中国ミルク汚染事件のメラミンとはどんなもの?

中国におけるメラミン汚染ミルク事件が世界中に波紋を広げています。現時点では事件の全容は不明ですが、とりあえずこれまでわかっていることをまとめてみようと思います。今回の事件の前に、2007年の米国でのペットフード事件についておさらいしてみましょう。この事件は中国産の「コムギグルテン」が、実は小麦粉にメラミンやメラミン類似体を混ぜただけの粗悪品だったことから、それを原料にして作ったペットフードを食べたイヌやネコが腎不全になったというものです。

 製品の「コムギグルテン」のたんぱく質含量は100%近い値であると宣伝していたようです。中心となったのはNemuFood社という米国のペットフード製造会社でした。時系列としては06年9月に汚染コムギグルテンが中国から米国に輸入され、11月にメニューフードが汚染グルテンを使ってペットフードを作り、12月から07年3月にかけて販売しました。

 最初のネコの病気の報告は07年2月で、NemuFood社でも2月に開始したルーチン試食検査(ネコに食べさせる)で急性腎不全によりネコが死んだため、調査を始めています。07年3月にはNemuFood社はコムギグルテンの仕入れ先を変えました。つまり汚染グルテンを含むペットフードが販売されていたのは06年12月から07年3月の4カ月間ということです。この間に出荷されたペットフードを食べて病気になったと報告されたのは07年4月の時点でイヌ517件、ネコ941件の合計1458となっています(アメリカ獣医内科学会ACVIMの07年6月の報告による)。ネコが多いことと若い動物が多いことが特徴的でした。

 病気の原因物質として米国食品医薬品局(FDA)がメラミンを検出したのは07年3月30日で、その後中国の別の会社のライスグルテンからもメラミンが検出されました。さらに南アフリカとナミビアでトウモロコシグルテンによるイヌの腎不全が報告され、4月24日にFDAがメラミン以外にシアヌル酸も汚染物質であることを報告しました。以降、穀物たんぱく質として販売されていたものからメラミンと関連化合物が検出され、中国の特定業者の商品だけの問題ではないことが明らかになってきました。

 また汚染製品はペットフードだけではなく動物の飼料にも使われていたものがあることから、ヒトの口に入る可能性が出てきて、FDAが急遽リスク評価を行いました。この時の評価が現在のミルク汚染でも利用されています。結果的に家畜飼料についてはそれほど大きな波及はなく、病気になった家畜(養殖魚も含めて)は特に報告されていません。メラミンを含む飼料を食べた可能性のある動物の肉からメラミンが検出されたことはなく、従ってヒトの口にはほとんど入っていないだろうと考えられました。

 この事件ではメラミンを含む餌を食べ始めてから比較的早期に重症の腎障害が発症して死亡例が出ており、イヌやネコの腎臓に結石を作ったのはメラミンとシアヌル酸の共存によると考えられました。メラミンとシアヌル酸は同時に存在すると結合して非常に溶けにくくなるということです。またネコの方が餌のたんぱく質量が多く尿量が少ないため、腎臓での結晶化がおきやすかったのだろうと考えられます。この事件の結果、世界中で中国産穀物たんぱく質に対して監視が厳しくなりました。ペットフード事件に関する経緯はFDAのサイトを参照してください。

 一方現在進行中の乳製品へのメラミン混入ですが、最大の問題は赤ちゃん用ミルクに汚染があったということです。中国の発表を信じるなら、5万3000人を超える被害者のほとんどは3才以下で、死亡したとされるのは4人。詳細は不明ながら乳児のようです。特に問題となっている三鹿という会社の製品では粉ミルクから検出されているメラミンは、これまでのところ6196.61 mg/kgが最高値です。そしてメラミンが混入され始めたのは数年前からではないかと言われています。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、それまで臍帯から栄養をもらっていたのですから消化器系も未熟です。だから母乳があるわけですが、それに不純物がはいっていたら大人より影響が大きいのは当然です。動物実験では母乳に分泌されるようなものの乳児への毒性は親動物に食べさせることで調べられますが、そうでない物質の乳児への影響は調べられません。しかし調べるまでもなく、入っていてはならないと考えるのは当然でしょう。幸いなことに、中国以外では赤ちゃん用ミルクにはメラミンは確認されていません。通常多くの国では赤ちゃん用ミルクについては普通の食品とは違った規制を行っていますので、そう簡単に中国産製品が市場に出回るということにはなっていません。

