バター不足でもなおマーガリンを買わない理由

これではパンも売れまい。流通業は米食キャンペーンなどに知恵をしぼるべきだろう
これではパンも売れまい。流通業は米食キャンペーンなどに知恵をしぼるべきだろう
これではパンも売れまい。流通業は米食キャンペーンなどに知恵をしぼるべきだろう
これではパンも売れまい。流通業は米食キャンペーンなどに知恵をしぼるべきだろう

お困りの人も多いと思うが、バターが手に入らないのに閉口している。駅前のスーパーでも、車で行くスーパーでも品切れ。冷蔵ショーケースの中はからっぽ。または、マーガリンが嫌と言うほど積み上がっている。バターが並ぶはずのスペースには、次の入荷は何曜日という張り紙だけ下がっているが、その当日もお客が殺到して、バターはあっという間に品切れとなるはずだ。その人だかりに目を血走らせて参加することを想像するだけで具合が悪くなる。

 業務用食材の店に行ってもなかったが、これは仕方がない。日本では、恐らく、「マーガリン」のことを「バター」と言って扱っている飲食店の方が多いからだ。

 むなしい帰途、日本の小売店というものも、日頃「お客様第一」などと言って、そのための「バリュー」だの「バイイング・パワー」だのと大騒ぎしていながら、実力は所詮この程度のものなのだと思い、力が抜ける。消費者が求めるものを開発し、独自の力で品揃えを実現する「マーチャンダイジング」がチェーンストアの使命と言いながら、実際のところは世の中にあるものを買い集めて店に並べて売りつける「マーケティング」しかできていないのが、現実の日本のチェーンストアなのだ。バターという基本的な商材のショートは、彼らの戦略が貧困かつ矮小なものであることを、はっきりと物語っている。

 恐らく、チェーンストアの幹部は、「不可抗力だ」と弁明するだろう。しかし、それはつまり、彼らが将来の商品の不足を予測し、手を打つ力というものは、極めて限定的なものだと告白しているに過ぎない。国内のバターの生産量さえ、満足に左右する力がない。そういう人たちの中に、「日本の農業を再生する」などと鼻息粗く熱弁を振るっている人もいるというのは滑稽と言うほかない。言っていることと、現実の仕事との間に、唖然とするほどの乖離がある。

 この時期、なぜバターの入手が困難になったのか。発端は、この間、飲用乳がすさまじい勢いで売り上げを落としてきたことにある。人々が牛乳を飲まなくなった理由はいろいろあるだろうが、話が長くなるので、今日はその話はしない。ともかく牛乳の需要は落ち、転業・廃業、あるいは規模を縮小する酪農家が増えている。

 一方、中国が乳製品消費国として台頭し、欧米豪の乳製品はそちらに流れはじめた。そのあおりを食って、日本に輸入される乳製品の量が減ったり、価格が上がったりということが起こってきた。別に新しい話ではなく、スーパーの店頭に並ぶチーズなどの乳製品が、価格は据え置きでありながら、こっそりポーションの量を減らし始めたというのは、もう数年前の話題だ。

 そして、そろそろ国産の乳製品の増産をせねばと官民が重い腰を上げかけた矢先、世界的な穀物価格の高騰に見舞われた。減産で青息吐息の酪農家は、高価な飼料に手が出せない。結局、スーパーの店頭からバターが消える事態に至った。

 かたや、「オイルショックのトイレットペーパー騒動のようなものだ」と言いながら、なんだかうれしそうにしている友人がいる。“社会派”のマスコミ陣にとって、人々の不幸はメシの種のという側面もどうしようもなくあるので、この人の笑顔には目をつぶる。かたや、「これはもう焼け跡闇市時代への逆戻り。バターが高級品、ヤミ物資になったんだから」と、これまたうれしそうに言う人もいる。「焼け跡の闇市を歩いたことがあるの?」と聞こうかと思ったが、そうやって“戦争を知らない子供たち”世代の人をいじめるのは品のよいことではないと口をつぐむ。だが、「バターがヤミ物資」ということは、最早否定できない。何しろ、私自身が北海道の田舎の友人に「バター送って」と電話しようかと考えているのだから。

 本当は、つべこべ言わずにマーガリンを使えばいいのだ。ところが、私の家の場合、最近の妻のマイブームの一つがマーガリン有害説。ここでマーガリンを買って帰ろうものなら、「将来のあるわが子を生命の危険にさらす気なの?」となじられる。ならば、食パンをやめて、フランスパンなど買うようにして、バターではなくオリーブオイルをつけながら食べている方が、家庭の平和は保たれる(ほら! 小麦粉、塩、イースト、水だけで作るパンを買えば、またぞろ乳製品の需要が減るのだ)。

 マーガリン有害説、トランス脂肪酸の危険性に関する話題は、なるほどと思わせる点は多い。しかも、ヨーロッパや米国では現実にトランス脂肪酸の使用や販売に規制がかかっている。こうなると、いよいよマーガリンは危険と思わざるを得なくなってくる。

 とは言いながら、発明から100年以上経っているマーガリンの有害説なりトランス脂肪酸への攻撃には、その真偽にかかわらず、どうもうさんくさい気配も感じる。というのは、ヨーロッパも米国も、酪農が盛んな国であり、そこには酪農振興など何らかの政治的な損得勘定=戦略があるのではと勘ぐりたくなるのだ。二酸化炭素排出が地球温暖化を招くとする説が、初期には原子力関連産業によって流布されたと言われているのと、同じ匂いを感じる。

 よしんば、現実にトランス脂肪酸が人体に有害だとしても、ヨーロッパや米国に比べて、われわれ日本人が年間に口に入れるバターないしマーガリンの量というのは、欧米諸国に比べればたかが知れている。

 だから、個人的には、今日現在のところ「いずれ、たいしたことはなかろう」と思っている。しかしそれでも私がマーガリンを買わず、バターの入荷を待っているのは、純粋に家庭内の感情に配慮した戦略によるものだ。私にとってこれは、世界の経済情勢を知ることや科学的真実に迫り、従うことよりも、遙かに優先度が高い。

 食品のマーケティングなりマーチャンダイジングに携わる人は、この種の凡人性にも注目していなければ、なかなか使命を果たせるものではないはずだ。マーガリンを並べてお茶を濁している場合ではない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →