理監修を担当したのは日本とシンガポールにラーメンチェーンを展開する「ラーメン けいすけ」店主で劇中に本人役で登場する竹田敬介氏。今回の日本公開に合わせたコラボメニューとして、同氏が経営する都内6店舗で1日20食ラーメン・テーを販売している(3月31日までの限定)。映画を観てラーメン・テーを食べたくてたまらなくなった人(筆者もその一人)はお急ぎいただきたい。

ラーメン けいすけ イベント情報
http://www.grandcuisine.jp/keisuke/event.html

【家族のレシピ】

公式サイト
https://www.ramenteh.com/
作品基本データ
ジャンル:ヒューマン / ドラマ
製作国:シンガポール=日本=フランス
製作年:2017年
公開年月日:2019年3月9日
上映時間:89分
製作会社:Wild Orange Artists=Zhao Wei Films=Comme des Cinemas=Version Originale
配給:エレファントハウス=ニッポン放送
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:エリック・クー
脚本:ウォン・キム・ホー
プロデューサー:橘豊、フォンチェン・タン、ジュシアン・ハン、澤田正道、エリック・ル・ボット
撮影:ブライアン・ゴートン・タン
スチール:レスリー・キー
料理監修:竹田敬介
キャスト
山本真人:斎藤工
ウィー:マーク・リー
メイリアン:ジネット・アウ
山本和男:伊原剛志
山本明男:別所哲也
マダム・リー:ビートリス・チャン
美樹:松田聖子
けいすけ:竹田敬介

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。