“ささやかな幸せ”は食にあり

288 「川っぺりムコリッタ」から

「かもめ食堂」の荻上直子監督の最新作「川っぺりムコリッタ」をご紹介する。

 タイトルにある「ムコリッタ」とは「牟呼栗多」で、仏教で用いられる時間の単位の一つである。1日の30分の1に当たるということなので48分ということになるが、しばらくの間とか束の間の感覚を表す言葉となっている。本作では「ハイツムコリッタ」というアパートの名前として登場するが、作品のテーマである生と死の間にある時間を示唆している。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

イカの塩辛と、風呂上がりの牛乳

山田が就職した水産加工工場で作っている「イカの黒作り」。富山県特産のいか墨入りのいかの塩辛である。
山田が就職した水産加工工場で作っている「イカの黒作り」。富山県特産のいか墨入りのいかの塩辛である。

 本作の主人公、山田たけし(松山ケンイチ)は、孤独で不遇な人生を送ってきた。働き口を求めてたどり着いたのが、富山県の港町にある水産加工工場(ロケ地は富山市の蛯米水産加工)。沢田(緒方直人)が経営するこの会社では、特産の「イカの黒作り」をはじめとするイカの塩辛を製造している。イカの黒作りは、スルメイカの胴体に肝臓といか墨を合わせ、熟成醗酵させた富山県特産のイカの塩辛である。ベテラン社員の中島(江口のりこ)の指導の下、イカを頭・胴体・内臓・足に切り分けるだけの単調な作業を黙々とこなす山田。このおびただしい数のイカの死が、ラスト近くのファンタジックなシーンにつながっている。

 山田が沢田の紹介で入居したのは、川沿いにある築50年の平屋建て木造アパートで、未亡人の南詩織(満島ひかり)が大家の「ハイツムコリッタ」。無一文に近い状態の山田は、食費をはじめとする生活費を切り詰めて、給料日までを過ごそうとする。そんな山田のささやかな楽しみは、風呂上がりに飲む牛乳。上半身裸のまま、腰に手を当てて一気に飲み干すスタイルは、後にある人物との共通点としてクローズアップされる。

“招かれざる隣人”に教わった、“ささやかな幸せ”

 山田はある理由から他人との関わりを避け、ひっそりと暮らしていくことを望んでいたが、その静寂は招かれざる隣人“ミニマリスト”の島田幸三(ムロツヨシ)によって破られる。風呂を貸してくれと図々しい島田をかたくなに拒絶する山田だったが、空腹に耐えかねてダウンしていたところ、島田が差し入れてくれた家庭菜園のキュウリとトマトに救われる。何の変哲もない野菜でも、飢餓状況では涙が出るほどおいしく感じられることを表したシーンになっている。

 給料日を迎え、やっと米を買うことができた山田。炊飯器で炊きあがった待望のご飯を見つめるシーンは、立ち上る湯気からご飯のにおいが漂ってくるようだ。そのにおいを嗅ぎつけたのか、またしても島田がやって来る。野菜の借りもあって、山田は渋々受け入れるが、それをよいことに、島田は山田の部屋での風呂と食事を習慣化してしまう。

 山田が用意したご飯と味噌汁と焼魚。沢田からもらったイカの塩辛。島田の持参した野菜の漬物。質素ではあるが、その食事について島田が言う。

「ささやかな幸せを細かく見つけていけば何とか持ちこたえられるよ。こんなギリギリの生活でも」

“ささやかな幸せ”を見つけるのがうまい島田の影響を受け、山田も社交性を獲得していくのだが……。

墓石売り親子の“妄想ご飯”とすき焼き

「ハイツムコリッタ」のもう一組の住人が、墓石の訪問販売員である溝口健一(吉岡秀隆)と洋一(北村光授)の黒スーツ親子。「笑顔で過ごしていらっしゃいますか」をセールストークに営業をかけるが、ほとんどが門前払いである。心が折れそうな状況で、溝口が洋一に語りかけるのが“妄想ご飯”の話。ある時は、関西風すき焼きの焼き方、ある時はフグ刺しとヒレ酒、またある時は鹿児島産の豚しゃぶにつけるタレの話だったりする。この“ささやかな幸せ”の妄想が、親子のメンタルを持ちこたえさせているといえる。

 この妄想が、あることによって現実になる。最上級の霜降り牛肉を使った関西風すき焼き。溝口の部屋から漂うそのにおいを嗅ぎつけた島田と山田、さらには南と娘のカヨコ(松島羽那)まで巻き込んで、すき焼き祭りの様相を呈していく。この状況を、ワンカットで描いたシーンは、本作の食のクライマックスである。

粗食とゴージャスのコントラスト

 本作のフードスタイリスト飯島奈美は、荻上監督とは「かもめ食堂」(2006、本連載第22回参照)以来、「めがね」(2007)、「トイレット」(2010)、「彼らが本気で編むときは、」(2017)でコンビを組んでいる。今回、品数は少ないものの、山田の部屋の質素だが温もりを感じさせる食事と、溝口の部屋でのゴージャスな霜降り肉すき焼きの両者に、コントラストを付けることに成功している。


【川っぺりムコリッタ】

公式サイト
https://kawa-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2022年9月16日
上映時間:120分
製作会社:『川っぺりムコリッタ』製作委員会(製作幹事:KADOKAWA、朝日新聞社/制作プロダクション:RIKIプロジェクト)
配給:KADOKAWA
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本・原作:荻上直子
企画プロデュース:水上繁雄、飯田雅裕
製作:堀内大示、五老剛、多湖慎一、中西一雄、益田祐美子、亀山暢央、竹内力、五十嵐淳之、鈴木貴幸、川村岬、中西修、駒澤信雄
プロデューサー:野副亮子、永井拓郎、堀慎太郎
共同プロデューサー:成瀬保則、神保友香
撮影監督:安藤広樹
美術:富田麻友美
装飾:山崎悠里
音楽:パスカルズ
録音:池田雅樹
整音:瀬川徹夫
音響効果:大河原将
照明:重黒木誠
編集:普嶋信一
スタイリスト:堀越絹衣
衣裳:村上利香
ヘアメイク:須田理恵
制作担当:鳥越道昭
助監督:藤森圭太郎
スクリプター:天池芳美
VFX:古橋由衣
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト
山田たけし:松山ケンイチ
島田幸三:ムロツヨシ
南詩織:満島ひかり
溝口健一:吉岡秀隆
中島:江口のりこ
ガンちゃん(岩田):黒田大輔
ホームレス:知久寿焼
溝口洋一:北村光授
南カヨコ:松島羽那
堤下靖男:柄本佑
大橋:田中美佐子
「いのちの電話」の相談員:薬師丸ひろ子
タクシー運転手:笹野高史
沢田:緒形直人

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。