日台の彼・彼女の弁当を比べる

[310] 「1秒先の彼女」と「1秒先の彼」から

さる7月7日に公開された宮藤官九郎脚本、山下敦弘監督による日本映画「1秒先の彼」は、2020年製作のチェン・ユーシュン監督・脚本による台湾映画「1秒先の彼女」のリメイクである。7月7日という公開日は、台湾版の題材である「七夕情人節」(七夕バレンタイン)に因んでいる(ただし台湾の七夕情人節は旧暦7月7日で、2023年は8月22日である)。タイトルからも想像できる通り、台湾版と日本版では男女の役柄が入れ替わっている。その他、両作のお国柄による違いを、本コラムでは食べ物に焦点を当てて比較していく。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

主人公のリクエストは緑豆豆花と「パピコ」

最近ではスイーツとして人気が高まっている豆花。これに緑豆をトッピングしたのが緑豆豆花。豆花で人気のトッピングには、他にも小豆やフルーツ等さまざまだ。
最近ではスイーツとして人気が高まっている豆花。これに緑豆をトッピングしたのが緑豆豆花。豆花で人気のトッピングには、他にも小豆やフルーツ等さまざまだ。

 台湾版の「彼女」=ヤン・シャオチー(リー・ペイユー)と、日本版の「彼」=皇一すめらぎはじめ(岡田将生)は、人よりワンテンポ早い動作が特徴で、郵便局に勤めているという点で共通している。

 一方、台湾版の相手役=ウー・グアタイ(リウ・グァンティン)と日本版の相手役=長宗我部麗華(清原果耶)は、それぞれ人よりワンテンポ遅い動作と、写真が趣味という点は一緒だが、グアタイは路線バスの運転手、麗華は大学生で、日本版でのバスの運転手の役回りは釈迦牟尼仏憲みくるべけん(荒川良々)が担っている。彼らの印象的で画数の多い名前が、書き終わる時間という点でワンテンポ遅い動作に輪をかけているという設定だ。

 シャオチーと一は、少女少年時代に父の失踪を経験している。夜中に出かけていく父の言い訳は、台湾版では豆花を買いに行く、日本版ではそうめんの薬味のミョウガを買いに行くというものであった。

 豆花は「恋恋豆花」(2019、本連載第244回参照)でも扱われたのが記憶に新しい。豆乳を固めた豆腐より柔らかい食感の食品で、料理にも使われるが、最近はスイーツとして人気が高い。劇中ではシャオチーが父に緑豆をトッピングした豆花を買ってきてと頼んでいるが、他にも小豆やフルーツ等、さまざまなトッピングがある。

 一方、一が父にリクエストしたのは「パピコ」。江崎グリコが1974年から発売しているチューブ型の氷菓で、2本が1セットになって売られているのが特徴だ。これは2本を仲よく分け合って食べることを想定したもので、本作でもそのような描写がある。台湾版の緑豆豆花と日本版のパピコは、劇中の折々に登場しており、両作のキーフードと言えるだろう。

エビフライ、京都大原三千院、そして手作り弁当

 シャオチーは、公園で「タイエビ体操」なるダンスを教えているリウ・ウェンセン(ダンカン・チョウ)と出会い、次第に親交を深めていく。シャオチーの他人よりワンテンポ早いタイエビ体操もおかしいが、エビフライを一つ買っておまけのスープを大量にもらっていく“倹約家”の面を持つアラサー女子が、エビフライがきっかけで、カタカナでエビフライと書かれたTシャツを着ていた過去の回想に入るという構成もなかなか巧みである。

 一方、京都を舞台にした日本版では、一が鴨川の河川敷で「女ひとり」をギター弾き語りで歌う路上ミュージシャンの桜子(福室莉音)に心を奪われる。

「彼女」と「彼」の思いは、勤務先の郵便局に相手が手作りの弁当を届けてくれたことでピークを迎える。この日台の“お弁当対決”は、見映えのよさでは日本に軍配を上げたいと筆者は感じたところだが……。この先は本編をご覧いただきたい。

アジアの映画交流の復活

 コロナ禍も一段落と見られるなか、映画の分野でも国際交流が復活の動きを見せている。

 今回のケース以外にも、2014年製作の韓国映画「最後まで行く」が岡田准一主演で同じタイトルの日本リメイク版が今年公開されている。逆のパターンでは、2008年製作の三谷幸喜監督作品「ザ・マジックアワー」が中国で「トゥ・クール・トゥ・キル 〜殺せない殺し屋〜」として2022年にリメイク公開され、興行収入は26.27億元(約533.8億円)。これは2022年中国映画興行収入ランキング第3位になっている。

 スタッフ・キャストの交流も復活してきており、今度の動向に注目である。


【1秒先の彼女】

公式サイト
https://bitters.co.jp/ichi-kano/
作品基本データ
原題:消失的情人節
製作国:台湾
製作年:2020年
公開年月日:2021年6月25日
上映時間:119分
製作会社:Mandarinvision
配給:ビターズ・エンド
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:チェン・ユーシュン
エグゼクティブ・プロデューサー:イエ・ルーフェン、リー・リエ
撮影:チョウ・イーシエン
美術:ワン・ジーチョン
音楽:ルー・リューミン
録音:タン・シアンチュー
整音:ブック・チエン
照明:シエ・ソンミン
編集:ライ・シュウション
衣裳デザイン:シュウ・リーウェン
視覚効果:グオ・シエンゾン
キャスト
ヤン・シャオチー:リー・ペイユー
ウー・グアタイ:リウ・グァンティン
リウ・ウェンセン:ダンカン・チョウ
ペイ・ウェン:ヘイ・ジャアジャア

(参考文献:KINENOTE)


【1秒先の彼】

公式サイト
https://bitters.co.jp/ichi-kare/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年7月7日
上映時間:119分
製作会社:「1秒先の彼」製作委員会
配給:ビターズ・エンド
カラー/サイズ:カラー/ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
スタッフ
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
原作:チェン・ユーシュン
プロデューサー:根岸洋之、定井勇二
撮影:鎌苅洋一
美術:松尾文子
装飾:中込秀志
音楽:関口シンゴ
主題歌:幾田りら
録音:小宮元
音響効果:廣中桃李
照明:永田ひでのり
編集:佐藤崇
衣裳:江口久美子
ヘアメイク:酒井啓介
ラインプロデューサー:植野亮
制作担当:坂口智久
助監督:長尾楽
キャスト
皇一:岡田将生
長宗我部麗華:清原果耶
桜子:福室莉音
皇舞:片山友希
ミツル:しみけん
ラジオDJ/写真屋の店主:笑福亭笑瓶
エミリ:松本妃代
小沢:伊勢志摩
皇一(幼少期):柊木陽太
長宗我部麗華(幼少期):加藤柚凪
皇清美:羽野晶紀
皇平兵衛:加藤雅也
釈迦牟尼仏憲:荒川良々

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。