映画の中のチョコレート(その2)「チャーリーとチョコレート工場」「アマデウス」

謎のチョコレート工場の経営者ウィリー・ウォンカ(絵・筆者)
謎のチョコレート工場の経営者ウィリー・ウォンカ(絵・筆者)
謎のチョコレート工場の経営者ウィリー・ウォンカ(絵・筆者)
謎のチョコレート工場の経営者ウィリー・ウォンカ(絵・筆者)

バレンタイン・デーは終わったが、前回に引き続きチョコレートが登場する作品を取り上げる。

世界の合わせ鏡として

 若い世代にチョコレートが出てくる映画はと尋ねたら、「チャーリーとチョコレート工場」(2005)を真っ先に挙げる人が多いだろう。

 ロアルト・ダールの児童文学「チョコレート工場の秘密」(1964)の2度目の映画化である本作は、ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビによる「シザーハンズ」(1990)、「エド・ウッド」(1994)、「スリーピー・ホロウ」(1999)に続く4作目である。

 謎のチョコレート工場を経営するウィリー・ウォンカ(デップ)が、生産するチョコの中に5枚の「金色のチケット」を仕込み、当たった子供たちを工場に招待すると発表したところから世界中で争奪戦が勃発する。父母とその両親である4人の祖父母と貧しく暮らしているチャーリー・バケット(フレディ・ハイモア)が運良くそのチケットを引き当て、世界中から集った他の4人の“勝ち組”の子供たちとチョコレート工場で不思議な体験をするというストーリーである。

 ウォンカはかつて秘密のレシピがライバルのメーカーに盗まれたことから疑心暗鬼に駆られ、従業員をすべて解雇していた。チャーリーの父方の祖父で工場見学に同行したジョーおじいちゃん(デヴィッド・ケリー)も解雇された一人である。

 代替労働力としてウォンカが雇い入れたのがウンパ・ルンパ(ディープ・ロイによる一人多役)と呼ばれる南国の小人の部族で、カカオ豆の報酬だけで勤勉に働く彼らによって工場の生産は維持されていた。

 オートメーション化によるリストラで歯磨き工場を解雇されたチャーリーの父(ノア・テイラー)や、将来は一人で年老いた家族を支えなければならないチャーリーの境遇と合わせると、現在のどこかの国が置かれている状況と似てはいないだろうか?

 原作者ダール自身が脚本を担当した最初の映画化である「夢のチョコレート工場」(1971)と比較すると、孤独なウォンカの性格形成に影響を与えた歯科医の父(クリストファー・リー)とのエピソードが追加され、貧しいながらも円満に暮らすチャーリー一家と対比することで人生の幸せの意味について考えさせる内容となっている。

 デップはジュリエット・ビノシュが古い因習に縛られたフランスの片田舎の村の人々の心を溶かしてゆく流れ者のショコラティエに扮した「ショコラ」(2000)にも漂泊民の役で出演しており、チョコレートに縁のある役者と言えるだろう。

羨望と嫉妬の末に

アマデウスモーツァルトの前に現れた黒い仮面の男は鎮魂曲の作曲を依頼する(絵・筆者)
アマデウスモーツァルトの前に現れた黒い仮面の男は鎮魂曲の作曲を依頼する(絵・筆者)

 もう一本、ミロシュ・フォアマンが「カッコーの巣の上で」(1975)に続いて2度目のアカデミー監督賞を受賞した「アマデウス」(1984)を挙げておきたい。

 言わずとしれた18世紀の天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトをモデルにしたピーター・シェーファーによる戯曲の映画化であるが、この映画の真の主役は実在したオーストリア王室の宮廷作曲家アントニオ・サリエリであろう。

 物語はモーツァルトの死に対する自責の念から自殺を図って精神病院に収容された年老いたサリエリ(F・マーリー・エイブラハム)が、面会に来た神父フォーグラー(リチャード・フランク)にモーツァルトとの出会いから謎の死の真相に至るまでを語り聞かせる回想形式で進行する。イタリア人のサリエリは大の甘党という設定で、チョコレートを始めとする菓子がいくつもの重要なシーンのきっかけとして使われている。

 ウィーンのザルツブルグ大司教の邸宅で開かれた演奏会で、サリエリが憧れのモーツァルトに初めて会う場面。なかなかやって来ないモーツァルトを待つサリエリが、手持無沙汰に、ブドウの房のように盛り付けられたチョコレートをつまもうとしていると、甲高い笑い声を上げながら女を追いかけ回す若者が入ってくる。

 その様子にサリエリが眉をひそめていると、モーツァルトの到着を待ちきれなくなった楽団の演奏(セレナード第10番「グラン・パルティータ」)が聞こえ始める。すると若者は「僕の音楽を勝手に始めやがって」と言い、慌てて楽団に駆け寄って指揮を始める。実はこの若者こそモーツァルト(トム・ハルス)であり、追いかけていた女が後に妻となるコンスタンツェ(エリザベス・ベリッジ)であったのだ。

