「パターソン」ローラの手料理とカップケーキ

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現在公開中の「パターソン」に登場するカップケーキをはじめとする印象的な食べ物について述べていく。

 本作品は、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984)、「ミステリー・トレイン」(1989)、「コーヒー&シガレッツ」(2003、本連載第66回参照)等の作品で知られるジム・ジャームッシュの「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013)以来となる監督作品だ。

 ニューヨーク中心部から25㎞ほど離れたニュージャージー州パターソンを舞台に、市営路線バスの運転手であるパターソン(アダム・ドライバー)と、その妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、愛犬のブルドッグ、マーヴィン(ネリー)の月曜日の朝から次の月曜日の朝までの1週間に起きるさまざまな出来事を、1日ずつ章に分けて描いた、ジム・ジャームッシュ初期の諸作品を想起させるオムニバス的な内容である。

夫の詩作を助ける妻の手料理

 月曜日から金曜日までの平日、パターソンの生活は規則正しい。ベッドの脇に置いた腕時計で時間を確認して起床し、朝食はシリアルを食べ、徒歩でバスの車庫まで出勤。配車係のドニー(リズワン・マンジ)の合図でバスを発進させ、昼はローラの作ってくれたお弁当を楽しみ、午後の勤務を終えて徒歩で帰宅。なぜかいつも傾いている郵便受けを直し、夕食ではその日起きたことをローラと話し、夜はマーヴィンを散歩に連れ出し、行きつけのドク(バリー・シャバカ・ヘンリー)のバーでビールを1杯だけ飲む――日々その繰り返しだ(これらの中には後の事件の伏線も含まれるのだが)。

 しかしパターソンにとっては、毎日が新しいことの連続である。それはパターソンがバスの運転手の傍ら詩作に励んでおり、バスの車内の乗客の会話やバスの車庫と家との往復で見聞きすることに常にアンテナを張り、もう一つの時間を生きているからに他ならない。マッチ箱たった一つから壮大な愛の詩も作ってしまう才能は、日常の中に非日常を見出すパターソンの鋭い感性の賜物である。

 一方、パターソンの妻ローラは家の壁やカーテン、服や食器に至るすべてを自らデザインしたモノトーンの幾何学模様で統一し、かつどれ一つとして同じものはないという自由奔放なアーティストである。パターソンに作るお弁当も、プラスチック容器にフリーハンドの渦巻き模様、オレンジに沢山の目玉模様を描き、アンティークなポストカードとさまざまなポーズの自撮り写真を添えるといったセンスあふれるもの。夕食には南米産の雑穀であるキヌアを出すと言ってみたり、パターソンの好物であるチーズと芽キャベツを入れ、庭で栽培したフレッシュバジルを振りかけた“秘密のパイ”を出したりと、日々ユニークなメニューでパターソンの詩作に影響を与えている。

パターソンのカップケーキ女王

ローラがマーケット用に用意したカップケーキ
ローラがマーケット用に用意したカップケーキ

 ローラが現在目標にしていることの一つは、カントリー歌手になることだった。パターソンにねだって通販で買ってもらった200ドルの教則DVD付きのギターはモノトーンのチェック柄で、ローラが日々デザインしているものとマッチしている。

 もう一つ熱中していたのが、土曜日のマーケットに手製のカップケーキを出品すること。そのためにローラは金曜日から準備を始める。これもまた白いケーキと黒いケーキにクリームをさまざまな円模様や縞模様でデコレーションしたモノトーン調で、見るからに手に取って食べたくなる代物である。案の定、ケーキは飛ぶように売れ、286ドルを売り上げる成功を収める。つまりパターソンに出してもらったギター代の200ドルを稼いだ計算で、夢への投資を夢で回収するとは、これも夢のような話である。

 ローラはカップケーキで得た儲けで、自分へのご褒美としてパターソンと一緒に映画を観に行く。2人が行った映画館は土曜日の夜は古いホラー映画を上映していて、この日の上映作品は、SF作家H・G・ウェルズの小説「モロー博士の島」を原作とした1933年製作の「獣人島」1977年1996年に「ドクター・モローの島」という邦題でリメイクされており、本作では名優チャールズ・ロートンがモロー博士、ドラキュラ俳優として有名なベラ・ルゴシが獣人を演じている。ちなみにその次の週の上映作品はパターソン出身の喜劇俳優で市内に銅像と記念館があるルー・コステロがバット・アボットと組んだお笑いコンビ「アボットとコステロ」が主演の「凸凹フランケンシュタインの巻」(1948)である。

 パターソンは、「獣人島」でキャスリーン・バーク演じるエキゾチックな島の娘ロタとローラが似ていると感じ、ローラに「パターソンのカップケーキ女王」というあだ名を付ける。しかしそんな楽しいひと時もつかの間、ローラと帰宅したパターソンは、突然のアクシデントによって奈落の底に突き落とされる。そのショックからパターソンがいかに立ち直るかは、本編をご覧いただきたい。

個性を発揮する俳優たち

 パターソン役のアダム・ドライバーは、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」(2015)に始まるスター・ウォーズ・シリーズの新3部作でダース・べーダーの後継者カイロ・レンを演じる等、今後の活躍が期待されている俳優で、本作ではロサンゼルス映画批評家協会賞の主演男優賞を受賞している。

 ローラ役のゴルシフテ・ファラハニはイラン出身で、2008年のリドリー・スコット監督作品「ワールド・オブ・ライズ」でハリウッドに進出する一方、第59回ベルリン国際映画祭でアスガー・ファルハディ監督が銀熊賞を受賞したイラン映画「彼女が消えた浜辺」(2009)に出演する等、母国と海外の両方で活躍している女優である。

 マーヴィン役のネリーは雌のイングリッシュ・ブルドッグ。パターソンを小姑のように見つめる人間顔負けの演技が評価され、第69回カンヌ国際映画祭でパルム・ドッグ賞を受賞したが、残念ながら公開に先立つ2017年3月に亡くなっていた。本作はネリーに捧げられている。

 そしてもう一人は永瀬正敏。プレスリーに憧れてメンフィスを訪れた「ミステリー・トレイン」の時と同様に、パターソン出身の詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをこよなく愛し、その足跡を追ってパターソンを訪れる大阪出身の詩人を演じ、少ない出番ながら強い印象を残している。


【パターソン】

公式サイト
http://paterson-movie.com/
作品基本データ
原題:PATERSON
製作国:フランス、ドイツ、アメリカ
製作年:2016年
公開年月日:2017年8月26日
上映時間:118分
配給:ロングライド
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作総指揮:ロン・ボスマン
製作:ジョシュア・アストラカン、カーター・ローガン
撮影監督:フレデリック・エルムズ
プロダクション・デザイン:マーク・フリードバーグ
音楽:SQÜRLSQÜRL
サウンドデザイン:ロバート・へイン
編集:アフォンソ・ゴンサルヴェス
衣装:キャサリン・ジョージ
詩:ロン・パジェット
キャスト
パターソン:アダム・ドライバー
ローラ:ゴルシフテ・ファラハニ
マーヴィン(犬):ネリー
ドニー:リズワン・マンジ
ドク:バリー・シャバカ・ヘンリー
エヴェレット:ウィリアム・ジャクソン・ハーパー
マリー:チャステン・ハーモン
コインランドリーのラッパー:クリフ・スミス
詩人の少女:スターリング・ジェリンズ
日本の詩人:永瀬正敏

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。