明治23年に開業した初代の帝国ホテル(画・藤原カムイ)
洋酒文化の歴史的考察 72

X 帝国ホテルのマウント・フジ(4)

大正時代に世界一周旅行が企画できる旅行会社は、トーマス・クックとアメリカン・エクスプレスの2社を中心に、レーモンド・ウィトコム(ホイットカム)社、クラーク社を含めても4社に過ぎなかった。 大正13年の世界一周旅行団の記録はあるが  当時の通信手段は電信である。世界中の港や観光地に […]

明治23年に開業した初代の帝国ホテル(画・藤原カムイ)
洋酒文化の歴史的考察 71

X 帝国ホテルのマウント・フジ(3)

さて、帝国ホテル版マウント・フジの発祥についてしばしば語られてきた、1924年の世界一周旅行団について考えてみよう。 誰にでもできる種類のものではない旅行 洋の東西を問わず、戦前の庶民にとって海外旅行が高根の花であったことは、拙稿でも「VI 女性バーテンダーのさきがけ(1)欧米編 […]

明治23年に開業した初代の帝国ホテル(画・藤原カムイ)
洋酒文化の歴史的考察 70

X 帝国ホテルのマウント・フジ(2)

初代帝国ホテル竣工までの事情に関しては「帝国ホテル百年の歩み」に詳しいが、現在残されている設計図と当時の報道には不思議な齟齬がある。 図面に書かれなかったバー  ドイツ人技師の軟弱地盤に対する対応不備のため、ピンチヒッターに立った渡辺譲が1カ月の突貫作業で書き上げた当時の設計図に […]

明治23年に開業した初代の帝国ホテル(画・藤原カムイ)
洋酒文化の歴史的考察 69

X 帝国ホテルのマウント・フジ(1)

マウント・フジを、日本を代表するカクテルの一つとして御存知の方も多いだろう。昨年拙稿で取り上げたラムベースのJBA版マウント・フジ(IV 赤くなかった“赤富士”)の方がカクテルブックでは一般的だが、ジンと卵白を使用する帝国ホテル版があることも、かなり広く知られている。 マウント・ […]

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察 68

IX ジントニックの現在・過去・未来(9)

戦後になっても日本ではほとんど知られることのなかったジントニックを、若者が口にするスタイリッシュなカクテルに持ち上げた二人の作家とは、片岡義男と山田詠美である。 1980年代の若者文化に含まれたジントニック  さまざまなカクテルを若い男女の会話の小道具にした片岡義男の「湾岸道路」 […]

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察 67

IX ジントニックの現在・過去・未来(8)

トニックウォーターと言うと、洒落たバーに入ってきたビジネスマンがジンと合わせて一杯目に頼む、スタイリッシュな飲み物というイメージがある。その延長から、日本に入ってきた時期も戦後になってから……と思う人も多いだろう。筆者も、ジンはともかく、トニックに関しては最近になるまでそんなイメ […]

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洋酒文化の歴史的考察 66

IX ジントニックの現在・過去・未来(7)

戦前のバーはさまざまなジンを揃えていた  戦前、とくに昭和10(1935~)年代に入ってからの日本には現在でも驚くほどのバー文化がカフェーやホテルを舞台に花開いており、現代のバーも顔負けのラインナップが亀屋鶴五郎商店(※1)や明治屋(※2)には並んでいたことに拙稿では触れてきたが […]

出島時代のオランダのジンボトル
洋酒文化の歴史的考察 65

IX ジントニックの現在・過去・未来(6)

家宝にさえなった“量産品”  コンプラ瓶が江戸時代に日本酒と醤油の輸出に限って使われていた“日本からの輸出限定瓶”だったのに対し、ケルデル瓶は外から日本に持ち込まれる瓶である。また、用途はジュネバに限らず、ロンドン・ドライジンやバーボン、ウイスキー等の輸送にも使われていた。  当 […]

デカイパー社の復刻ジュネバ
洋酒文化の歴史的考察 64

IX ジントニックの現在・過去・未来(5)

 古来、人間は液体を運ぶためにさまざまな道具を使ってきた。筆者は今回ジンについて書くまで「洋酒は現在のガラス瓶と変わらない形の瓶に入っており、例外的に昔のジュネバは茶色い陶器瓶、ウイスキーはストーン・フラゴンと呼ばれる釉薬をかけた陶器瓶に入っていた」くらいの知識しかなかった。それ […]

ヘンドリック・ヅーフ
洋酒文化の歴史的考察 63

IX ジントニックの現在・過去・未来(4)

1803年に長崎のオランダ商館長としてヘンドリック・ヅーフが着任した時代は、オランダという国自体が存亡の危機に立たされた苦難の時代だった。そのなかにあって生活に困窮しながらもオランダ人としての誇りを最後まで失わなかった彼に、当時の日本人も敬意の目を注いでいたことを前回は説明した。 […]