作物の栄養と土の成分の関係は

ヒトの栄養を考える手がかりとして、学校では「6つの食品群」というものを教わったと思います。それと似たように、植物については「植物の3大栄養素」というものを習うものです。窒素、リン酸、カリ(カリウム)の3つです。ところが、私のこれまでの連載では、窒素、リン酸、カリがさっぱり出てきません。そのかわり、石灰、苦土、カリ、つまりカルシウム、マグネシウム、カリウムという成分の話を繰り返しています。きっと「一体どうしたことか?」と思われているのではないでしょうか。

吸収量が多いのは窒素、リン酸、カリだが

 ここで、その疑問を晴らしておこうと思います。

 まず植物の栄養で、その量が最もたくさん吸収されるものは、確かに窒素、リン酸、カリ、いわゆるN-P-Kです。

 農業では面積基準に1反という単位をよく使うことがあります。これは300坪で、メートル法では1,000m3になります。この1反当たり(農家はよくタントウという言い方をします)に必要な窒素、リン酸、カリの量は、だいたいどの作物を栽培しても、合計5kgほどです。これはやはり量として多く、「3大要素」と呼ばれるゆえんです。

 その次に量が多いのが、カルシウム、マグネシウム、イオウあたりです。これは1反当たり2kgほど吸収します。これらは「中量要素」と言われることもあります。

 そして、最も少ない量ではありますが、種類は多いというのが微量要素というものです。これはホウ素、マンガン、亜鉛、銅、鉄、モリブデン、コバルトなどありますが、吸収される量は1反当たり100g程度です。まさに“微量”です。

 こうした無機栄養が必要である、あるいはこうした無機栄養を与えることによって植物は育つことができるという理論を唱えたのは、当連載の2回目で登場したリービッヒ(1803-73)というドイツの化学者です。

 リービッヒ以前の栽培の知識は「有機栄養説」というもので、堆肥のようなものを与えると植物は育つのだと考えられていました。

 確かに堆肥を与えるだけで植物が育つことは事実ですので、明らかな間違いではなかったのです。しかし、そのように堆肥で育つ理由は、堆肥には各種無機栄養素が含まれているからなのです。

無機栄養説からアグリビジネスへ

 少し話がそれますが、当時のヨーロッパはそれまでずっと家畜の排せつ物をそのまま畑に入れたり、堆肥にして入れたりしていました。しかし、なにしろそれに含まれる無機栄養の量が十分ではなく、産業革命のころの人口増加に作物の収量が追いつけないという状況にありました。そこでどうしたらよいのかということで、アメリカ大陸への移民も実はその一つの対策であったわけです。

 こうした人口爆発に食糧増産は必須であったことから、リービッヒの植物無機栄養論は、ハイテク栽培技術として大変なセンセーションを呼んだはずです。

 求められていた時代に、求められていた技術が産声を上げることになった無機栄養説は、効果を上げるためにもタイミングに恵まれました。その前の大航海時代に発見されたグアノ(海鳥の糞が化石化したもの)、硝石、リン鉱石、そしてドイツの地下に眠っていたカリ鉱床が見つかるなど材料がそろいました。

 しかも、これらが施された大地は、ただの地面ではありません。ヨーロッパの圃場は、それまでの多年にわたって家畜由来の堆肥が粛々と営々と施用され、十分に土が作られていたのです。そこに無機肥料が施されたという理想的な手順が偶然出来上がったので、当時の効果は驚くほどでした。

 今日ではリービッヒの唱えた無機栄養説は、必ずしも正しい理論ではないということになっていますが、それまでの農業になかった化学の目を導入したことは確かです。

 またそれまでの時代、家畜の骨を粉にして圃場に入れることはされていましたが、リービッヒは家畜の骨に硫酸を作用させると肥効が増すことも発見します。過リン酸石灰の発明です。こうした流れの中で、工業的に肥料を製造する人も現れます。ローズという英国の地主は、リン鉱石に硫酸を作用させて、過リン酸石灰の量産を始めました。

 こうしたことを端緒として、農業化学をベースとした肥料などの資材メーカーやその販売会社などが発展しました。近代日本もご多分に漏れず、これらアグリビジネスが華やかに我が世の春を謳歌したわけです。

売り手は量を歓迎。使い手は単純さを歓迎

 ところが、そのように植物栄養を支える世の中の仕組みが出来上がっていったのとは裏腹に、土の仕組みやあるべき状態などを研究したり、指導したり、実践したりという人は、なかなか表舞台に出て来ません。

 すると、量が売れるのは窒素、リン酸、カリですから、これらは目に付く。一方、中量要素や微量要素は、量が出ないわけですからビジネス上あまり重視されなくなってしまう。それがどのように大切かを教わる機会も減っていきますから、気にする人も減っていきます。

 その結果、たとえばこの連載を読んで、「窒素、リン酸、カリが重要と教わったのに、どうしてその話が出てこないのか?」「なぜ土の重要成分はカルシウムやマグネシウムであるという話になってくるか?」と、正直な疑問が湧いてくるはずです。

 私も、最初そうでした。

 しかし、基本に立ち返りましょう。作物をうまく育てるには、窒素、リン酸、カリを言う前に、まず土の環境を整えることが必要です。ここを重視する態度は、リービッヒの時代に基礎は見出されたものの、発展してこなかったことです。

 それは、土壌というものが化学的にも生物学的にも物理学的にもあまりにも複雑な対象であり、当時はほとんど解明できなかったからです。そして実務としても、農業の結果に寄与する要因が多過ぎることは、やっかいなことでした。そのため、土を解析する方向に努力するよりも、与える肥料や栄養を取り上げ、費用を使うならそちらに向けるほうが手っ取り早かったことも事実です。

 つまるところ、そうした偏ったアプローチのために、日本の有名な産地に土の歪みが生じていることも、私たちの現実です。

 料理で、五感と頭脳を総動員して味覚の微妙なバランスを探究するよりも、とにかく甘くするとか、とにかくうま味を増すとかに力を入れる方向で考える時代があったと聞きます。そういうことと、少し似ているかもしれません。

最も重要なものはカルシウム

 もう一度おさらいしておきましょう。

 土のコロイドに吸着される成分で最も多く、そして重要なものはカルシウムです。

 その次がマグネシウムです。

 その次にカリが重要です。

 この3つがあるバランスを保って土に吸着されているように仕事をして、植物が求める土のpHに近づけていくことです。

 土の化学性は、pHがその作物の求める数値になっていることが基本であり、第一に、なにより重要なことです。

 各種作物の土壌pH適正値をPDFファイルで示しておきます。

About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。