 それまでサリエリは貧しい家庭に生まれながら努力の末にオーストリア皇帝ヨゼフ2世(ジェフリー・ジョーンズ)の音楽教師にまで上り詰めたことを神に感謝していたが、神は彼が期待していたイメージとは正反対の男に天賦の才を授けられた。その衝撃が見事に表現されたシーンである。

 神童としてヨーロッパ中に名声が轟いていたモーツァルトだったが、その才能を妬む者も多く、ウィーン時代は仕事に恵まれず生活は苦しかった。サリエリも、モーツァルトが皇帝の姪の音楽教師に就任することを妨害していた。そんな彼のもとにモーツァルトの妻となったコンスタンツェがモーツァルトには無断で楽譜を携えてやって来る。

 家計の窮状から援助を求める彼女に、サリエリは「ヴィーナスの乳首」と呼ばれる菓子を薦める。ブランデー漬けの栗にホワイトチョコをコーティングし、チョコチップをトッピングしたそれは女性の乳房そっくりで、胸元を強調した衣装をまとったコンスタンツェのバストと相似性をなしている。

 楽譜がオリジナルであると聞いたサリエリは、思わず譜面を繰り驚愕する。譜面には書き直しの跡が全くなく、書く前から頭の中で完全に音楽が完成していることがわかったのだ。フルートとハープのための協奏曲、2台のピアノのための協奏曲……。譜面から神への賛歌とも形容すべき音が次々と溢れ出て、その至上の美しさにサリエリは眩暈を覚え、思わず譜面を落としてしまう。

 彼は決意する。神はあの下劣な若者を自らの代弁者として選び、私にはその才能を見出す能力しか与えなかった。もうあんたは敵だ。復讐してやる……。モーツァルトの音楽を誰よりも愛してしまったために、嫉妬に身を焦がすしかない男の悲劇が始まる瞬間であった。

 その背景ではそんなこととは関係なくヴィーナスの乳首に夢中になっているコンスタンツェが描かれている。当時チョコレートはまだ上流階級の贅沢品で庶民に手の届くものではなかったため、彼女にとってはこちらの方が至上の体験であったことだろう。

作品基本データ

【チャーリーとチョコレート工場】

「チャーリーとチョコレート工場」(2005)

原題:Charlie and the Chocolate Factory
製作国:アメリカ
製作年:2005年
公開年月日:2005/09/10
製作会社:ワーナー・ブラザース、ヴィレッジ・ロードショー・ピクチャーズ、ザ・ザナック・カンパニー・プランBエンタテインメント
配給:ワーナー
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:115分
◆スタッフ
監督:ティム・バートン
原作:ロアルド・ダール
脚本:ジョン・オーガスト
製作総指揮:アンナ・レーナ・ウィボム
製作:リチャード・D・ザナック、ブラッド・グレイ
撮影:フィリップ・ルスロ
美術:アレックス・マクドウェル
音楽:ダニー・エルフマン
編集:クリス・レベンゾン
衣装(デザイン):ガブリエラ・ペスクッチ
◆キャスト
ウィリー・ウォンカ:ジョニー・デップ
チャーリー・バケット:フレディ・ハイモア
ジョーおじいちゃん:デヴィッド・ケリー
バケット夫人:ヘレナ・ボナム・カーター
バケット氏:ノア・テイラー
ボーレガード夫人:ミッシー・パイル
ソルト氏:ジェームズ・フォックス
ウンパ・ルンパ:ディープ・ロイ
ウォンカ博士:クリストファー・リー

【アマデウス】

「アマデウス」(1984)

原題:Amadeus
製作国:アメリカ
製作年:1984年
公開年月日:1985/02/02
製作会社:ソウル・ゼインツ・カンパニー
配給:松竹富士
カラー/サイズ:カラー/パナビジョン
上映時間:160分
◆スタッフ
監督:ミロシュ・フォアマン
原作・脚本:ピーター・シェーファー
製作総指揮:マイケル・ハウスマン、バーティル・オールソン
製作:ソウル・ゼインツ
撮影:ミロスラフ・オンドリツェク
美術:カレル・サーニー
編集:ネーナ・デーンヴィック、マイケル・チャンドラー
衣装(デザイン):テオドール・ピステック
指揮:ネヴィル・マリナー
振り付け:トゥイラ・サープ
◆キャスト
アントニオ・サリエリ:F・マーリー・エイブラハム
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:トム・ハルス
コンスタンツェ・モーツァルト:エリザベス・ベリッジ
レオポルト・モーツァルト:ロイ・ドトリス
皇帝ヨゼフ2世 :ジェフリー・ジョーンズ
神父フォーグラー:リチャード・フランク

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。