万能の資材・万能の方法というものはない

管理機の一つ(記事とは直接関係ありません)
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前回、微生物資材を田畑に入れたからといって、必ず土壌が改善されるわけではないと指摘したが、これは微生物資材だけではなく、あらゆる農業関連資材について言えることだ。その土地、条件に合致するものであれば効果があるし、合致しなければ効果はない。

「これを使えば大丈夫」はない

 微生物資材というのは、その効果の出方の違いがとりわけ顕著な部類のものと言える。土壌の条件によって、効果が出ることもあれば、全く効果がないということもある。

 第8回で、「石灰はいい資材だと思いますか?」という質問の話をした。石灰という土壌改良資材は酸性土壌を中和する資材だが、アルカリ性の土壌で使用するとさらにpHが上がり、逆効果どころか悪い影響も与える。

 これも石灰だけの話ではなく、基本的には、どのような条件でも効果がある資材というものは存在しないと言っていいだろう。あらゆる資材は、使用する田畑に合ったものであるかがまず問題であるし、さらに、その資材に合った管理ができるか否かで、効果は全く違ってくる。繰り返すが、どこでもこれを使えば大丈夫という資材や栽培方法というものはない(無制限に何でも使用することが可能であれば、何でも可能という言い方はできるが、対費用効果の問題もあるので絶対とは言えないのである)。

 重要なのは資材そのものではなく、資材の使用方法にある。そして、資材を適正に活用するためには多くの資材の特徴を知ると同時に、使う資材と栽培環境との適合をはかる必要がある。特定の資材を盲信するようなことは、断じて避けなければならない。

「土づくり」をしているから高品質か?

 さて、農産物の宣伝文句として使われる「よいトマトは水に沈む」「よい野菜は腐らない」「微生物を使用するとよいものが出来る」の3つの言葉について考えてきたわけだが、ここでもう一つの言葉を取り上げよう。「土づくり」、である。

「土づくり」という言葉は、農業に携わる人であれば誰でも知っているし、消費者・需用者にもこの言葉を好んで使う人が増えてきたように思う。

 土壌には砂や粘土、火山灰などが含まれているが、こういった鉱物だけでは、畑の土にならない。これに有機物(腐植)が含まれてはじめて土として機能する。また、土として機能していたものでも、有機物を戻すことを怠っていると、いずれ鉱物だけの不毛の地になってしまう。それを防ぐために土壌に有機物を還元するという、土壌の保全のための活動が「土づくり」というものだ。

 現在、日本ではよい農産物を作るためにはよい土壌が必要だということで、多くの農家の方がさまざまな方法で土づくりに励んでいる。

 土づくりに励むことは、一般的に正しいだろう。また、「よい農産物を作るためにはよい土壌が必要」ということは言えるだろう。しかし、「よい土壌ができればよい農産物が出来る」とはならない。

 まず、「よい土壌」というものの定義が曖昧だ。実際には土壌の善し悪しを測定する方法はなく、何をもって「よい」とすべきか、実はわかっていないからだ。土づくりに頑張っているからといって、おいしい農産物が出来るかどうかの保証はない。栽培は、土だけで行うものではなく、他の管理も含めて、すべての結果として農産物が出来るのだ。

 土づくりに励むことはよいことだが、それは「ウチは土づくりに力を入れているから」とことさらに自慢する話でもない。消費者・需用者も、「土づくりに力を入れている農家の野菜だからおいしい」という理解のしかた、伝え方には慎重になっていただきたいものだ。

 以上、農産物にまつわる表示・広告宣伝に使われる言葉について考えてきた。いずれも別にウソではないのだが、あたかもある特定の栽培方法を行えば必ずよいものが出来るという印象を与えるために用いるべき言葉ではない。

 農業の理解を深め、誠実な言葉を使うことが、農業に本当の競争を起こし、よい意味でのビジネス感覚が醸成されていくはずだ。

考えるべきは作物の健康な生育

 では、一体どのような栽培法であれば、「よい農産物」「本物の農産物」が出来るのだろうか?

 これまで書いてきたように、作物が健康に育てば、いわゆるよいものが出来る可能性が高いと筆者は考えている。そして、栽培の現場では作物を健康に育てるために、多くの試行錯誤が行われている。化学合成した農薬等を使用せず天然由来のものを使用した栽培方法に取り組むことや、土づくりに励むことも、そうした努力の一環として行われているだろう。

 ただ、これもたびたび述べていることだが、有機栽培であるか、慣行栽培であるか、その他の「○○農法」と呼ばれるものであるのか、筆者自身はそうした区別には全く何の違いも感じていない。区別して考えていないのだ。

 と言うのも、有機栽培と慣行栽培の違いは化学肥料と化学合成された農薬を使用するか使用しないかの違いだけであって、栽培を管理する面で考えると、何の違いもないためだ。栽培管理で必要なことは、作物の生育状況を把握し、目指す方向にコントロールするためには何をしなくてはいけないのかを考えるだけであり、そのときたまたま化学肥料や化学合成された農薬を使うことにするか使わないことにするかは、栽培の本質とは別の次元の話である。

 有機栽培や「○○農法」のように名前の付いている各種の農法というものは、栽培で使用できる資材・方法に少し縛りがあるだけで、植物の生理に与える影響に大きな違いはないのである。

 それに対して、慣行農法というのは他の「○○農法」と呼ぶ場合とは違って特定のやり方を表す言葉ではなく、栽培方法に何の縛りも設けていないという意味である。縛りがなければ、有機栽培やさまざまな特定の「○○農法」で用いられている資材や方法のいいところだけを採って利用することができる。これは現実の栽培では非常に有利である。

 では、栽培方法の種類による違いがないと言うのであれば、作物が健康に育つかどうか、そしてよいものが出来るかどうかは、いったい何によって決まるのか。

About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】