はじめに(1)/チェーン=ライフラインの確認

液状化被害を受けた浦安市(筆者事務所から)
液状化被害を受けた浦安市(筆者事務所から)
液状化被害を受けた浦安市(筆者事務所から)
液状化被害を受けた浦安市(筆者事務所から)
チェーンストアとサプライチェーン、企業内・企業間であるべき連鎖・連携について考え直す連載を開始する。第1回は、震災後にライフラインとしての存在感を確かにしたチェーンストアを概観する。

(1)自身が東日本大震災でダブルパンチを食らった

 私が本稿を記すきっかけとなったのは、外ならぬ東日本大震災である。というのも、私自身が、この災害で大きなダブルパンチを食らってしまったのだ。

 まず、自宅のある千葉県浦安市舞浜三丁目(ディズニーランドの向かい側の住宅地)が震度5強の揺れに遭った。建物そのものの損壊はほとんどなかったが、全国的にすっかり有名になった“重度の液状化現象”によって大きく傾き、汚泥に埋まる“大規模半壊”と判定される被害が出た。さらに、液状化によって各種の地下の配管が大きなダメージを受け、上下水道は45日間にわたって不通となった。

 また、舞浜駅から一駅先の新浦安駅から徒歩2分のところに事務所があるが、ここも液状化の被害が出た。高層マンションの26Fだが、マンションのような鉄筋コンクリート建築は支持層まで杭基礎を打っているため、こちらは傾くことはなかった。マンションには自家発電設備もあったので、しばらくは停電、水道の停止もなかった。

 ただし、エレベーターのワイヤーがよじれたために、電力は確保できていながらも約2日間エレベーターが動かず、今世間で言われ始めた“高層難民”になった。すぐ隣にある「ダイエー」新浦安店は、震災の翌日から部分的ではあるものの営業は再開していたらしいが、利用しなかった。70歳近い私には、26Fから階段を歩いて降り、買い物をして重い荷物を持って階段を昇ることには自信が持てなかったからだ。結局、エレベーターが回復するまで26Fで留まっているしか選択肢がなかった。

(2)早かった「商流・流通サプライチェーン」の回復

ア) とは言え、私の罹災の程度は、想像を絶する大規模な被害を被られた東北地方の方々のことを考えると、何ほどのこともないと言うべきであろう。

 今回の震災は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災に比べても、震度とマグニチュードの大きさ、津波による甚大な被害、被災地域の広域性、福島原発による深刻な二次被害等、桁違いな広がりを見せた大きな災害である。

 しかしそうした中で私が最も感銘を受けたのは、これだけの大規模災害にもかかわらず、生産・商流・物流・流通等の諸活動の復旧・再開の早さであった。

 すでに言及したように、近隣のスーパーは、早いところは震災の翌日から、被害の大きかったところでも2~3日以内にほとんどの店が開業に漕ぎつけていたし、近くのコンビニも翌日からは営業していたらしい(らしいと言うのは、筆者自身は“高層難民”であったために自分の目では確認できなかったからだ)。

 浦安市における商流復旧の早さは、震災による直接的な建築構造物の被害は多くはなかったのだし、製販の集中する東京から20㎞圏内にあるのだから、ある意味で当然だったかもしれない。しかし、地域全体が壊滅した東北各県の諸地域、とくに被災地の真っただ中という場所でも、素早い商業活動復旧の努力が見られ、実際にそれが部分的ではあっても驚くべき早期に実現したことは特筆すべきことだ。

イ) たとえば「イトーヨーカドー」石巻あけぼの店は、震災当日の18時から営業を再開していた。

 本部は震災当日から現地に対する支援物資の発送を開始し、初日の時点ではミネラルウォーター、菓子、パンなどをヘリコプターで搬送。2日目には毛布、レトルト食品、給水車、パンなどを送り込んだ。「イトーヨーカドー」は、震災翌日には被災地にある全店で営業を再開している(部分的な再開を含む)。

 また「ダイエー」は、地震発生から40分後には本社内に対策本部を立ち上げ、東北唯一の店である仙台店ただ1店舗のために15台のトラックを確保していた。さらにヘリコプターによる支援物資の輸送も行い、仙台店営業再開を実現した。

 これには、阪神・淡路大震災の翌日に、罹災した全24店舗の営業を再開した経験が生きている。

ウ) 東北に本拠を置くスーパー各社の場合は、さすがに本部自体が被災地にあるため、本部の支援体制に制約が強く働いたため、再開には少し遅れがあった。それでも、たとえば3月14日には「スーパーオータニ」(本部:宇都宮市)が、15日には「三桝屋」(本部:栃木県大田原市)、「よこまち」(本部:青森県八戸市)、「とちぎコープ」(本部:宇都宮市)が営業再開にこぎつけている。これら以外にも、各流通等のチェーンは、人間の食・生活を守るライフラインとして果たすべき“商業の社会的責任”を果たすべく全力を尽くしていた。

 東北地方とは規模は違っても、私自身が罹災者になっていたので、この大都会の近隣にある浦安市においてすら起こった“混乱”のことを思うと、甚大な被害を受けた地域の諸チェーンの素早い機能の回復は、並大抵のことではないとわかる。現場で実際に払われた努力、日頃の準備、BCP(事業継続計画)が機能していたことには、改めて深い感銘を受ける。

 このことで、商流・物流・流通のライフライン=チェーンの重要性に改めて気付かされた。

奥井俊史
About 奥井俊史 106 Articles
アンクル・アウル コンサルティング主宰 おくい・としふみ 1942年大阪府生まれ。65年大阪外国語大学中国語科卒業。同年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。中国、中近東、アフリカ諸国への輸出に携わる。80年初代北京事務所所長。90年ハーレーダビッドソンジャパン入社。91年~2008年同社社長。2009年アンクルアウルコンサルティングを立ち上げ、経営実績と経験を生かしたコンサルティング活動を展開中。著書に「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」(光文社)、「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善)、「ハーレーダビッドソン ジャパン実践営業革新」「日本発ハーレダビッドソンがめざした顧客との『絆』づくり」(ともにファーストプレス)などがある。 ●アンクル・アウル コンサルティング http://uncle-owl.jp/