 ところで中国では03年にも悪質粉ミルクにより赤ちゃんが死亡するという事件がおきていて、被害者は数百人、死者は数十人にも上ったと報告されています。この時に問題になったのは汚染物質ではなく、小麦粉やでんぷんなどを適当に混ぜた、赤ちゃんの発育に必要な栄養を供給できない代物を与えていたということです。問題を起こした製品は赤ちゃんに必要な栄養の6%しか供給できない粗悪品であったと報告されていますが、市販の粉ミルクのかなりの部分が不適切なものだったそうです。

 赤ちゃんにとって必要な栄養が摂れないということは、有害物質の有無以前に致命的なことです。当然この時も中国政府は監視強化を行って関係者も逮捕されています。しかし04年にもFDAが中国産ミルクのたんぱく質含量が米国基準の14%以下しか含まれないため危険であるとして警告を出しているなど、質の悪い製品の排除には成功していないように見えます。

 今回の事件では被害を受けた子どもが5万人以上とされながらも死亡例は今のところ少ないので、ある程度は栄養は供給されていたのでしょう。なお今回の事件を受けてWHOが母乳で育てることを推奨しているという報道が一部でなされたようですが、WHOはずっと前から、赤ちゃんは生後6カ月までは母乳のみで育てることを推奨しています。

 一方赤ちゃん用ミルク以外の、普通に食事ができる人たちが食べる製品については、あちこちからメラミン検出事例が報告されています。世界中で一斉に食品のメラミン検査を行っているため、これまで分からなかった、避けようがない不純物としてのメラミンの存在も明るみに出てきました。従ってメラミンが検出されても直ちに意図的混入とは断定できませんので、EU、ニュージーランド、香港、カナダ、アメリカでは食品に含まれる量として2.5 mg/kg(ppm)という、それを超えたら対応を行うという目安の値を設けました。

 これまでのところ、中国以外で普通の食品から検出されたメラミンの濃度としては271 ppm(韓国)が最高で、ほとんどは数ppmから数十ppmであり、健康に悪影響はないだろうと考えられる範囲に留まっています。また中国での被害者もペットフード事件の時のような急激に悪化する腎不全という症状でもなさそうなので、メラミン以外のさらに有害な物質が含まれる可能性もそれほど高くないように思われます。メラミンの情報については食品安全委員会からも発表されていますのでご覧ください。

 FDAや欧州食品安全機関(EFSA)がTDIの算出に用いたメラミンの毒性影響とは、「ラットでの経口投与による膀胱結石ができること」です。メラミンの毒性は低く、ほとんど代謝されず尿から排出されると考えられますので、たまたま食べてしまっても心配する必要はないでしょう。人間ですとよく尿路系に結石を作る物質としてカルシウムやシュウ酸がありますが、だからといってこれらを「少量でも毒」だとか「蓄積される可能性があるから将来どんな悪影響が出るかわからない」などといって怖がったりしないのと同じです。

 以上のように現時点では実際に被害が出ているのは中国(香港やマカオや台湾も含めて)の乳幼児にほぼ限定されること、中国以外の国では製品の回収が行われていても健康リスクはほとんどないと考えられていることをお知らせしておきます。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 畝山智香子 30 Articles
国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長 うねやま・ちかこ 宮城県生まれ。東北大学大学院薬学研究科博士課程前期二年修了。薬学博士。専門は薬理学、生化学。「食品安全情報blog」で食品の安全や健康などに関してさまざまな情報を発信している。著書に「ほんとうの『食の安全』を考える―ゼロリスクという幻想」(化学同人)。