ガーナの酒パワー&独裁者w

[255]「アフリカン・カンフー・ナチス」から

現在公開中の「アフリカン・カンフー・ナチス」(2020)の奇想天外な内容と、劇中に登場するガーナのお酒について述べていく。

 本作は、日本在住のドイツ人、セバスチャン・スタインが発案。CGを駆使したB級映画を量産し「ガーナのジョージ・ルーカス」の異名を持つニンジャマン(サミュエル・クワシ・ンカンサー)に企画を持ち込んで共同で監督した、ガーナ=ドイツ=日本合作映画である。

 センシティブな内容を含んでいるためAmazon Prime Video(アマプラ)での先行配信となったが、ネット上で話題となり、劇場公開が決定した(劇場公開にともない、Amazon Prime Videoでは現在は視聴不可)。

確信犯的な“ツッコミどころ”

 ストーリーは、第二次世界大戦に破れ、死んだはずのヒトラー(スタイン監督の自演)と東條英機(秋元義人)が実は生きていて、亡命先のガーナを制圧。空手と日独同盟旗「血染めの党旗」の魔力でガーナの人々を独裁者に忠実な“ガーナアーリア人”に洗脳し、世界征服のための拠点を築いていく。主人公でカンフー「影蛇拳」の道場に通うガーナ人の青年、アデー(エリーシャ・オキエレ)は、この独裁者たちの所業によって絶望の淵に突き落とされる。復讐を誓ったアデーは、新たな師匠の元で修行を積み、最強の格闘家を決めるヒトラー主催の武闘会「天下一武道会」に挑むというもの。

 西洋人や日本人が敵役という構図は「ドラゴン怒りの鉄拳」(1972)や「ドラゴンへの道」や(1972)といったブルース・リー主演作品に、主人公の青年が師匠について厳しい修行を積んで強くなっていくプロセスは「スネーキーモンキー 蛇拳」(1978)や「ドランクモンキー 酔拳」(1978/本連載第157回参照)といったジャッキー・チェン主演作品によく見られるもので、本作もそうしたカンフー映画の王道を踏襲していると言える。また天下一武道会で主賓席に陣取ったヒトラーが、敵味方の勝敗に喜怒哀楽を露わにする姿は、レニ・リーフェンシュタールによる1938年のベルリンオリンピック記録映画「オリンピア」(第一部 民族の祭典第二部 美の祭典/本連載第220回参照)を想起させる。

 だが、本作の特徴はさらにそのディテールにある。元祖香港製のカンフー映画でも、「ドラゴン怒りの鉄拳」の「袴後ろ前事件」等、日本文化への誤解はあったが、本作はスタイン監督がナチスや日本のことを理解しているにもかかわらず“わざと”外していて、異文化への勘違いそのものを嗤うパロディ要素の濃いブラックコメディーになっている。

 たとえば、

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

  • ハーケンクロイツと旭日旗を合わせた「血染めの党旗」の鉤十字の向きが逆の「卍」(まんじ)になっている。
  • ヒトラーと共にガーナに逃げてきたナチスNo.2のゲーリング役にガーナ人(マルスエル・ホッペ)をキャスティング。
  • 天下一武道会で審判役を務める東條の選手紹介が、相撲の呼び出し形式。
  • 日本語字幕がなぜか関西弁(一説によると、ガーナの主要現地語「アカン語」に因む)。

 といった、確信犯的な“ツッコミどころ”満載の作品となっている。

アドンコとペテプシ

本作の随所に登場するガーナの人気アルコール飲料「ADONKO BITTERS」。
本作の随所に登場するガーナの人気アルコール飲料「ADONKO BITTERS」。

 食については、ガーナと言えば日本人にとっては特産品のカカオ豆が真っ先に思い浮かぶが、本作の随所に登場するのは、作品のスポンサーでもあるアドンコ社のハーブリキュール「ADONKO BITTERS」(アドンコ)。アフリカの熱帯雨林産で採れた11種類のハーブをブレンドしたアルコール度数40度以上の苦味酒である。

 登場するのは、アデーがエヴァと酒場でのデートで飲むシーン、道場の武闘会選抜メンバーから漏れたアデーがやけ酒を飲むシーンなど。さらに、本作ではアドンコ社の宣伝マン「アドンコマン」が自ら役名のないモブキャラとして出演。天下一武道会の貴賓席でゲーリングと並んで飲んだり、ヒトラーや東條と何やら密談しながら飲んだりと露骨な宣伝活動を展開するのも、それ自体がパロディに見えてしまう。

 ちょっと気になったのは、アドンコが登場するすべての場面でグラスではなくプラスチックの使い捨てカップで飲まれていること。ガーナの水事情等、衛生上の理由からなのかも知れないが、今日的な視点からは環境面への負荷は高いと言える。

 アドンコは日本には輸入されていないが、アマプラで本作を観た“名誉ガーナアーリア人”(ファン)からは「アドンコ飲みたい」との声が続出し、独自に個人輸入を目論む者まで現れたという。その顛末については、本作のパンフレットに記されている。

 一方、露出は多いがあまり物語に絡まないアドンコに対して、物語を動かすキードリンクとなるのがガーナのヤシ焼酎「ペテプシ」である。ペテプシは、影蛇拳の道場を失ったアデーが教えを乞うた「月輝拳」の師匠、マスター・ペテプシがいつも瓢箪に入れて腰にぶら下げている。それを飲みながら酔っ払い特有の動きで相手を幻惑する月輝拳は、「ドランクモンキー 酔拳」でジャッキーを鍛える師匠の技そのもの。瓢箪に入ったペテプシは、アドンコをボトルでラッパ飲みしていたアデーが吹き出すくらいだから、その強烈さがうかがえる。また「燃えよデブゴン」のサモ・ハン・キンポーを思わせる太鼓腹を駆使したマスター・ペテプシのトリッキーな動きは、月輝拳にさらに磨きをかけている。

 しかしゲーリングの「鋼輪拳」の圧倒的強さの前には月輝拳を会得しただけでは十分ではなく、アデーはさらなる強さを求めて旅を続ける。その展開については、実際に映画をご覧いただきたい。

プロモーション活動の波紋

 劇場公開日の2021年6月11日、渋谷の街頭でスタイン監督やキャストらが、プロモーション活動の一環としてヒトラーや東條英機の衣装を身に付けチラシ配りを行った。これについて否定的な声が上がったことから、配給会社のトランスフォーマーが翌日謝罪文を発表するという事態となった(https://twitter.com/Transformer_Inc/status/1403596957990359040)。

「チャップリンの独裁者」をはじめ批判すべき対象をネタにして笑い飛ばすパロディの手法は、映画を観ることを目的とした観客に対しては認められるべきであるが、街頭の不特定多数の市民に対しては誤解のないように慎重に行う必要があることを再認識させるエピソードである。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。