東京都に望む「BSE全頭検査」の卒業

名門大学生の逮捕により大麻汚染の広がりを認識する昨今だ。大麻や覚せい剤周辺の脱法ドラッグは取り締りが困難だったが、これを可能にしたのが2005年施行の「東京都薬物濫用防止に関する条例」である。用途にかかわらず薬物そのものを指定して規制した。本条例により、都内の脱法ドラッグは一掃され、その後の改正薬物法につながった。正に地方から日本を動かした。こうした東京都の実力は、地方自治体の中でも抜きん出ている。人材の層が厚いだけでなく、中央官庁に比べ機敏に行動できる。そんな東京都に、全国の自治体に先んじて行動いただきたいことがある。牛海綿状脳症(BSE)全頭検査からの卒業、21カ月未満牛の検査省略である。

 安心のためという説明は承知しているが、科学的に受け入れられない「偽装安心」は願いさげだ。信頼している都から的確な説明があれば、都民は理解してくれる。ムダな経費削減は、どこの自治体であっても焦眉の急である。雇用対策など資金を必要とする案件は目白押し。「ドブに金を捨てる」ような全頭検査は早急に卒業したいものだ。

 93年、英国で変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)患者が初めて確認されたとき、未知のハザードでありその後の予測が困難だった。治療法がなく発症すると確実に死に至ることに加え、よろけるBSE牛のテレビ映像は、人々を不安のどん底に落とし込んだのである。核酸を持たないタンパク質が感染源になりうるという、当時までの生物学史上では信じ難い事実も不安を増大させた。時間が経ったからいえたことであるが、幸いなことにリスクは高いものではなかった。この病気の患者数は、世界でも累積で200名を超える程度に止まっている。なお、BSE発生以降の経過は、唐木英明氏(日本学術会議副会長、東京大学名誉教授)の日本獣医師会雑誌論説「全頭検査神話史」に詳しく記されている。

 BSE防止対策についておさらいしよう。食品安全委員会の報告にある通り、最も重要な対策は、(1)感染源となる肉骨粉等(ほ乳動物由来のたんぱく質)を飼料に用いることの禁止である。飼料工場等におけるコンタミを避ける必要もある。次なる要点は、(2)SRM(特定危険部位)の除去である。この2点を的確に実行できれば、BSEのリスクはほとんど無視できるといってよいレベルである。(2)については、ワイヤー状の器具を脊髄に挿入するピッシングが一部で残っており、食肉がSRMにより汚染される懸念があった。この操作も2008年度末までに全廃される予定である。

 トレーサビリティは食の安全を保証するものではないが、牛肉トレーサビリティ法による国内牛の履歴記録も確実に行なわれている。スーパーの牛肉ラベルに記されている個体識別番号を家畜改良センターのサイトで入力すれば、履歴を確認できる。一部では、使用薬剤等の幅広い情報を記録公開する生産情報公表JASも動き出している。国内で02年2月以降に生まれた牛にBSEは発生していない。上記対策がしっかり結果に結びついていることが理解できる。

 国際的にも上記に準じた対策が実施されている。BSE発生頭数は92年をピークに急激に減少しており、07年には200頭を下回った。それほど遠くない将来に、BSE牛を探すのが困難な状況になるに違いない。BSEは制圧・根絶された過去の事件となりつつあるのだ。

 自動車や家電など日本製品の品質の高さは世界によく認識されている。この高品質を生み出す基盤が品質管理である。このシステムで大切なのが「品質は工程で作り込む」というプロセス管理の考え方である。工程で作り込んだ品質を、念のため検査で確認するのである。BSE対策にも同じことがいえる。肉骨粉禁止とSRM除去が工程における品質作り込みであり、検査は念のための確認と認識したい。

 国際獣疫事務局(OIE)では、申請があった国のBSE対策を科学的に評価して、(1)無視できるリスクの国(BSE清浄国)、(2)管理されたリスクの国、(3)不明な国の3段階のステータス認証を行っている。(1)にはBSEが発生していない豪州やニュージーランドなど10カ国、(2)には、米国、カナダ、英国など30カ国が認められている。日本も昨年12月に本認証申請を行った。09年5月には、「(2)管理されたリスクの国」という認証が得られる可能性が高い。この認証が得られると、輸出時の交渉がスムースに進められるという。和牛のおいしさは世界で認められている。認証を機に、輸出が増えることを期待したい。また、牛肉の輸入の際もOIEの国際基準で行う必要がある。

 時期が来れば、検査月齢の見直しも検討する必要があるだろう。わが国の検査月齢21カ月以上の根拠とされている2頭のBSE検査陽性牛に感染性がなかったことは確実で、国際的にはBSE牛と認められていない。現行のOIE基準36カ月を採用しても、リスクはほとんど変わらない。すでにEUの主たる国は48カ月齢での線引きに変更しつつある。

 やがて日本もBSE清浄国の認証が得られるときが来る。そうなれば、次のステップとしてサンプリングによる検査を食品安全委員会に検討いただきたい。BSE対策が的確になされていれば、検査月齢以上の全数を検査する必要はないと考える。もちろん、様子のおかしいものや死亡牛の検査を省くことはできない。

 こんな先の話をする前に、まずはBSE全頭検査の卒業である。2番手以降で追随するより1番がなんといってもカッコイイ。住民の信頼があることの証にもなる。日本を動かす重要なステップである。石原都知事自ら都民に向け信念を持ってご説明いただけないだろうか。全頭検査を嘆いている多くの国民が拍手を送るだろう。(食品技術士Y)

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。