「幸福の黄色いハンカチ」の食べ物

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勇作
勇作は出所直後に入った食堂でビールを飲み、ラーメンをすする

今回は最新作「小さいおうち」がベルリン映画祭で銀熊賞(女優賞:黒木華)を受賞した山田洋次監督の1977年作品「幸福の黄色いハンカチ」に登場する食べ物について見ていく。

 本作は北海道を舞台に若い男女と中年男の3人が網走から夕張まで車で旅をするロード・ムービーの名作としていまだに人気の高い作品である。

ビールとラーメンとカツ丼

勇作
勇作は出所直後に入った食堂でビールを飲み、ラーメンをすする

 東京で工員として働いていた花田欽也(武田鉄矢)は、女にフられてヤケになって会社を辞め、勢いで赤いファミリアを新車で購入し、フェリーに乗って釧路に着き、ナンパの旅を始める。

 一方、網走刑務所では、殺人罪で6年3カ月の刑期を終えた男、島勇作 (高倉健、以降健さん) が出所する。彼が真っ先に向かったのが網走駅近くの大衆食堂。彼はそこでまずビールを頼み、続いて醤油ラーメンとカツ丼を注文する。両掌でビールのコップを包むようにして大事そうに飲み、「しみる~」といった風情の健さんの演技からは、久しぶりに娑婆に出て飲んだビールのうまさが伝わってくる。

 同じ頃網走に到着した欽也は、食堂車の売り子でやはり失恋して傷心旅行中の小川朱実(桃井かおり)に声をかけドライブに誘う。嫌がる朱美にしつこく食い下がる欽也。彼女が逃げるようにして入った食堂で2人は勇作と最初のニアミスをする。

 勇作は運ばれてきたラーメンとカツ丼のうち、まずカツ丼の蓋を取り、続いて醤油ラーメンの上に載ったチャーシューを箸でつまんでじっと見つめる。そしてチャーシューを戻すと勢いよく二度、三度と豪快に麺を口に運んでいく。まさに自由を得たことの喜びを体現するかのような食べ方で、健さんファンの私はDVDを横で流しながらその食べ方を真似してみたのだが、実際やってみるとそのペースは早食い競走レベルでとてもついていけなかった。山田監督によると健さんはこのシーンの撮影のために2日間絶食したとのこと(※1)。その役者魂が映画的な強調を可能にし、印象的なシーンを生んだと言えるだろう。

カニが生んだ騒動

ファミリアの道程
欽也の運転する赤いファミリアの道程

 勇作は、オホーツク海を臨む網走の海岸で欽也と朱実にカメラのシャッターを頼まれたことが縁で欽也の車に同乗させてもらうことになる。3人は美幌峠を経て阿寒湖畔のホテルに宿泊するが、何もしないと言いながら朱美に手を出そうとする欽也を勇作は叱責する。

 翌朝、気まずい雰囲気の中、陸別駅に着くと勇作は世話になったと言って車を降り、朱美も行動を共にする。別れ際、欽也と朱美は初めてお互いの名前を教え合う。あきれる勇作。次の列車まではあと2時間もある。車を降りたことを後悔する朱美。そんな時、欽也が毛ガニを買って一緒に食べようと戻ってくる。

 近所の食堂でカニをつつき合う3人。カニの食べ方を朱美に教える勇作に彼女は北海道生まれかと聞くが、彼は九州の飯塚出身だという。奇しくも欽也の出身も博多で、勇作は彼の言葉遣いからそれに気付いていた(ちなみに健さんは飯塚と同じ筑豊の中間市出身、武田鉄也も役と同じ博多出身である)。カニがきっかけとなって話が弾み、3人は和解し再び車に同乗して帯広方面に向かう。

 ところがこのカニの余波はこれにとどまらなかった。「このカニは大丈夫です」と言っていた欽也が腹を壊してトイレに行くために途中で何度も停まることになってしまったのだ。路上駐車していたところに大型のトラクタが通りがかり、仕方なく朱美が車を動かしたところ、運転に不慣れな彼女は路肩にタイヤを落として脱輪してしまう。男2人が押して車を出そうとするが、ブレーキとアクセルを踏み間違えた朱美は道を大きく外れて牧場を暴走。牧草の山に突っ込んでやっと車は停まるが、重機を呼んで牽引しないと動かない状態で、3人は牧場主の家に一晩泊めてもらうことになる。

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(本連載[30]参照)のメロン騒動など、食べ物がきっかけとなって騒動に発展する展開は山田作品にはよくある構図である。さらにその夜寝床で勇作が欽也に九州弁丸出しで朱美に対する態度を説教する場面で、健さんには珍しいダジャレ「お前みたいな男を草野球のキャッチャー言うんじゃ、ミットもないちゅうこっちゃ」が出るというハプニングを生んだという点でも特筆すべきシーンである。

黄色いハンカチの由来

 本作はアメリカのジャーナリストであるピート・ハミルの「ニューヨーク・ポスト」紙に掲載されたコラム「Going Home」を原作としているが、アメリカのポップスグループであるドーンのフォークソング「幸せの黄色いリボン」からも着想を得ている。

 その歌詞は、刑務所を出所した男が妻に手紙を出し「もし自分の帰りを待っていてくれているなら樫の木に黄色いリボンを結んでおいてくれ」と頼み、故郷の近くまで来るが、勇気がなくて車中で知り合った男に木を見てもらうと、その木の幹にはたくさんのリボンが結ばれていたというもので、こちらの方がこの映画のプロット(梗概)には近いと思われる。

 元々アメリカでは開拓時代から夫や恋人の無事の帰還を祈って黄色い布を巻く風習があり、ジョン・フォード監督の騎兵隊三部作の一本「黄色いリボン」(1949)の主題歌でも遠くにいる恋人を想って黄色いリボンを身に付ける女性のことが歌われている。ちなみに山田監督のラッキーカラーも黄色のようで、「男はつらいよ」シリーズの監督のクレジットはいつも黄色である。

※1:「高倉健が2日間絶食!? 山田洋次監督と桃井かおりがその理由を語った」(ムビコレ)
http://www.moviecollection.jp/news/detail.html?p=1323

作品基本データ

【幸福の黄色いハンカチ】

「幸福の黄色いハンカチ」(1977)
製作国:日本
製作年:1977年
公開年月日:1977年10月1日
上映時間:108分
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
メディアタイプ:フィルム

◆スタッフ
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
原作:ピート・ハミル
製作:名島徹
撮影:高羽哲夫
美術:出川三男
音楽:佐藤勝
録音:中村寛、松本隆司
照明:青木好文
編集:石井巌
製作主任:峰順一
進行:玉生久宗
助監督:五十嵐敬司
スチール:長谷川宗平

◆キャスト
島勇作:高倉健
島光枝:倍賞千恵子
花田欽也:武田鉄矢
小川朱実:桃井かおり
帯広のヤクザ風:たこ八郎
農夫:小野泰次郎
旅館の親父:太宰久雄
ラーメン屋の女の子:岡本茉利
警官:笠井一彦
チンピラ:赤塚真人
フォーク・グループ:統一劇場
渡辺課長:渥美清

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。