出会い、すれ違うフードたち

356 「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」から

現在公開註の「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」について、印象的な使われ方をする飲食物を中心に紹介する。

「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」は、お笑いコンビ・ジャルジャルの福徳秀介による小説(2020)が原作。「勝手にふるえてろ」(2017)、「私をくいとめて」(2020)の大九明子が脚本・監督を務めた。

 福徳の出身校である関西大学を舞台に、文学部2年生の小西徹(萩原利久)と桜田花(河合優実)を軸に描いた青春恋愛劇である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

一人ざるそば女と晴雨兼用傘男

 徹は、ある事情で地元の横浜に帰ってからの久しぶりの通学。徹の晴雨にかかわらず傘を差している姿は奇妙で、まるで周囲を拒絶しているように映る。実際、学内の友人と言えば大分出身の山根(黒崎煌代)くらいで、孤独な大学生活を送っている。

 そんなある日、徹は大教室で、講義が終わるや否や観音開きの扉を押して颯爽と出ていく女子学生=花を見かける。さらに山根と学食に行くと、美しい所作で一人そばをすする花を発見する。山根が“一人ざるそば女”と名付けた花の凛としたたたずまいと、山根のタルタルチキンカツを食べながら口の周りをソースでベタベタにするだらしない食べ方が対照的で、徹が花に羨望と共感を覚えているのがよくわかるシーンになっている。

バナナシェイクとカップラーメンの庭

 徹は講義の途中、急用で帰らなければならないので、代わりに出席カードを出しておいてくださいと頼むことで花に接近。その後さまざまな偶然が重なり、二人は“セレンディピティ”な関係になっていく。セレンディピティとは、童話「セレンディップの3人の王子たち」(1557)に由来する、ナイスな偶然バンザイみたいな意味である。

 その偶然の一つが、関大正門近くの老舗カフェレストラン「ケープコッド」での再会。後述の「フォージュロン」も合わせて、関西大生にはおなじみと思われる実在の店が2つ登場し、作品にリアリティを与えている。徹はこの店に入ったことはないが、通りかかる度に看板犬の「サクラ」をなでている。そこに店内から花が現れ、ここでバイトしていることを知る。犬の名前と花の苗字が“サクラ”つながりというセレンディピティな偶然に驚いた徹は初めて店内に入り、バナナシェイクを注文。イッキ飲みしていつもの傘も差さずに駆け出していく。恋のはじまりを感じさせるシーンである。

 極め付けの偶然は、タイトルの一部にもなっている“今日の空が一番好き”という言葉。これは二人それぞれにとっての大切な人にもらった大切な言葉であった。共通点の多い二人は意気投合し、徹と山根が昼にカップラーメンを食べている“秘密の庭”に花を案内するなど、次第に距離を縮めていく。

変なメニューの喫茶店

 通学途中の朝、徹は花を学生の間で噂の喫茶店「フォージュロン」に案内する。何が噂かと言うと、変な名前のメニューばかりなこと。以下のような具合である。

ブラジル黒豆出汁→コーヒー

卵を渋谷の交差点のように→スクランブルエッグ

卵で日の丸国旗→目玉焼き

家庭によって味が違いすぎる→カレー

たくさんの稲穂を水で膨らましました→ごはん

変な名前のメニューばかりの喫茶店で、唯一普通の名前のオムライス。それには理由が……。
変な名前のメニューばかりの喫茶店で、唯一普通の名前のオムライス。それには理由が……。

 漫才のボケのようなネーミングのメニューから、徹は「ブラジル黒豆出汁」と「オムレッツゴーゴー」、花はやはり「ブラジル黒豆出汁」と「2枚のフリスビー焼き。バターと蜂蜜を乗せて」を注文。マスター(安齋肇)による注文の確認が、「コーヒー二つにオムレツとパンケーキですね」と、普通の名前に戻っているのが面白い。

 さらにこの店のメニューの謎は、変な名前のメニューばかりの中で、唯一オムライスだけが普通の名前であること。絶対に理由があるはずだが、触れてはいけないことかも知れないので、安易に聞くことはできず、注文もできない。二人は常連になってから聞いてみようと話すのだが、そんな矢先、衝撃の出来事が起き、二人は運命はすれ違っていく。

 後に徹は一人で「フォージュロン」を訪れ、意を決してオムライスを注文する。その時マスターによって明かされる、オムライスだけが普通の名前である理由は、実際に映画をご覧になってご確認いたきたい。

 なお、実際の「フォージュロン」のメニューは普通の名前である。

お笑い芸人のクリエイティビティ

 本作の原作以外にも、芥川賞を受賞した又吉直樹の「火花」(2015)をはじめ、お笑い芸人による小説は数多い。映画化されたものだけでも、田村裕の「ホームレス中学生」(2008)、品川ヒロシの「ドロップ」(2009)、又吉の「火花」(2017)、川嶋佳子(シソンヌじろう)の「甘いお酒でうがい」(2020)、西野亮廣の「えんとつ町のプペル」(2020)など、枚挙に暇がない。また、本作の大九明子監督もピン芸人として活動していた時期がある。

 観客にウケるお笑いのネタ作りからはじまり、お笑い界はクリエイティブな人材の宝庫と言えるだろう。


今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は(小説)
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勝手にふるえてろ
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私をくいとめて
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セレンディップの3人の王子たち
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ケープコッド
https://kandaimae-capecod.com/
火花(小説)
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ホームレス中学生
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ドロップ
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火花(映画)
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甘いお酒でうがい
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えんとつ町のプペル
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【今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は】

公式サイト
https://kyosora-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年4月25日
上映時間:127分
製作会社:吉本興業、NTTドコモ・スタジオ&ライブ、日活、ザフール、プロジェクトドーン
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:大九明子
原作:福徳秀介
プロデュース:中村直史、古賀俊輔
製作:藤原寛、吉澤啓介、永山雅也、古賀俊輔、松本光司
プロデューサー:中澤晋弥、黒田優太、松浦ちひろ
共同プロデューサー:馬場省吾、長坂淳子
撮影:中村夏葉
照明:常谷良男
美術:橋本泰至
装飾:貴志樹
録音:小宮元
音楽プロデューサー:田井モトヨシ
音響効果:渋谷圭介
編集:米田博之
衣裳:宮本茉莉
ヘアメイク:遠山穂波
DIカラリスト:河原夏子
ラインプロデューサー:梅本竜矢
制作担当:大塚博之
助監督:成瀬朋一
VFXスーパバイザー:田中貴志
キャスト
小西徹:萩原利久
桜田花:河合優実
さっちゃん:伊東蒼
山根:黒崎煌代
マスター:安齋肇
さっちゃんの父:浅香航大
夏歩:松本穂香
佐々木:古田新太

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。