「もらとりあむタマ子」のお父さんの料理

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三色団子
戦わずして夢破れたタマ子がヤケ食いする三色団子

現在公開中の「もらとりあむタマ子」(2013)は、食べ物と心理やシチュエーションの組み合わせが面白い。

アイドルと鬼才の競演

 本作は元AKB48の前田敦子の「もし高校野球のマネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら」(2011)、「クロユリ団地」(2013)に続く主演第3作で、「リンダ リンダ リンダ」(2005)、「松ヶ根銃乱射事件」(2007)、「マイ・バック・ページ」(2011)等の作品で知られる山下敦弘監督が、昨年公開の「苦役列車」に続いて前田を起用して撮った作品である。山下監督とはコンビの向井康介がオリジナル脚本を執筆している。

 物語は2012年の秋から2013年の夏にかけての1年間、シャッター通りなどの空洞化が進む地方都市・山梨県甲府市を舞台に展開する。

かき混ぜられたカレー

 秋。23歳の坂井タマ子(前田)は東京の大学を出たものの就職もせず、スポーツ洋品店を経営する父親の善次(康すおん)の実家に戻って来て以来、「食って、寝て、漫画読んで」というひきこもり生活を送っている。

 伸び放題のボサボサの髪にジャージ姿でプッチンプリンを食べながら、くらもちふさこの「天然コケッコー」(山下監督が2007年に映画化)等の漫画を読んだり、テレビゲームに興じたりという自堕落な生活を送り、妻と離婚した善次が作るロールキャベツや秋刀魚といった手料理を出されるままに食べ、家事を手伝おうともしない。

 ある日、カレーとサラダ、味噌汁が並んだいかにも家庭的な食卓の横のテレビからは民主党政権末期の混乱を伝えるニュースが流れている。カレーをぐちゃぐちゃっとかき混ぜながら「駄目だなあ、日本は」と口だけは一丁前の娘に、黙って見ていた父も堪忍袋の緒が切れて「駄目なのは日本じゃなくてお前だろ、いつになったら就職活動するんだ」と叱責するが、返ってきた答えは今年の流行語となった「今でしょ」とは真逆の「少なくとも、今ではない」であった……。

年越しそばとナポリタン

 冬。タマ子に相変わらず動く気配はなく、大晦日の大掃除で忙しい父の手伝いも買い物とカレンダーの張替えくらい。善治は地元密着の店を営んでいるせいかまめな性格で、年越しそばも昆布と鰹節から出汁を取るところから始めるような男である。家で作るスパゲッティナポリタンに、レストランや喫茶店のように飾りのパセリを載せるのも然りで、そうした几帳面さが別れた妻を疲れさせ、家でダラダラするのが好きなタマ子を苛立たせているのに、彼は気付かないでいる。

青汁と三色だんご

青汁
タマ子は「ある決意」を抱いて青汁ダイエットに挑む
三色だんご
戦わずして夢破れたタマ子がヤケ食いする三色だんご

 春。タマ子に微妙な変化が表れる。善治の作る料理には手を付けず、タッパーウエアに冷凍野菜を入れて電子レンジでチンした温野菜と青汁ドリンクが日常食になり、バランスボールなどのエクササイズ用品を自室に運び込んでダイエットに精を出し始める。

 そして髪を切り、面接用の洋服を父にねだり、近所の写真館の息子で中学生の仁(伊東清矢)に命じて履歴書用の写真を撮らせ、このことは誰にも言うなと口止めする彼女の企みは、やがて善治らの知るところになる。それが何であるかは実際に映画をご覧になっていただきたいが、その事実を知った周囲のタマ子を見る気の毒そうな表情が、その可能性を全否定しているようで思わず笑ってしまう。

 かくしてやる前から夢を断念した彼女はダイエットも止め、寺の境内で三色だんごをヤケ食いするのであった。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

ゴーヤーチャンプルーの苦い味

※注意:以下はネタバレを含んでいます。

 夏。今度は善治の方に変化が訪れる。タマ子の叔母のよし子(中村久美)の紹介で、近所でアクセサリー教室を開いている曜子(富田靖子)との再婚話が浮上したのである。

 気になるタマ子は仁を教室に偵察に送り込んだ後、自ら曜子と対面し、父の悪口を散々披露した後、いちばんダメなのはこんなダメな私に出ていけと言えないところだと言う。曜子からその話を聞いた善治は、ゴーヤーチャンプルーの夕食の席で、タマ子に苦い言葉を告げる。

 父娘の二人暮らしという設定は小津安二郎の「晩春」(1949)や「秋刀魚の味」(1962、本連載第1回参照)にも見られるが、本作とそのありようは微妙に異なっている。前者が娘の婚期の遅れを心配する父と、父と離れ難い娘の心情が比較的ストレートに表現されているのに対し、後者では娘を心配する父という点は似ているものの、ニートでパラサイト・シングルという自分の立場を自覚しながら、時には疎ましく感じられる父に背中を押すスプリングボードの役割を果たしてもらいたいと望む娘の屈折した思いが物語の根幹をなしていると言えるだろう。

作品基本データ

【もらとりあむタマ子】

◆公式サイト
http://www.bitters.co.jp/tamako/

製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2013年11月23日
上映時間:78分
製作会社:エムオン・エンタテインメント、キングレコード
配給:ビターズ・エンド
カラー/モノクロ:カラー
アスペクト比:アメリカン・ビスタ(1:1.85)

◆スタッフ
監督:山下敦弘
脚本:向井康介
撮影:芦澤明子、池内義浩
主題曲/主題歌:星野源

◆キャスト
タマ子:前田敦子
善次:康すおん
仁:伊東清矢
啓介:鈴木慶一
よし子:中村久美
曜子:富田靖子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。